42 ロロナとチランジアのぬいぐるみ
「じゃあ、装備ね」
「この前のナイフと背嚢か?」
ジェノべゼまで行ったときに、ブラスの店で採集用のナイフとリュックサックを大量に買ったので、その事だとブラスは思ったのだろう。
「それもあるけど、もう少しちゃんとしたのも一式」
「本気かい?」「やりすぎだろ」「過保護だな」「貴族の親みたいじゃな」
「うるさい、外野」
いちいち『風の探索者』の四人がやかましい。
製作済みの二人分の革の防具を一式と、くせのない普通の剣だ。
「お、おう」
「その……助かる」
「なんでベッドの時みたいに喜ばないわけ?」
「嬉しいは嬉しいんだけど、もらいすぎてる気がしてさすがにな……」
細かいなあ。
これくらい、すぐに出世して倍返ししてやるくらいの気概を持って欲しい。
「いいから、受け取っといて。かわいいかわいい妹からの餞別だよ。他所で死にかけてももう助けに行けないんだからね」
「いや、そこまで言うなら遠慮なくもらうけどよ」
「あんまり不吉なこと言うなよ」
グラクティブは手触りを確認している。
ハルトマンも顔をしかめながら装備に手をかけた。
後ろでは、『風の探索者』の連中が何やらこそこそ喋っている。
「あやつ、自分でかわいいって二回も言いおったぞ」
聞こえてるぞ、ヒゲ親父。
ヒゲへの文句は後回しにしておいて、二人に調整しながら身につけてもらう。
なんだかんだ言いながらも、二人は装備を揃えてテンション急上昇だ。
冒険者らしいな、とか言いあってはしゃいでいる。
「身長もまだまだ伸びるし、負担にならないよう動きやすさ重視にしてあるから、あんまり過信しないでよ」
「おう」
「わかったよ」
テンションが上がっていたからか、見過ごしていた色味の違いにようやく気づいたグラクティブが、左右の腕を前に出して見比べている。
「これ場所によって色が結構違うんだけど、なんでだ?」
「おしゃれか?」
「そんなわけないでしょ。色んな魔物の使える所の寄せ集めだからだよ。だから、遠慮なくもらって」
「なんだ。そういうことなら、ちょっと気が楽だ」
出どころは、呪われたおりんがダンジョンで大暴れしたときの魔物の死骸だ。
上位種の魔物ばかりだったから、まあそれなりの性能のはずだ。
うん、本当はわかってる。駆け出しには過剰な装備だ。
過保護なのは、分かってはいるんだけど……
「ベルは杖とローブね。杖の術式は切り替え式にしてあるから、自分で選んで使って。ローブは服の上から着れるから、出かける時は上から羽織っていきなよ」
「切り替え?」
杖の先端の方をひねってみせる。
杖にはどれか一つしか術式が繋がらないように描いてある。
「こっちが防御用の石壁で、あと射出系の石飛礫と石槍の三つ。位置指定系は地属性の強みだけど、杖は緊急用だしね」
「お前はまた妙なものを……」
◇ ◇ ◇
「あの……切り替え式とかってあるんですか?」
横で唖然としているヴィヴィさんの顔を見れば、答えはわかりきっているようなものだが、一応聞いてみる。
「違う属性のロッドを二本持ち歩いていた冒険者なら見たことがあるけどね……とっさの物だってことは知ってるかい? 術式を彫れる者なんて限られているし、普通は単純な術式一つさ。誰でも彫れる基本の火の杖を除けば、安いものじゃないからね」
「あ、はい。術式について少し話を聞いたことがありますから、杖についてもその時に……」
以前に、ロロから聞いた話を思い出す。
たしかあれは、魔術師はなんで杖を持っているのかと聞いたときだったっけ……
「あれは魔術式を彫ってある魔道具だよ。あらかじめ描いておけば、とっさに魔力さえ流せば発動するからね」
「え、そうだったの!?」
言われてみれば、採集に行く途中で見かけた冒険者の魔術師が持っていた杖には、たしかに何か図形と文字らしきものが彫ってあった気がする。
ロロが見たものは、火の魔術の一番シンプルなものだったそうだ。
魔術師でない職人が、術式の意味なんかも分からずに彫っている大量生産品だろうね、とロロが続ける。
「じゃあ、安いの?」
「魔力を流せる素材だから、それなりのお値段……なのかな? 他の魔術の杖だと魔力操作が得意な魔術師じゃないと作れないから、かなり値がはるだろうね」
なるほど。私が持つのはどうやら当分先になりそうだ。
冒険者には術式は不要だと言われるけど、一応確認してみた。
「ちなみに、私が術式を勉強したとして、役に立つことある?」
「魔道具師の仕事ができるね」
「……冒険者にはいらないってわけね」
「でも、冒険者で生計を立てながら、魔道具師や錬金術師に弟子入りして転職って人もいるみたいだし……結婚して子供ができたあとを考えると、そういうのもいいんじゃない」
本気でアドバイスしているのか、からかわれているのか、判断がつかなかった。
どう反応するべきか迷って、無言を貫く。
この妹分は、私の恋心を知ってからというもの、度々からかってくるのだ。
二人が帰ってから、これから自室となる部屋に行き、ベッドの上に杖とローブを置いておこうとして気がついた。
いつの間にか、枕元には二つの布の人形が並んでいた。大人の手くらいの大きさのそれらは、どう見てもロロとチア、妹たち二人のぬいぐるみだ。
「あの子、これを置くためにベッドを持ってきたんじゃないでしょうね」
ロロの方のぬいぐるみを指でつつく。
冗談で言ってみた一人言だったけれど、言葉にすると、なんだか本当にそうなんじゃないかと思えてくる。
「二人分あるってことは、そういうことよね」
これから本格的な夏が来て、森の鳥たちも巣離れの時期になる。
孤児院も、どうやら巣立ちの季節を迎えるらしい。
自分たちに続いてあの子たちもいなくなったら、毎日がお祭り騒ぎのような孤児院の喧騒も、少しは和らぐだろうか。
減った分の声は、空を飛び始めた蝉たちが補ってくれるはずだ。