38 コナーズと帳簿仕事
翌日は王都をぶらぶらして過ごす。
いつものように夜中に移動して、明け方にナポリタヘ到着した。
おりんとは、ここでまたしばらくお別れだ。
おりんは、すぐにDランクに上がってきますよー、と言い残して去って行った。
これから採集に出るところだったみんなに、さっそくナイフと背嚢を渡しておく。
古着と毛布はまた院長に渡しておくことにして、まずは一眠りだ。
夜になってみんなが眠る頃に、グラノラが帰って来た。
グラノラは、豚の蹄亭という定食屋みたいな店でバイトしている。
夜は酒も出すので、帰りは遅めだ。
その代わりに、いつも朝ごはんのあと二度寝をしている。出勤は昼前だ。
「おかえり。今日も遅いね」
「ロロもおかえりー。帰ってたんだね」
私は帰ってから昼寝したので、まだ眠くはない。
「この前の竜騒ぎからこっち、まだ忙しいままだよ。もうだいぶ落ち着いてきたけど」
「特に新しいネタもないのに、よく同じ話で騒げるね」
「みんなが毎日飲みに来てるわけじゃないからね。お客が入れ変わっても同じ話ばっかりで、聞いてるこっちは飽きちゃうけど」
グラノラがぺろっと舌を出す。
娯楽も少ないし、そんなもんなのかな。
「ただ、売り上げが増えるのはいいけど、普段と勝手が違っててお酒ばっかりなんだよね。いつもと儲けがかなり違うみたいでさ」
「ああ、仕入れの量とか内容も、結構変わりそうだもんね」
めでたい騒ぎだから、お酒の割合か増えているんだな。
日本の居酒屋は、お酒などのドリンクで儲けを出すって聞いたことがあったけど、こちらはどうなんだろう。
「元々、丼勘定だからね。それなのに、忙しかったからってオマケをもらったり、大将がいいお酒を入れたりしてるけど、大丈夫かなって思っちゃうよ」
「気になるなら一回、しっかり帳簿をつけちゃえばいいんじゃない?」
「……やだなあ、ロロ。そんなの誰がやるんだよ」
「グラノラ以外に誰がいるの。そのまま会計係まで引き受けちゃえば、もう将来安泰じゃないの」
いっそ、ここで店の財布まで握ってしまえ、とグラノラをそそのかす。
「私にはそんなの無理だよー。計算できるのは代金とお釣りが限界だもの。それに、やり方もよく分かんないし。覚えるなら料理の方がいいよ」
「大将は気にしてるの?」
「大将よりも、女将さんかな。丼勘定なのが前から気になってはいるけど、時間もなくてそのまんまって感じみたい」
それなら、店側の協力は得られそうだな。
お金の話はそこで終わりになり、季節とイノシシの脂の乗り具合についての話にグラノラの話題が切り替わった。
「というわけで、コナーズやってみない?」
「え、僕?」
「たいした金額じゃないけど、小遣いくらいなら出してくれるようグラノラが交渉してくれたって」
ルーンベルやグラノラと同じ十一才組のコナーズに声をかけてみた。
彼は冒険者向きのタイプではないが、地頭がよく勉強ができるタイプだ。
もし継続的にやらせてもらえれば、コナーズかいずれ引き継いだ孤児院の後輩たちか、小さいけれど収入の一つになってくれるかもしれない。
「最初はわたしも一緒にやるから、とりあえず一週間からやらせてもらおうよ。正直、コナーズは冒険者とかより、こういうのの方が向いてると思うよ」
「うん、ありがとう。僕は冒険者になる気はないよ。僕は町からみんなと出るだけでも怖いくらいだからね」
コナーズは自分が臆病なのを隠さない。
怖がるというのは、この年齢の男の子だと馬鹿にされそうな行為だが、本人はまったく気にせずに堂々と怖がっている。ある意味で神経が太い。
メニューの種類と、カウント方法などを軽く詰めて、それから帳簿について簡単に説明していく。
とはいえ、やはりこういったものは、習うより慣れろなので、あとは一緒にやって覚えてもらうしかない。
