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44  新しいマイホーム(不法侵入)

 夕食を終えると、そのまま特に寄り道することもなく屋敷へと向かった。


「ここだよ」

「孤児院より大きいよ!?」


 到着した屋敷を指差すと、チアが驚いた声をあげる。

 そう言えばそうだな。


「何部屋あるの? 毎日違う部屋で寝るの?」

「毎日違う部屋で寝ないよ。掃除もできそうにないから、住むのはこっちにある普通の家だよ」


 日が長い季節なので、まだ薄っすら明るい。使用人用の家のシルエットが見える。

 門の前まで行くと、誰もいないのに鍵の回る音が鳴って、勝手に門が開いた。

 ホラーではなく、ストラミネアだ。


「どうぞ」

「ありがと」


 人目のない時を見計らって飛び越えるつもりだったのに、堂々とした不法侵入になってしまった。

 ふわり、とストラミネアが空から現れる。


 使用人の家まで行くと、こちらもストラミネアが鍵とドアを開けてくれた。

 城まで鍵をもらいに行く必要がない気がしてきたな。


 まあ、ストラミネアもいつも家にいるわけではない。

 どこにでも入り込めるストラミネアは、しばらく調べものに活躍してもらう予定だ。


「わー、これチアたちの家なんだね」

「そうだよー」


 屋敷の方もわたしたちの家だけど。


 中に入ると、こっちはなんだー、と言いながら早速チアが探検を始めている。

 うん、魔石を使った明かりも設置してくれているな。

 おりんの方は台所のチェックに行った。


「さすがに食器や調理具は無いですね」

「屋敷の方には運び込んでいたと思いますよ」


 振り向いたおりんにストラミネアが答える。

 こちらの家は使用人のための物なので、適当な扱いなのだろう。


「じゃあ、取ってきますね」

「うん、よろしく……ああ、ベッドも屋敷から持ってきた方がいいか」


 今いる使用人ハウスにも置いてくれているかもしれないが、屋敷の方が良いベッドがありそうだ。


「そうですね。じゃあそっちはお願いします」

「チア、あっちの大きい方に行くから一緒に行こ。ストラミネア、鍵開けといて」

「はーい」


 元気のいい返事とともに、いつの間にか二階に上がっていたチアが下りてきた。


 屋敷の部屋を回ってベッド、ついでにソファーもストレージに回収しておく。

 主寝室のはやたら豪華だったので、他の普通ののベッドも三つ、計四つ回収した。一人だけ豪華ベッドとかは遠慮したい。




 使用人ハウスは、一階に台所、ダイニング、トイレがあり、二階に上がると左右に四つの小さな部屋と、奥にテーブルと椅子のあるリビング的な広めの空間があった。


 台所も最低限の設備で、普段は本館で食べていたんじゃないかな、という感じ。

 生活空間と言うよりは、詰め所のような雰囲気だ。

 なんだか薄暗いし。


 前に来たときは、寝るのにしか使わなかったから気にしていなかったけど、このまま住むにはちょっと微妙だ。

 前世の日本人の感覚的にも、せめて寝室は靴を脱いだ生活にしたい。


 よし、リフォームしよう。

 元々置いてある家具を回収して、マジックバッグからストレージ内の丸太をゴロゴロと出す。

 魔石も取り出して植物神の術式を描き、その力を呼び出した。


 二階のほぼ全体にフローリングの真新しい床を張り直す。

 本当は家全体をリフォームしてしまいたいんだけど。


 トイレと台所は譲れないので、この二つだけは明日以降、早い段階でやっておこう。


 食器や調理具を整理しているおりんと、それを手伝っているチアを呼んで一緒に来てもらった。


「二階の床だけきれいですね」

「あれ、さっきと変わってる!?」

「張り直したからね。で、ここから先は靴を脱いであがるようにしたいから、お願いね」


 二人から肯定の返事を貰ったので、ついでに部屋を決めておくとしよう。


「ベッドを置くけど、部屋はどこがいい?どこもあんまり変わらないけど」

「みんなで寝ないの? チア、一緒がいい」


 おっと、そうきたか。

 甘えっ子め。


「私はいいですよ。どうせ、寝るときはネコ姿のつもりでしたから」

「じゃあ、そうしよっか」

 

