37 レストランにて その2
「あー……その、貴族の跡取り様に気に入られちゃいまして。で、求婚されてしまって……」
「そんな、まだ結婚もできない年の子に……」
「おりんはアリアンナ姫より年上ですよ」
おりんは、見た目的には中学生くらいにみえるアリアンナ姫よりも少し下くらいだ。実際は王妃様よりも年上なのだけど。
この国の結婚年齢は、慣例的に十四、五才くらいからなので、おりんは見かけ上は満たしていない。
驚いたあと、アリアンナ姫の頭の中で何か想像の翼が羽ばたいたらしい。
「求婚されて……まさか、お二人で駆け落ちとか?」
「いえいえ、断りましたから。でもしつこくって、厄介な事になりそうでしたので」
アリアンナ姫が露骨にがっかりした。
「おりんさんは、なんで断っちゃったんですか?」
「好みじゃなかったからです」
イスに座ったエライア姫のそばで、尻尾の先をくるりと差し出しながら、おりんがすっぱりと切り捨てる。
スカートめくれてるんだけど、後ろから見たらパンツ見えてるんじゃないのかな。
パニエ――スカートを膨らませる下着――も付けてるけど、あれも一緒にめくれてるだろうし、そもそもあれはレースだから透けてるか。
「……そ、そうですか」
もしかして、アリアンナ姫は身分違いの恋とかを期待したのだろうか。
「アリアンナ様って恋愛小説とか好きだったりします?」
「えっと……まあ恥ずかしながら」
「障害のある恋の話とか王道ですもんね」
恋愛系は転生前の爺の時はさして興味もなかったが、前世のわたしは読んでいたし、そういう本も普通に好きだ。
「そうですね。古典からありますもんね。メルガバリーやスプレンブルックみた……いに……」
アリアンナ姫のセリフが、段々と小声になっていく。
貴族の友人と話す感覚で具体的な本の名前を挙げてしまったが、わたしに言っても分からないと思ったのだろう。
「スプレンブルックは知らないですけど、メルガバリーは、最後に姫様を振り切って、主人公二人が新天地を求めて旅に出るやつでしたっけ」
聞き覚えのあるタイトルに、少し戸惑いながらも答える。
転生前の私の時代から古典だった本だ。逆に、古典だからこそまだ残っていたのかもしれない。
「ロロナさん、ご存知だったんですね」
「あらすじだけですけどね」
前世を経た今では、主人公の男性二人ができてたようにしか思えなくなったのが困るところだ。
はい、そっち系だったんです。すみません。
「王都に図書館あるのかな。落ち着いたら行ってみたいけど……」
「ありますよ。それに、よかったら私の本をお貸ししますから、またいらして下さい」
なんか姫様と友達みたいになっているけど、大丈夫なんだろうか。王様は気にしなさそうなキャラだったけど、周りまでそういうわけでもないだろう。
「おみみもさわっていーい?」
「じゃあ、もう一口頑張ってみましょうか」
「おりんちゃん、あなたうちで働かない?」
向こうではおりんがスカウトされている。
あと王妃様がさり気なくおりんのパンツを覗こうとしている。今度差し上げますから我慢してください。
アリアンナ姫と好きな本のジャンルの話から好きな主人公のタイプに話がうつり、盛り上がったわたしがギャップ萌えについて語っている途中で、ふと気付いて聞いてみた。
「そういえば、国王様は?」
急に話を変えたので、アリアンナ姫は頭がついてこなかったみたいだ。首を傾げながら答える。
「お父様は、遊んでいるように見えて実はすごいお仕事をしていたと言う意味では、ギャップがあるかもしれませんね」
「いえ、そちらでなくて。今日は一緒に来なかったんですか?」
自分の父親で萌えようとするな。
それとも、娘にまで遊んでいると思われてる国王にツッコむべきなのか。
「ああ、失礼しました。今日食事に来ようと言い出したのはお父様だったのですが……最近、冒険小説を読み返していたとかで、仕事を溜めてしまっていたみたいで……。宰相様に捕まっていました」
「そうなんだ。まあ、王様でなければ、世界中旅してそうな人ですもんね」
国王はそういうお話の本が大好物そうだった。きっと大量に持っているんだろう。
わたしも読みたい。
「それは困るわね」
王妃様が微笑む。
「そうなったら、私はきっと家で帰りを待つばかりの暮らしだもの。あの人には悪いけど、そばにいられる今の立場でよかったわ」
「ラブラブですね」
「ラブラブでしょう」
小声で、アリアンナ姫とささやき合う。
おりんはきょとんとしている。
「意外ですね。王妃様は、そうなったら自分も剣を取って追いかけるお方だと思っていました」
おりんの冒険者らしい発言に、王妃様がおかしそうに笑った。
「そうね、女もそれくらい強くならないといけないわね……やっぱり、あなたうちで働いてみない?」
