47 チランジアの誕生日ケーキ
「よく買うねえ、あんたたち。持って帰れるのかい?」
「魔法の袋を持ってるから大丈夫ですよ」
「……そりゃすごい物持ってるわねえ。どちらの貴族様のお使いかい?」
初日に入った喫茶店で聞いた食料品店で、小麦粉、塩なんかの必需品から始まり、乳製品に野菜類、酒や油、調味料と手当たり次第に買っていく。
ストレージに入れておけば腐る心配はないので、迷ったら買えの精神だ。
油は匂いが結構強いな。王都の周りにも植えられていた木の実から採れるものらしい。
牛乳やチーズ、バター、卵なんかは普通にある。
北西の高原で大量に作られているらしい。助かります。でもやっぱり値段はそれなりに高かった。
野菜類は、転生前は料理への関心が薄かったのと、帝国とは大陸の端と端なのもあってわからないものが多い。
わからないものには片っ端から鑑定魔法を使っていく。
魔法の中では消費が格段に少ないけれど、それでもそれなりの量の魔石を消費してしまった。
でも、久々に自由に料理できるんだからおいしいものを作りたい。
それぞれの野菜に自分の中で名前をつけながら、買うものを選んでいく。
これはにんにく系、こっちはにんじんっぽい、あれはキャベツの仲間……
夏なのに大根らしきものもある。ツルンとしていて、そういう種類なのか全部二股に分かれている。
こちらは、やたらと大きいアスパラガス。今年最後らしいので買わせてもらおう。
チアが干し肉を見ている間に、おりんがこっそりと話しかけてきた。
「ロロ様が料理の話をしながら食料品買うのって、昔を知っている身としてはびっくりしますね」
「まあ私が作れる料理って前世――異世界の料理だけどね」
自慢にもならないけど、転生前は料理の知識が皆無だったから、この世界の料理は一切作れない。
買い物を終えて、夏の日差しを避ける為に、お店に入ってお昼ごはんにする。
ボール状の豆のペーストを揚げたものを三人でパクつきながら午後の相談だ。
これ、表面がカリカリしてておいしいな。
「両隣と裏くらいにはあいさつしとこうと思うから、なんか手土産でも探しとこうか」
「使用人の家に住むのにですか?」
「女の子三人だし、一応ね。適当に良いタオルでも渡しとくかな」
怪しい人がいた時に、一声かけてもらえるだけでも違うはずだ。
ストラミネアに隣と裏がどんな人か見たことあるか聞くと、爵位や家族構成など詳細な情報が返ってきた。
もちろん、わたしはご近所の調査は頼んでいない。
王都に先に来ていたので暇だったのかもしれない。
「じゃあ、子供のいるお家はお菓子にして、他はタオルでも渡そうか」
「買ってくるんですか?」
「うーん、タオルは買ってきて、お菓子は作ろうかな。後はチアの誕生日祝いだけど……うん、材料はさっきので大体足りるから……果物を少し買っとくかな」
チアの誕生日はケーキを焼く予定だ。
お菓子は何を作ろうかな。
「じゃあタオルは私が買って帰りますから、果物の方お願いします。暑いですから、さっさと片付けてしまいましょう」
「そうだね、じゃあそっちお願い。あんまりいいのがなかったら適当でいいよ。素材にして蜘蛛神にリメイクしてもらうから」
「分かりました」
店員さんに八百屋を教えてもらってチアと二人で行く。
これならさっきの店で野菜類を買わなくてもよかったな……種類や在庫的に加工品の方がメインの店だったっぽいし。
八百屋で赤黒いトマトや、あずき色の桃っぽい果物を買って帰った。
トマトっぽいやつは、やはりレストランで煮込んでソースに使われていたアルフィガロとか呼ばれていたものだ。
大陸の端と端だから違うものが多いけど、果物はイメージできるものや知っている物もそれなりにある。
あ、これカカオみたいだ。高いけど気になるから買ってしまえ。
家に帰ると、夏だけあって結構な汗をかいていた。
風呂は本館だし、とりあえず洗浄の魔術を使おうとして、ふと思いついた。
「汗の洗浄に、チアの魔力使ってみてもいい?」
「きれいにする魔術だよね。いいよー。よくわかんないけど」
初めてなので、慎重にやろう。
チアと手をつないで、時間をかけてゆっくりと繋いだ手の間に魔力を集める。
二人の手の間に魔力で術式を描くと、わたしとチアにまとめて洗浄をかけた。
「なんともない?」
「うん、大丈夫」
属性判定した時も思ったけど、魔力を操作した感覚的にはチアの魔力量はかなり多そうだ。
「今、魔術使ったんだねー」
嬉しそうに笑うチアの頭を撫でてあげる。
十才になったばかりのチアの魔力にはまだ成長の余地がある。
影響が出ないよう、大量に魔力を使って負担をかけるようなことは避けておいた方がいいだろう。
今はまだ、生活魔術を使う時の節約くらいかな。
おりんもそれからすぐに帰ってきた。
屋台で多めに買っておいたスモモ味のジュースを渡してあげる。
「大丈夫だった?」
「送り先の、隣と裏の貴族の家の名前を出したので普通に売ってもらえました。下働きだと思われてましたけど」
「まあ、そうだろうね」
獣人だからね。だからこそ面倒なのでいっそ使用人のふりをしとこうと思ってるわけだ。
暑い中、外に出かけていたので結構疲れた。しばらく三人でゴロゴロして過ごす。
おりんはネコの姿になってくつろいでいた。
さて、体力が戻ったところで、ケーキ作り開始だ。
