表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/214

49  ドワーフには締切りを

 バルツが頭を下げた。


「すまんが、フィフィのことは親父に言わないでくれ」

「ここ百年ほど会ってないので、どこにいるかも知りませんよ」

「なんだ、そうなのか……え、百年?」


 おりんが答えると、バルツがほっと息をついてから、見た目通りの年齢じゃないことに驚いていた。


「まだ親父には言ってなくてな。もう一人前になったつもりではいるが、修行中に色恋なんて、もってのほかって親父だからよ」


 いかにもボッツのいいそうなセリフだ。

 そんなだから結婚する時に奥さんにキレられたくせに、未だに考えを改めてはいないらしい。


「じゃあ、早く一人前になったって認めてもらいに行きなよ。あんまり待たせちゃだめだよ」

「わ、わかってる! 親父に認められるくらいの物ができたら、すぐにでも行くつもりだ」


 横からまあまあ、とフィフィが声をかける。


「今も楽しいから、焦らなくてもいいよ。一人前だって胸をはれる物が作れたら、一緒に挨拶に行こうね」


 優しいフィフィの言葉にバルツが感動している。

 だが、こいつらを甘やかしてはいけないということを、わたしやおりんは知っているのだ。

 おりんと目を見合わせてうなずく。


「適当なものができたら、さっさと行ってあげてください。でないと、あなたのご両親みたいになりますよ」

「親父とおふくろ?」

「一人前になるまで待ってくれって、ボッツさんがいつまでも待たせて、最後はあなたのお母さんが、今結婚しないなら他の人と結婚するって言いだして……聞いたことなかったですか?」