「お気持ちだけいただいておきます。あと、さっきから私の下着をご覧になっているようですが、それもやめていただけますかね」
おりんが半眼で告げる。
「あら、ごめんなさい。おりんちゃんのは、ロロナちゃんのと違って穴を空けてしっぽを通しているのね」
「解説もやめてください!」
「ご歓談中、失礼いたします」
給仕ではなく、中年のシェフがやってきた。
おりんが尻尾を下げてスカートの中に戻す。
尻尾で遊んでいたエライア姫が、残念そうな顔をしている。
「本日はご来店ありがとうございました。店の責任者で、料理長もさせていただいております。ソルトと申します。王妃様、姫様方もお変わりないようで」
ああ、王妃様とお姫様だもんね。当然、責任者が挨拶に来るか。
「ご馳走様でした。今日も美味しかったわ」
「ごちそうさま。きょう、にんじんもたべたよ」
「そうなのですか!? ありがとうございます、エライア様」
「なんで? ソルト、うれしいの?」
エライア姫が首をかしげる。
「エライア様にも美味しく食べていただこうと作っておりますから。食べてもらえたのでしたら、もちろん嬉しいですとも。猫人のお嬢さんもありがとうございました」
ソルトが本当に嬉しそうに笑う。仮に演技だとしたら達人級だ。
おりんとエライア姫との会話も聞こえていたらしい。
「その……少々話が弾みすぎていたようで、失礼しました」
おりんが困ったような顔で頭を下げた。
ドアが開いていて半個室状態だったからかな。それほど大きな声でもなかったと思うけど。
「いえいえ。こちらこそ、本日はそちらのお二方には誠に失礼をいたしました。申し訳ございません」
ソルトが頭を直角になるまで下げた。
「えっと、もういいですから。その……他の方々もいらっしゃいますし」
王妃様たちの方をちらりと見る。
一瞬何のことかと思ったけど、受付のことだ。やはり、最初の予約でいっぱいというのは方便だったらしい。
でも、この場で言い出すと、王妃様や姫様がいるので話が大きくなるかもしれない。
塩をまかれたり、上から目線で馬鹿にされたわけでもないので、そこまでしなくてもいいんだけど。
「いえ、内々に済ます癖がつきますと、店の質が落ちます。それに、次回も気持ちよくご来店してもらうために、申し訳ありませんがこの場をお借りさせていただきたく思います」
オーナーシェフの彼の方針らしい。
そんなことやっていて、変に足元を見られないのかな。
でも、わたしが宰相に告げ口したらとかも考えたら、ここで片を付けておくのがお店側としては正解なのかもしれない。
「何かあったんですか?」
「受付のものが、彼女たちが獣人であったので、遠まわしにお断りしました」
「まぁ……」
アリアンナ姫が口に手を当てる。
「……昔、獣人の高ランク冒険者が来店されたことがありまして……。マナーが少々なっていない方で、他のお客様方にご迷惑をおかけしたことがあり、それ以来、獣人の方は遠回しにお断りしていたんです」
まあ、ありえそうな話ではある。
高くてうまい飯が出る店くらいの感覚で来て、居酒屋のノリで騒いだのかな。
そうなれば、店だってトラブルを回避するために、客を選ぶくらいはするだろう。
「受付の者からの報告で、宰相様のご紹介であったとか。そういった確認を怠ったのは、こちらの手落ちでした……。マナーよく当店を楽しんでいただける方々にお帰り願おうとしたのは、こちらの本意でないことをご理解いいただけたらと思います」
「謝罪を受け入れます。理由も理解できますし、受付の方にも、恥をかかされたわけではないです」
ソルトさんがほっと息を吐く。
「ありがとうございます。言い訳のようになりますが、別に獣人の方々を嫌っているとかではないんですよ。私は酒場で飲むのも好きなタチでして、彼らと盛り上がることだってありますから……。おっと、本日お出しした料理は、お二人の口にお合いになりましたか」
ソルトが人のいい笑みを浮かべる。
「おいしかったです」
「うん、おいしかった。メインの赤ワイン煮込みは好きな味だったけど、あれに入ってるソースって何だったんです? 別の店でも使われていたんですけど、ここの方が味に深みがあったように感じましたけど」
トマトみたいな味だったので、いずれ料理に使いたい。
「ああ、アルフィガロですね。多分そのお店では煮込んだだけのものだったのでしょう。こちらでは、ルチアーノをはじめ、香草をいくつか加えていますのでその差ではないかと」
それから魚を氷漬けで運んできていることや、オイル漬けの貝についてなど、軽く話を聞いた。
そして帰る前に、わたしの尻尾もエライア姫にきっちりモフられたのだった。