「じゃあ、遅くなったけどチアの十才になったお祝いに、お菓子とステーキの晩御飯にするよー」
「わーい」
まずは材料の準備から。
牛乳から魔術で脂肪分を分離して、生クリームを作る。
たいして魔力を使う術でもないので、チアの魔力を借りて発動させた。
「料理するのにいきなり錬金魔術ですか」
見ていたおりんが面食らった調子でつぶやいた。
この手の分離や抽出系の魔術は錬金術でよく使うので、そう呼ばれたりする。
ハンドミキサーが無いので魔術で凍らせてから卵白を泡立てたくらいで、記憶に焼き付いているレシピを参照しながら普通にショートケーキを作っていく。
果物は苺がないから今回は桃だ。
やりたそうな顔で見ていたので、クリーム塗りはチアにお願いした。
適当な道具が無いので、包丁や普通のテーブルナイフを使ってペタペタご機嫌でやっている。
予想通り、合間にクリームを舐めているけど、チアのためのケーキなので目をつむっておく。
わたしも舐めたいけど、ここはお姉ちゃんらしく我慢しておこう。
さて、次は晩御飯だ。
巨大な鹿、ジャングル・ケリュネイアの肩ロースをにんにく、塩胡椒でガーリックステーキにする。
ステーキソースを作ろうと思っても、わたしが知っているのは醤油やソースを使ったレシピばかりなので今回はあきらめた。
肉や骨、野菜や赤ワインなどに抽出や分離系の魔術を組み合わせれば、手持ちの材料で作れそうだけど、時間もないのでまた今度だ。
付け合わせに、人参と玉ねぎを焼いて、茹でたアスパラも添える。
「はい、じゃあご飯にするよー」
ステーキのおかわりをした挙げ句、ケーキまで食べたチアのお腹はタヌキになった。
自分でも成功だと思える範囲だったし、チアにも好評だったようで何よりです。
おりんも甘いものは好きなので、上品ながらなかなかのスピードでケーキを平らげていた。
そのおりんは、今は洗い物をしてくれている。
「うう……動けない……」
「それだけお腹ぽっこりしてればね」
「わあ、本当だ……すごいすごい」
服の上から触ってから、ワンピースをお腹までまくったチアが、自分のお腹をぺちぺち叩いた。
幼児かな。
パンモロならぬ、ドロワーズモロしている。
「みっともないからやめなさい」
「はーい」
洗い物を片付けたおりんが、不思議そうに聞いてきた。
「十才のお祝いという話でしたけど、チアちゃんはもう十才になっていて、ロロ様は次の冬ですよね。なんで、チアちゃんは妹扱いなんですかにゃ?」
おりんも満腹状態でリラックスしてるせいか、語尾に方言が出ている。猫語かわいい。
「さっきの見てたでしょ。お姉ちゃん扱いする気になると思う?」
「……」
おりんのチアを見る目が、残念なものになってしまった気がする。
それに、わたしは身体に精神年齢を引きずられているとはいえ、これでも三百年以上生きているのだ。
正真正銘、十才児のチアよりは精神年齢も上だと思う。
チアが椅子にもたれかかったまま、顔だけこちらに向けた。
「チアは、ロロちゃんのお姉ちゃんでも妹でもどっちでもいいよー」
「じゃあ娘で」
「ママー」
「チアちゃーん」
ノってきたチアを抱きしめる。
……本当にお腹がまるいな。
「洗い物終わりましたよ。まだ何か作るって言ってませんでしたっけ」
おりんにはまるっと無視された。
お腹が落ち着いたので、カカオモドキを取り出す。
知らないモノなので適当な魔石を出して、改めて魔法で鑑定してみる。深く鑑定すると、魔力の減りが大きいけど仕方がない。
前世のものより油分が多く、苦味も少ないけど作れるようだ。
具体的な完成形をわたしが知っているせいなのか、ざっと作り方まで分かる。
正直カカオから作るというフワッとしたイメージしかなかったのでこれは助かる。
よくわからないところはいっそ魔法で、とか考えていたから。
この感じだと、鑑定の神は異世界……この場合、地球の知識もある程度持っているようだ。
しかし、転生前は鑑定でこんなに情報まで得られなかった。転生して何か変わったのか、死んでる間にサービスが良くなったのか。
謎はとりあえず脇に置いておいて、今はお菓子作りだ。
ローストした豆を砕いて潰して、最後は魔術で圧をかけてすり潰していく。
そのまま砂糖を加えて仕上げてみる。
一舐めしてみる。
うーん……微妙だ。
チョコレートを知ってるわたしはともかく、知らない人にはかなり微妙な味だろう。
残ってるカカオモドキからココアバターを取り出したり、昼間に生クリームを取り出した後の牛乳――スキムミルクの水分を飛ばして脱脂粉乳にして混ぜたりして何パターンか作っていく。
途中の温度調整などは魔術で行い、最後に形を整えて冷やし固めた。
横で見ていたおりんからは、料理にこんなに魔術使ってる人初めて見ました、と言われた。
そう言われても、魔術を使った方が楽なんだから仕方がない。
味見してもらうと、おりんもチアも甘々のホワイトチョコが一番受けが良かった。
カカオのこの苦味の良さがわからないとは……お子様舌どもめ。
わたしもよくわかんないけどね。お酒があれば話は変わるけど。
熟成はおとなしく待つことにする。
作ったことなかったからよく知らないけど、まろやかになるらしい。神様情報なので本当だろう。
それならあいさつ周りは二、三日後かな。
今日はここまで。おやすみなさい。