39 ロロナ VS キセロ
『風の探索者』の四人がナポリタにやってきた翌日、わたしとおりん、孤児院の採集組は孤児院で彼らと顔を合わせた。
孤児院組とおりん、『風の探索者』の四人をそれぞれ紹介する。
「というわけで、前に話していた、みんなを鍛えてくれる元Bランク冒険者の四人です」
「Bランク……」
「マジか」
「すごい……」
「まあ、まだ引っ越してきたばかりで、必要な買い出しもあるらしいから今日は挨拶だけだったんだけど……」
孤児院組は、期待した目で『風の探索者』を見ている。
「せっかくだしちょっと実力見せてもらっちゃおうか。キセロ、いい? それと、おりんお願い」
「別にかまわんぞ」
「いいですよ。Dランク冒険者のおりんです。お願いします」
おりんは冒険者ルックなので防具を付けているが、買い出しに行く予定だったキセロは普段着そのままだ。
おりんが両手で『風の探索者』たちが持ってきてくれた木剣を握る。おりんが剣を握るのを見るのは久し振りだな。
おりんが打ちかかって、キセロは防戦に回った。
段々とおりんがペースを上げていくが、キセロは余裕で対応している。
途中からちょくちょくおりんが本気の一撃を混ぜ始めた、キセロも攻撃を混ぜ始める。
最後にキセロの方から前に出て、フェイントをいれた一撃をなんとかおりんが受け止めた。
孤児院組が沸いて、拍手をする。
「はい、そこまでー。いやあ、どっちも強いね」
「年を取ると、息がもたんな」
木剣を置いて息を整えると、腕組みしたキセロが口を開いた。
「お前、術師とか後衛と組んでいたか? あまり無理をせず、踏み込んでいかない。ソロよりも、前衛の戦い方だな」
「貴族の家で使用人兼護衛をやっていたので、それでかもしれません」
「……なるほどな。それで、倒すためでなく、守って時間を稼ぐための戦い方に寄っているのか。使えるのは剣だけなのか?」
おりんの剣術は、自分自身の魔術で敵を吹き飛ばすまでの時間稼ぎ用でもある。戦い方についてはそのせいだろう。
「いえいえ」
おりんがマジックバッグから装填済みのクロスボウを出し、革鎧から投擲用の短剣を引き抜いて見せた。
「装填したものを十ほど入れています。仕留めている数的には弓がメインですね」
「ほう。剣をあれだけ使えて、こういう芸もあるならCランクも時間の問題だな。その年でたいしたもんだ」
キセロのCランクという言葉に、孤児院組から声があがった。
はーい、とパンパンと両手を叩く。
「じゃあ、みんなは採集ね。四人は買い出しでしょ。わたしはコナーズと帳簿あるから留守番だけど」
わたしも少し相手してよ、とキセロに近づいてこっそり声をかけておいた。
採集組が、孤児院のお土産にしたナイフとザックを持ち、わたしより下の八才の子たちを連れて出発するのを見送る。
リーダーももうすぐガスパルに変わるし、引き継ぎに入っているようだ。
「じゃあ、ちょっとお願いね。見てたら、久々に体を動かしたくなって」
「別にかまわないが、体力が持たんから少しにしてくれ」
キセロはようやく息が戻ってきた。
「よし、いいぞ」
木盾と木剣を持って、打ちかかる。
「なるほど、たしかに基本はできているようだな」
この世界では特別背が高いわけでもないキセロだけど、欠食児童のわたしと比べれば十分大きい。
相対すると更に大きく感じるな。
「盾重いや」
距離を取ったあと、盾を諦めて地面に置く。両手で剣を持って再度挑みかかった。
なんとかしてみろとばかりに、今度はキセロからも剣を振るってきた。
手加減されてるのに、一撃で剣が飛ばされそうだ。
受け流すか、かわさないと無理だけど、盾ならまだしも剣で受け流すような技術は持ってない。
転生前とは比べ物にならない獣人の動体視力と感覚が、キセロの動きをとらえる。
見えてはいるので、きれいには受け流せないけど、なんとか横から当ててそらしたり、かわしたりする。
間合いに差がありすぎる。ずるい。
最後はキセロのフェイントに見事に引っかかって、剣を突きつけられた。
「一、二年はやっているのか? 基本はできてるし、速度と反応は一級品だな。同年代ならそうそう勝てるやつはいないだろ。ただ、当然だが魔物は手加減なんぞしてくれんぞ」
子供としてはできる方だけど、冒険者としてはキツイだろう、とダメ出しされた。
「腕力からっきしだな、お前。しっかり食わなきゃ、そんなんじゃDランクにはあがれんぞ。一緒にトレーニングするか?」
「やめとく」
ブラスが筋肉の道へ誘ってくる。
まだ九才だぞ。食事はともかく、筋肉つけすぎもよくないでしょ。
「キセロ、もう一つ試させてもらっていい?」
「……ちょっと、待って、くれ」
「……ブラスは、先にキセロを鍛えたら?」
「おう、俺たちもガキどもに負けてられねえからな。任せとけ」
まだ息を整えているキセロに、ブラスが歯を輝かして二カッと笑う。
それを見たキセロがあからさまに嫌そうな顔をした。
ストレージから、この前王都で暇だったときに魔術で木を削って作っといた薙刀を取り出した。
「もういいぞ」
「じゃあ、いくね」
呼吸を浅くして、中段に構えて間合いを測る。
呼吸を読まれると言うことは、動くタイミングを読まれるということだと、そういう風に教えこまれてきた。
まず、頭を選択肢から外す。
