41 兄と姉の卒業
申し合わせていたらしく、風の探索者の面々は採集に行かない日には、グラクティブ、ハルトマン、ルーンベル、ガスパルの四人に訓練をするようになった。
少し意外だったのは、ガスパルがタイラーに斧を習うことにしたことだ。
本人曰く、剣術は難しいから、シンプルなのがいい、とのことだ。
ガスパルは実際のところ頭は悪くないと思うし、意外に小器用なのだけど……
おそらくは、頭を使うということ自体が面倒で嫌なのだ。
「まさか、わしにも出番があるとはのう」
タイラーは、野営や旅に必要な知識等関連の講師役をやるつもりだったらしい。
斧を使いたいという者がいるとは思ってなかったようだ。
「旅や野営などの知識わしが一番じゃからな」
『風の探索者』の訓練は、まだまだ本格稼働はしていない。
そんな中、何もなくて暇だからとやってきたブラスは、院長を手伝って小さい子の世話をしていた。
三人の子供を育てたブラスは意外にも即戦力で、器用にこなしていた。
キセロは体力が落ちていたのがショックだったらしく、トレーニングをしたり散歩がてらだと言いながら、採集に付いて行ったりしていた。
タイラーもたまに暇つぶしだとやってきて、洗濯や料理をしたり、採集に付き添ったりしていた。
ヴィヴィは、子供は苦手でね、ともっぱら料理をしていた。ダンジョン村では宿をやっていたらしく、意外にもと言ったら失礼だけど、料理や家事は一通りできるらしい。
たまに手伝いに来ているクロカータさんとも仲良くやっている。
名前だけとはいえ、孤児院の非常勤職員という肩書に思うところがあったのか、単純に暇つぶしなのかは定かでないけど、気づけば、なんだかんだ四人とも孤児院の手伝いをするようになっていた。
初夏になると、グラクティブとハルトマンが十二才になり、ギルドの正会員にも登録できようになった。
早速登録してきた二人は、Fランクからスタートになる。
「じゃあ、グラクティブとハルトマンが卒業。ついでに、魔術師に弟子入りしたベルも卒業でーす」
「またねー」
「ばいばーい」
三人は、今後もちょくちょく孤児院の採集にも一緒に行くのを明言している。
男二人の方は、みんなあっさりしたものだ。
「ベルお姉ちゃん、いつでも泊まりに来てね」
「うん、ベッドなら一緒に寝ればいいんだから」
「ぜったいだよ」
逆に、ルーンベルは年少の女の子たちに囲まれている。
年少の子たちは、不安そうに顔を見合わせていた。
「ベルお姉ちゃんいなくなるの?」
「夜、トイレに行くのどうしよう」
「怖いよね」
「怖いね」
「いつでも泊まりに来てね」
夜のトイレだけでなく、更に不完全ながら洗浄まで使えるルーンベルは女の子たちから大人気なのだ。
「ベルはみんなに慕われてるねぇ」
「なんか違う気がする……」
院長は今日も小さい子の世話で、見送りには出て来ていない。
まあ、住むのは院長の妹たちの家なわけだし。
『風の探索者』の暮らす家へ、卒業組三人について歩いていく。
「ベルはこの部屋でいいの?」
「おう、娘っ子はそこの部屋じゃな」
固有空間から、ベッド用の横板四枚と床板を出す。
「はい、卒業祝いのベッド」
「やった!」
「わー、助かる」
「しばらく床にごろ寝だと思ってたぜ」
横板四枚は四角に組めるようになっている。
組み立て式は現代日本では珍しくないけど、こちらではまだ無いので、板だけ加工してもらって、組み立ての金属部分だけは屑鉄を売ってもらって創造魔法で作って取り付けた。
「ここで仕上げるのか」
「仕上げるというか、組み立て式にしたんだ。これなら他に引っ越しても持っていけるし、要らなくなれば孤児院に持っていけばいいし、子供でも運べるから」
「ほう、ナポリタではそういうのがあるのか」
「一応わたしが考えた……と、思う。引っ越しや動かすのに便利ってだけだし、普通には売ってないんじゃないかな」
前世の世界よろしく大量生産なら流通上メリットが大きいんだろうけど、この世界では手間を考えると割に合わないからまだ存在してないだろう。
しかし、他人のアイデアを自分の思いつきだと主張するのは、心理的な抵抗が大きいな。
床板を乗っけて仕上げると、お店で買ったマットレスを乗せる。安物で中身は麦藁だ。
体が資本だしもう少しいいものを渡したいけど、羽毛とか高いのを渡すのもなんだし、かといって適当なマットレスをわたしが作ろうとしても、スプリング式しか知らないので自重しておく。
若いから大丈夫だろう、多分。
夏なので、あとはシーツ代わりのリネンの布一枚ひいて終わりだ、あとはおまけの稲藁の枕。
グラクティブとハルトマンが使う部屋にも設置する。
こちらはさっきわたしが設置してるのを見ていたので、マジックバッグから出したら勝手に自分たちで組み始めた。
「最後に言っとくけど」
「ん、なんだ?」
「わたしが王都にもらった家はここより大きいの」
「そりゃすごいな」
作業を続けるハルトマンが、至極どうでもよさそうに生返事で返した。
「それなりにお金ももらったから余裕のある生活ができるだろうし、『風の探索者』の四人も、別にこの町にこだわりがあるわけじゃないから王都だってかまわない。それにわたしは強いから、もしいたら安心だろうね」
「まあ、そうだな」
グラクティブとハルトマンは一瞬だけこちらに目をやったが、すぐに作業に戻った。
「お前にしちゃ遠回しだな。言いたいことは分かったが、そこまで気にすんな。お前が俺たちと違う道に進むのは分かってたことだろ……。ちょいとその道が豪華だったくらいでグチグチ言わねえよ……っと、グラクティブ、そこ持っててくれ」
「おう、次はこっちだな。……これだけお膳立てされて偉そうに言えないが、俺らだってここで自分で立てるようになってやるさ。兄貴面するのに、おんぶに抱っこじゃ格好がつかないからな」
進みたい道の先は、似て非なる場所。
割り切れずにまだ気にしていたのは、自分だけのようだった。
兄弟離れが一番できてないのは、わたしだったのかもしれない。
「お前はお前で好きにやればいい。面白いもん見つけたら、また話でも聞かせてくれ」
「うん、ありがと。でも、最後にもうちょっとだけ世話を焼いとくよ」