 それを聞いたフィフィが、心配そうな顔でバルツの様子を伺っている。

 フィフィのこの反応を見ると、バルツもやりかねないと思われているようだ。


「何年待たせてるんです?」

「……ええと、結婚すると決めてから……十年くらい」


 後半になるにつれてバルツの声が小さくなった。


 ドワーフもハーフリングも寿命は長く、数百年生きる。

 時間の感覚も違う……とは言え、それでも十年は結構な時間だろう。

 フィフィは優しそうだし、放っとくとバルツが彼女の言葉に甘えてしまいそうで、ちょっと危ないかもしれない。


「フィフィさんも、今のうちに言いたいことあるなら言っといた方がいいよ」

「…………付き合い始めてからだともっと長いし、できたらそろそろ先に進みたい……かな」

「そ、そうだな。すまん、俺頑張るよ」

「うん、一緒に頑張ろうね」


 いい雰囲気になっているところに悪いけど、容赦なく横から水を差させてもらう。


「来年中ね」

「え?」


 こいつらは、具体的な期限を決めないと駄目なのだ。

 延々とこだわり続けるから。


「締切りだよ。来年でいいよね」

「え……もう十……せめて五年くらいは」


 親父(ボッツ)みたいなこと言い出したな、と思ったら、おりんがそのまま口に出した。


「ボッツさんみたいなこと言わないで下さい。来年中ですよ」


 フィフィも、五年はちょっと……という顔をしている。

 フィフィからの無言のお願いもあり、バルツは来年中と約束した。


「ところで、なんでそんなに親父とおふくろのこと知ってるんだ?」

「私、あなたのご両親の結婚式にも出てますから」


 おりんの答えに、バルツが慌てて襟を正した。


「すみません。えっと、どちら様でしょうか」


 おりんが、宙を見て少しだけ悩む。


「……お節介焼いといてなんですが、私は死んだことになっているはずの人間です。最悪、追手が来るかもしれないので聞かないのも手ですよ」

「いや、構わない。親父とおふくろの知り合いみたいだし、知らないままってのもなんだから」


 バルツが隣のフィフィを見て、フィフィもうなずいた。


「私が昔、東の帝国にいた時の名前は、リンカーネイト・ヴィルへルミナです」

「え、ヴィルヘルミナって、魔法侯の……」

「はい、弟子の」


 それを聞いたバルツは黙って目を見開き、対照的にフィフィは声を出して驚いた。


「リ、リンカーネイト・ヴィルへルミナ姫侯爵様ですか!?」


 フィフィがなんだか聞きなれない単語を口にした。


「なんですか、そのひめなんとかって。私はアバンディア侯の補佐でしたから、子爵位ですよ」


 フィフィがおりんのそばに来て、手を取ってぶんぶん振る。

 わたしは握手するならネコ姿の時の方がいいな。肉球的な意味で。


「おりんちゃん、有名人?」

「うん、わたしたちもあとで握手してもらおうか」

「何言ってるんですか……」


 チアに適当なことを言っていると、おりんにあきれられた。


「こちらのハーフリングの方なのに、私のことを知っているんですね」


 大陸中央は南北に巨大な山脈が走っているので、人の行き来は少ない。


「私たちは妖精の小径もありますから」

「ヨウセイのコミチ?」

「妖精が使う秘密の道のこと。ほんの少し歩くだけでとっても遠くまで行けるのよ」


 何それ、と尋ねるチアにフィフィが答える。

 ハーフリングたち小人族は話好きな上に長生きなので、各地の伝承や噂話などに明るい。妖精の小径が使えるのも一因なのだろう。


「それなら、私は向こうでどういう扱いになっているんでしょう?」


 お話として知っているだけなのでそれでもいいのなら、と前置きしたフィフィが話し始めた。




 ――魔法侯亡き後も、ヴィルへルミナ様は帝国のために戦い続けました。


 うん、すでにその時点で事実と違う。おりんがやっていたのは子守りメイドだし。


 ――戦いの日々に疲れ切ったヴィルへルミナ様に優しい言葉をかけたのは、ときの皇子レリックス八世。

 ――彼に心をゆるし、愛を育んでいく二人。


 話を聞いているおりんが、ものすごく嫌そうな顔をしている。

 例のおりんに懸想していたというお坊っちゃんだな。


 ――しかし当時、帝国の支配に逆らっていた南部の者たちが、とある伯爵家を操り、呪いをかけました。

 ――呪いにより、ヴィルヘルミナ様は皇子を害そうとしてしまいます。

 ――しかし、愛の力で一瞬呪いに打ち勝ったヴィルヘルミナ様は、皇子を守るために、そのナイフを自らの胸に突き立てて死んでしまいました。

 ――その後、皇子は南部を平定して仇を討ち、命を捨てて皇子を守ったヴィルヘルミナ様は死後、侯爵へと昇爵されました。


 呪いのせいでその場で暴走していたら周囲に被害を出していたはずなので、それほど間違っていないかな。

 外部のせいにしているのは、攻め込む理由にでも使ったのだろう。


 フィフィが話を締めた。


「大まかにはこんな感じです。最近では、レリックス八世が死んだ後、ヴィルヘルミナ様が迎えに来て、一緒に天界で暮らすパターンが多いですね。ハッピーエンドの方が受けがいいので」


 話を聞いた限りでは、おりんが呪いをかけられたことを国王側は看破したみたいだな。

 それなら、呪いをかけた者たちは粛清されたと思って間違いないだろう。


 乱心扱いされていたなら、真相を隠すために口封じを考える勢力もあるかもしれないが、そういう心配は無さそうだ。

 加担したが逃げおおせた者たちもいるかもしれないが、その子孫たちも今更寝た子を起こそうとは思わないだろう。


「よかったね。そんな感じなら、追手が来る心配は無さそうだし、行方を探してる人もいないでしょ」

「……よかったんでしょうけど……素直に喜びたくないですにゃ……」


 おりん本人は、皇子とくっ付けられたのがショックだったようだ。


「姫侯爵様と言うのは、お話的な呼び名で……皇子のお相手ですし、子爵様や侯爵様だと華がないと思われたのかもしれませんね……」

「聞くんじゃなかったですにゃ」


 おりんの目が死んでいる。

 魚屋に並んでいる魚の方が、もう少し生気がある気がする。


「正直、もう少し大人びた方だと思っていたので、実際のヴィルヘルミナ様がかわいらしい方だったので驚きました」

「呪いを解いた時の影響で、子供の姿になってるだけですにゃ」


 改めて二人に口止めをした後、精神的ダメージでぐったりしながらも、おりんが敬語を使わなくていいと伝えていた。




「それで、鍛冶屋通りに来たのは、何のご用件だったんだ?」


 バルツが仕切り直して聞いてきたけど、微妙にまだ敬語が抜けきってない。

 カタコトの外国人みたいになっている。


「ちょっと下見を兼ねてこの辺を歩いてたの。用があったのは革加工の職人の方だよ。ギルドに紹介してもらってからのつもりだったけど」

「それなら、一緒に協力して仕事することがあるし、俺も紹介できるぞ。何を作るつもりなんだ?」


 おお、まるで鍛冶屋の店主みたいだ。そのものだけど。

 横の方で売り物を見ているチアを指差す。


「あの子の装備で、まだ体もできていないからなるべく軽い素材かな。色々あるから持ち込みで作ってもらう予定だったけど……まだ全然決まってないよ」


 チアに自衛の為に剣を習ってもらおうというのも、予定どころか思いつきレベルだ。

 剣はド下手で弓の天才って可能性だってあるわけだし、そうなると必要な装備は全然変わってくる。


 その辺に置いてある数打ちの剣を、重ーいとか言いながら持ち上げていたチアが、名前を呼ばれて不思議そうな顔をして振り返った。


 危ないよ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