 豪華ベッドは部屋の一つに置いて、リビング的なスペースに残りのベッドを三つ並べる。


 このままだと一緒に寝にくいので、元々のマットレスといらない剣を素材に、蜘蛛神と鍛冶の神に力を借りて三つのマットレスを合体させたスプリングマットレスに作り変えた。

 二人と一匹だけど、部屋の広さは十分あるし、おりんもヒト型で寝たいときもあるかもしれないので三つ分つなげておこう。


「わー、すごいすごい」


 チアが真新しいベッドの上に乗ってごろごろ転がる。


 卵料理のお店に入る前におりんが洗浄の魔術をかけてくれたんだけど、気分的に着替えてから転がって欲しかったな。

 ……今までパジャマなんてなかったから、仕方ないか。

 この辺りは生活が変われば、少しずつ感覚も変わってくるだろう。




 翌朝の朝食はフライパンで目玉焼き乗せトーストをおりんが作ってくれた。

 記念すべき新居での初料理だけど、凝った物を作れるほど材料が無いのだ。


「さて、いい時間になったし、とりあえず城に鍵をもらいに行って、帰りに食料品の買い出しかな」

「お城に行くのなら、王妃様の下着を頼まれてませんでした?」


 完全に忘れていた。


 そんなわけで、今日の仕事は蜘蛛神との共同作業からスタートだ。


 蜘蛛神様は今日も安定の仕事ぶりで、セクシーかつ上品なレースとフリルのオトナな下着セットを完成させていた。

 刺繍好きだなあ。腕の見せ所的なやつなんだろうか。


 お城にはわたしだけで行くことにした。

 チアは貴族への免疫も無いし、マナーなども知らない。一人でも目立つのに、二人で行くのはちょっとまずそうだ。

 おりんは、ヒトの姿でもネコの姿でもちび姫ことエライア様に気に入られているので、捕まると長くなる可能性がある。引っ越したばかりなので今日は遠慮したい。

 

