45 宰相のゲンコツ
宰相が、わたしが国王の私室にいる事に文句をつけてきた。
「呼ばれただけだから、そこまで知らないよ」
「そう言ってやるな、別に構わんだろう。お前が遅かったから先に話をしていたぞ」
宰相が国王に詰め寄った。
「お前に言ってるんだ、アーヴィン! ほいほい奥に通すんじゃない! こいつが持ち上げられたくないと言ったから協力してやったのに、わざわざ注目される理由を増やしてどうする!?」
「お、おお……そうだったな、すまん」
宰相が私を指差しながら不満の理由を説明する。
国王が迫力に押されてたじろいだ。
たしかに、獣人の子供が国王の私室まで入り込んでいるなんて噂のタネになってしまうだろう。
「苦労してるね」
「半分はお前のせいだ……ほれ、鍵とリストだ」
「いっぱいあるね」
「それなりの屋敷だからな」
宰相から鍵束の内容のリストを受け取る。
なになに、門に表玄関、裏玄関、門衛の家、地下室に倉庫に……うん、とにかくたくさんだな。
この場の確認はあきらめて、かばんにしまう。
「……結局お前、使用人を誰にも頼んでないだろう。どうするつもりだ?」
「使用人の家に住めばいいんじゃないかと思ってますけど」
「なるほど、その手があったか」
「ばっかもん! お前もなるほどじゃない!!」
昭和のおじさんかな。
「住まんと家が傷むだろうが!」
「傷んでも困らないし……」
長期的に考えるなら、保存用の魔術をかけてしまえばそこまで傷まないだろう。
必要なら魔術で補修してもいいし、そもそも使う予定がないから傷んで困る要素がない。
「幽霊屋敷にでもする気か!」
「ホラーハウスか……ハロウィン風とか、かわいくていいかも」
カボチャとお化けがお出迎えだ。
「庭もあるのに、荒れ果てるぞ!」
「じゃあ、畑にしよう」
魔法で地球産の野菜とか作れないかな。
「そういう庭ではない! 大体、家具も生活用具も全部屋敷の中だぞ。どうやって生活する気だ!!」
「大丈夫、マジックバッグで運んだから」
「……おい待て。今、運んだ、と言ったか」
あ、ヤバい。
「キノセイデス」
「隣の子爵の家に、出入りした者がいなかったか確認の使いを出してもいいんだな?」
「昨日の晩に王都に着いたから、鍵を開けて入りました」
「ほう、鍵開けもできるのか。なかなかやるな」
宰相がジロリと国王をにらんだ。
国王は感心しているけど、宰相の怒りの火に薪をくべているようにしか見えないのでやめて欲しい。
「貴様、衛兵に捕まりたいのか!?」
「えっと、ごく自然に入ったから。怪しい動きはしてないから大丈夫」
「誰が侵入手口の自慢をしろと言った!」
「どうせわたしの家なんだし、いいんじゃないかと……」
「お前が捕まったら、誰が事情を説明することになると思ってるんだ!」
宰相が呼吸を荒げる。
「血圧上がるよ?」
「……一発、殴っていいか?」
「痛いのは嫌だから、避けちゃうよ」
んべっ、と舌を出したわたしに、国王がちょっと焦ったような声で言った。
「おい、ロロナ。やめとけ」
「へ?」
次の瞬間、上から飛んできた拳をかわしてそのまま横に跳ぶ。
振り向くと、宰相の姿は消えていた。
「――ここだ」
声は頭上からした。
いつの間にか後ろに立っていた宰相からゲンコツを落とされて、悶絶して頭を抑えてうずくまる。
おおおお…………
「うっぞお……」
「私も元冒険者だぞ。忘れたのか」
ふん、と宰相に鼻で笑われた。
「キ、キセロより速かった」
「ん? そんなわけはあるまい」
宰相はそう言うが、この前戦った時のキセロより確実に速かった。
キセロは別に手を抜いていたようには見えなかったし、あそこから更にもう一段上があるということは……
「宰相、身体強化使ったでしょ」
恨めしそうな視線を向けると、宰相が口の端を釣り上げた。
「ほう、気づいたか」
今の宰相より速いということは、前に相手をしてもらった時のキセロは身体強化をそもそも使っていなかったのだろう。
基礎能力の高い獣人を相手に身体強化無しで相手をしていたわけだから、しっかり手加減されていたということだ。
元Bランクの冒険者相手にいい線いけたから、おかしいとは思っていたけど。
「闘気まで使えたんだね、くそう」
闘気は後天的に授かる力の一つで、彼らの身体強化はそういった力で行われている……らしい。
鍛え、戦い続けていると武神や戦神が授けてくれるとか。
わたしは魔術師だったので、あんまり詳しくない。
「ロロナが来ていると聞いたんですけど」
そこに、アリアンナ姫が入ってきた。
涙目で頭を抑えているわたしをみて、姫が慌てる。
「ど、どうしたんですか」
「教育的指導ですな」
宰相が悠然と答える。
「だからと言って、女の子ですし暴力は……」
アリアンナ姫が顔を曇らせた。
優しい。どこぞの昭和テイストのおじさんとはえらい違いだ。
「泊まるのに適当な宿を知らなかったんだよ……探すにももう夜だったし、女の子三人だし」
「だからと言って、コソ泥のような真似をするな」
「はーい」
アリアンナ姫が頭に疑問符を浮かべている。
「アリアンナ姫、お久しぶりです」
「はい、ロロナも春以来ですね。もういいんですか?」
「こっちの話は終わりました……よね?」
振り向いて国王と宰相に確認する。
「終わっている」
「終わったが、今日はネコはおらんようだぞ」
国王が青銀の目玉を手の中で転がす。
落とさないでね。
「お父様、違います。本を貸す約束をしていたんです」
「……お前、本を読むのか?」
国王と宰相が珍しい生き物でも見るように、まじまじと私を見つめてきた。
「本くらい読むよ。なんだと思ってんの」
「そうかそうか。今度、わしの本も貸してやろう。冒険小説や冒険者の手記やらあるぞ」
口をとがらせると、国王が上機嫌で読みかけの本を見せてきた。
「ろんどべるの、七竜退治…………ロンド・ベル・カシューリアみたいな人だね」
「そうじゃぞ」
「へ? ロンド・ベルは地竜、毒竜、ブルードラゴンしか倒してないでしょ」
「ヒュドラとかも入っておるからな」
「……なんかずるいような」
竜殺しを果たした冒険者の男だけど、私が死んでいる間に、亜竜も入れて膨らませ、七竜退治のお話にされてしまったらしい。
ちょっとカッコいいじゃん。
うらやましい。
引きこもって研究ばかりしていたわたしとは、えらい違いだ。
「ところで、アリアの本は年頃の子女が好むような本ばかりだがいいのか?」
「花も恥じらい、恋に恋するお年頃の乙女ですけども」
宰相が吹き出した。
こんにゃろう。
「宰相は街道整備維持規範とか、領主の経営学とかつまんない本でも読んで、馬と馬車の課税標準でも考えてればいいよ。アリアンナ姫、もう行きましょ!」
失礼な宰相は放っておくことにして、アリアンナ姫の手を引いて部屋から出る。
最後に振り返って、眉をひそめている宰相に向かって舌を出しておいた。