身長差的に、狙うなら肩くらいか。それでも遠いけど。
私は長物を持っているのに、間合いがそれほど変わらない。
踏み込んだ。
まずは小手、更に面――というか肩への一撃。
打突を弾かれた勢いそのままに、そのまま頭上で薙刀を回して持ち変える。振り返して再び逆側の肩打ち。
一度薙刀を体に引き寄せるように構えてからの、脛。
剣道と違い、薙刀には脛打ちもある。とは言え、剣術としては、むしろ足に判定のない剣道の方が少数派らしいけど。
遅滞なく反応されたが、最後の脛打ちをかわす動きはやや粗い。
冒険者やってて、人型に脚を狙われる経験は少ないか。
一通りこちらに打たせたキセロは、今度は距離を詰めてきた。
目線でのフェイントを無視して、上からの一撃を横から擦り上げるようにしてそらし、続いて飛んできた横合いの一撃を柄で受ける。
これだけで、もう握ってる薙刀が手の中から飛ばされかけた。
下がりながら打った一撃をキセロに防がせる。
打ち払われて体勢を崩されかけたが、なんとか距離を空けられた。
間合いはこちらの方が長いんだから、うまくつかわないとね。
薙刀を脇に水平に持って刃を後ろに構える。脇構えだ。
後ろに振りかぶっている為、防御はできない。すぐに攻撃に転じた。
追ってくるのを想定して間合いを取ったために、薙刀を届かせるまで二歩半足りない。
そこから、二歩分を一歩で踏み込んで、半歩を手の中ですべらせて薙刀を長く持つことで間合いを伸ばす。
肩に向けて放った一撃に反応してきたのを見ながら、予定通りに打ち慣れた胴――身長差的に太もも辺りへとコースを変える。
払いのけられたが、少し体勢は崩した。
伸びた体を一度戻して、中段に構える。
キセロより、わたしの方が早い。
体勢の崩れているキセロに面打ちを繰り出したが、瞬時に弾きにきた。
手首をぐるりと返し、薙刀を回すようにして、脛を狙う。薙刀では八重違いと呼ばれる動きだ。
できるなら、これで決めたい。
馬鹿正直な面打ちはないと読んでいたのか、これにも反応してなんとか後ろに足を引いてかわしてきた。
ダメか。でも、更に体勢を崩した。
ここで、打突を狙うのではなく、あえてキセロの剣を跳ね飛ばしてやるつもりで巻き上げにいく。
びくともしなかった。
こちらは全身を使って力を込めたのに、片腕の力だけであっさりと対抗されてしまった。
キセロが人の悪そうな笑みを浮かべる。
反射的に、思い切り後ろに跳んだ。
キセロが一歩踏み込んで振り下ろす間に、後ろ向きに五歩分跳ぶ。
と言っても歩幅が違うので、そこまで余裕があったわけじゃなく、目の前を剣先が通過していった。
寸止めのしやすさで振り下ろしを選択したんだろう。
もし突きを放たれていたら、後ろに跳ぶのが間に合わずに当たっていた。
「……カエルみたいなやつだな」
「参った。降参、降参」
キセロに両手を挙げる。
「ふん、当然の、結果だな」
偉そうに答えているが、キセロは滅茶苦茶息を荒げている。
「ごめんねー? お年寄りに無理させて」
「余計な、お世話、だ」
悔しいので、せめてもの意趣返しに年寄り扱いしてやる。
息の整わないキセロの代わりに、腕を組んで見ていたブラスが口を開いた。
「魔物用というより、対人用の技だな。グレイブにも道場があるのかね。お前、短剣覚えなくても、それでいいんじゃねえか?」
ブラスの肩に手を置きながら、キセロが首を振る。
「瞬発力を活かすなら、もっと取り回しのいい軽い武器の方がいい。グレイブも、実践を積めば使えるレベルだと思うが、技術だけだ。体格が全く足りてない。それで戦うなら最低でも五年後だな」
お、一応褒められた。
「結局は最初にブラスの言ったとおりじゃな。しっかり食ってしっかり寝ることじゃ」
「王都に行くならいくつか道場の類もある。死にたくなければ、しばらくそこらで大人しくしとけ」
「今のままじゃ、外に行かせられねえな。筋肉つけろ、筋肉」
技術を褒めてもらって喜んでいると、なんかみんなは説教モードだ。
心配してもらってると思っておこう。
「いや、体を動かしたくなったと言っただけで、これで戦うとは言ってないからね」
おりんがダンジョンで倒していた魔物の魔石や、マジックバッグがなければそうせざるをえなかったけど。
「どうやって戦うんだ? 例の古代武器か?」
「ううん。違うよ」
ツーヘッドグリフォンを倒すのに使った武器は、二つとも燃費がめちゃくちゃ悪いので雑魚には使いづらい。
「魔石で、術士をやるの」
おりん以外の四人の頭に疑問符が浮かぶ。
「見たほうが早いね」
マジックバッグから、冒険者働きでおりんが仕留めたオークの魔石を取り出す。
親指と人差し指で挟んで持ったそれを見せてから、誰もいない場所に指先を向ける。みんながそちらに視線を向けると、術を発動させた。
錐の様に尖った岩が地面から数本飛び出す。
「わたし、魔力源があれば魔術を使えるから」
魔力を使い切った魔石が、手の中で粉々に砕けてパラパラと地面に落ちた。
「確かに、あれは魔術の……術式だね」
「それで後衛の犬娘と前衛の猫娘と二人でやろうってわけか」
「少なくともあと一人は増えるかな。一人と言うか精霊だけど」
「ああ……」
精霊と聞いた四人が、遠い目をする。
四人とも、なぜか色々あきらめたような顔をしていた。