 おりんとチアには、雑貨を中心に先に買い出しに行ってもらった。

 食材は私も見たいので合流してからだ。


 城の入り口で門衛の人に声をかける。少し待って中に通されると、そのまま奥へ奥へと案内された。

 不思議に思いながら通された部屋に入ると、国王が本を読んでいた。


「久しぶりだけど、なんで?」

「ちと頼みがあってな。まあ話だけでも聞いてくれ。ああ、エルヴィン……宰相もじきに来るだろう」

「うん、とりあえず聞くけど……」


 どうせ宰相が来ないと鍵は貰えないのだ。

 国王が本を閉じた。


「お前のマジックバッグは精霊からもらった古代のもので、色々と入っておるという話だったろう。褒美に良さそうなものがあれば譲ってもらえんかと思ってな」

「褒美?」


 使えそうな物は無くもない。

 わざわざ私に頼んでくる理由は謎だけど。


「騎士団長にな」

「なにか活躍したの?」

「それがな……」


 この前の魔物の暴走(スタンピード)は完全に突発的なものだった。

 でも、国の発表では、混乱をきたさないために秘密裏に進めていただけで、実は国王は以前から対策をしていた、ということになっている。


 そのため、騎士団が知らされていなかったことに対してショックを受け、落ち込んでしまったらしい。

 信頼されていないと思ったんだろう。


「何があっても対処できるだけの訓練を積んでいるはずだから、遠慮なく攻勢に出れた、という方向でいこうかと思うんじゃが」


 日頃からよくやってくれていたので、攻撃に専念できて討伐は成功した。結果的に活躍の場はなかったけど褒美を取らす、ということにするようだ。

 騎士団全体の士気が落ちているので、このままだとよろしくないらしい。


「どうせなら、魔物の暴走(スタンピード)対策の副産物と思えるような物など、それらしくてよいと思うんだがな」


 ああ、なるほどね。

 相談してきた理由に納得がいった。


 ついでに魔物の暴走(スタンピード)の件について、国からの発表内容の信憑性を少しでも増すことができれば、と考えたのだろう。 


「第一と第三の騎士団長にはあてがあるんだが……第二騎士団の団長用にな」

「どんな人なの?」


 国王が腕を組んで、宙に目をやる。


「三十過ぎの伯爵だ。王国でも一、ニを争う騎士で、多少魔術も使える。あとは……そうだな、若い頃の事故で隻眼だ」


「それなら良いものがあるよ」

「お、本当か」


 マジックバッグから取り出して、青銀色の目玉を手に乗せた。


「それは、義眼か?」

「わたしが本人に処置をしないといけないけど、ちゃんと見えるようになるよ。普通の目よりもずっとよく見える特別製の魔眼なの。古い遺跡とかにあってもよさそうな物だし、それっぽいでしょ」


 これは、転生前のわたしが片目を無くした友人のためにと作ったものだ。

 譲ったつもりの物だったんだけど、あの世には片方あれば十分だろう、との彼からの遺言で手元に戻ってきた。

 つまりは、棺桶に入れてしまうにはもったいない、とひねくれ者の友は言ってくれたのだ。


 結局はその後、ストレージの肥やしと化していた。

 ある意味形見ではあるが、使ってやった方が彼の遺志に沿うだろう。


「その眼、名前はあるのか?」


 その問いに、かつての友人の姿が思い出された。



◇ ◇ ◇



「ふむ。それで、この眼の名前は?」


 魔眼を持って眺めながら、片目を失った友人が自慢の口ヒゲを優雅に撫でる。


「名前じゃと? 強いて言えば……狩人の神ニゲルンの力を込めた眼ということになるかのう」

「エレガントではないな。それでは、この眼の名は今から『シュライクの魔眼』だ」


 そう言って、友人のシュライクデン・ヴィルトーゾは紅茶に大量のブランデーを注いだ。

 彼は、紅茶は酒を割るための液体だと信じて疑わない男だった。




「『シュライクの魔眼』です」

「ほう、『シュライク(モズ)の魔眼』か。いや、助かった。礼金ははずむからな」

「別にいいよ。他に出番がありそうなアイテムでもないし、使ってもらった方がありがたいくらいだから」

「そうか、借りが増えるな。まだ宰相は来ておらんが……最近はどうだ?」


 近況を聞かれたが、話の中心は途中からチアになった。

 同行者が増えたこと、そのうち一人が未成年なことや、剣を習わせたいことなどを順に話していく。


「……なるほどな。第二騎士団は平民と貴族の混合部隊だから、道場なども何かしら知っているだろう。どうせ会ってもらうことになるんだ。騎士団長に聞いてみればよかろう」


 魔眼はひとまず国王に預けておく。

 褒美として第二騎士団長に渡された後、本人の家に処置に出向く形になったからだ。

 しばらく暗い部屋で慣らしたりした方がいいだろうし、魔眼の処置は自宅の方が都合がいい。


「お前の分はなんとかしたそうだが、その娘もギルドの登録について、ドゥラティオ――ギルドマスターに一応確認しておいてやる」

「催促したつもりじゃなかったんだけど、ありがと」

「さすがに二人目は駄目かもしれん。あまり期待はするなよ」


 正直これは助かる申し出だ。

 危険の伴う場所では、冒険者の資格がないと立ち入れないなんて場合もある。


「入るぞ」


 声とともに扉が開いて、部屋に入ってきた宰相が開口一番不満げな声を出した。


「……なんでお前が国王の私室にいるんだ?」


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