最初の数日はブラックもいいところだった。お店側も、手伝おうにも何が必要なのかよく分かっていないので、朝から晩までノートを持って駆けずり回る羽目になったからだ。
仕入れに付き合い、消耗品の使用数や交換頻度を聞き取り、お店で邪魔にならないように気をつけながら売り上げのカウントなどなど。
これがまた、大将が常連にサービスをしたり、大量に注文したグループにおまけをしたりと、注文数と同期していないのだ。
可能なら有用だから今後も、という方向に持っていきたいのでできるだけのことをやった。
一週間後、がんばったかいあって、そのまま一ヶ月の継続をお願いされた。
さすがに一ヶ月通い詰めはこちらが倒れてしまうので、お店側にも協力してもらった。
ある程度お店に任せながら、不明瞭な部分を記憶があるうちに確認するためにも、コナーズと共に忙しくない時間を選んで豚の蹄亭に顔を出す。
一ヵ月後、コナーズは帳簿仕事の延長を勝ち取った。
あと、大将は昇格した冒険者に気前よくおごっていたことなんかが判明して、小言を言われていた。
女将さんが商売仲間や友人に話をしてくれて、試しに一ヶ月見てもらえないかという話がいくつか舞い込んだ。
あとはコナーズ次第になるけど、手抜きをする性格ではないので大丈夫だろう。
◇ ◇ ◇
少しさかのぼって、おりんの方はナポリタの町に戻ってから三日目に、Dランクにあがった報告をしにネコ姿でやってきた。
本当に昇格直前だったようだ。
褒めて欲しそうだったので、頭を撫でて褒めておいた。
ちょうどチランジアに見られていて、おりんはそのあとモフられていた。
『風の探索者』の四人が来たのは、それから二週間ほど過ぎた頃だった。
わたしはその日はコナーズに付き合って採集には出ていなかったので、孤児院にいた。
「よう、久しぶりだな」
ブラスの一言を残して、四人は早々に孤児院の院長に挨拶に向かった。院長は、魔術師のヴィヴィにとっては姉にあたる。
戻ってきた四人が、今日は荷物を片付けたいというので、話をしながらついていく。
王都に着いてから宰相から呼び出されたことなんかを聞いた。宰相はうまく話を運んでくれたみたいだ。
俺は何もやってないのにおかしいよな、とブラスだけは納得いかない顔をしていた。
そうこう言っている間に目的地に着く。風の探索者用の宿舎だ。
「え、これ一軒全部? 大きくない?」
「だよな」
「そう思うじゃろ」
「あいつの頭には何が詰まってるんだろうね」
大きめ、とお願いしたけど、大きすぎだ。
この家なら余裕で十人以上住めるだろう。
「そういえば、私も王都でもらった家、家というかなんかもうお屋敷だった。正直、途方にくれてるよ」
「貴族というのは、やっぱり感覚が違うんじゃろうな」
やれやれ、と先に一度置きに来ていた荷を、タイラーが解いていく。
「お前さんは精霊の愛し子様ってことらしいし、その辺もあるんだろ。目が届くように使用人を置きたいとか、本当は護衛なんかもつけたいんじゃないか」
「うん。だから絶対に頼んでやらない」
「お前な……」
半眼になってあきれているキセロを尻目に、家の中を勝手に見て回る。
確認するまでもなかったけど、物置などを別にしても部屋数は余裕だな。
「ねぇ、これ、絶対部屋余るよね。四人にちょっとお願いしたいんだけど」
「何だい?」
ブラスはすぐにピンと来たようで、指をパチンと鳴らした。
「なるほど。屋敷は売り飛ばして、お前もここに住もうってわけだな」
ブラスの斜め上の発言に、キセロがコケた。
「お前じゃなくて、ひよっ子連中だろ?」
そうそう。
「うん、女の子だけでも住ませてくれると嬉しい」
「合わせて三人か四人だろ。かまわないよ。男と女でそれぞれ一部屋ずつだ。その代わり、その分はきっちりこき使うからね」
ヴィヴィからお許しがでて、一つ心配事が片付いた。
そして翌日、わたしとおりんは、キセロと戦うことになる。