35 猫のドレス
毛布に包まると、意識が飛んで次の瞬間には昼になっていた。
「もうお昼過ぎですね。今日はどうします?」
「まずは王城だね。会いたいって、伝えるだけ伝えておきたいから」
外に出て、屋台の軽食をパクつきながらお城を目指す。
「それで、今度は何のようだ?」
城を訪ねるとすぐに宰相が出てきた。
暇なのかな。言うと絶対に怒るだろうから言わないけど。
「ひま……前回来た時もですけど、なんかすごく早いですね」
「たまたまタイミングが良かっただけだ」
『風の探索者』の面々がナポリタに来ることになった経緯を説明した。
「わざわざ、その報告に来たのか?」
「ううん、ヴィヴィたちの住む家を手配して欲しいの。できれば、部屋が余る程度に大きめの」
「家か宿かくらい勝手に探すだろう? 来てもらうからには住む場所を用意してやりたいということか?」
「半分は。もう半分はそこに孤児院を卒業するうちの冒険者志望たちを一緒に住まわせたいんだよ。物置くらいでもいいから。安宿よりいいでしょ」
「お前が用意すればいいのではないか? 渡した金があるだろう」
「それだと、ヴィヴィたちもうちの連中も絶対に受け取らないから」
わたしの訪ねてきた理由が理解できたらしく、ずっと眉をひそませていた宰相がようやく納得顔になった。
「つまり『風の探索者』にお前からだとわからないように広めの家を渡して住まわせ、孤児院の者たちをそこに誘導したい、と」
「せめて一人いる女の子だけでもね」
「……そこまでする理由がないな」
さすがにそこまでお願いするのは筋違いだったか、と思ったら宰相が言葉を続けた。
「あの連中に家を用意するにしても理由がいる。褒賞はすでに与えてしまったからな」
どうやらやってくれるらしい。口は悪いし、意地も悪いけど、変に律儀だな、この人。
「追加褒賞は? 冒険者ギルドからの分だとかで」
「無理だな」
「うーん……迷惑かけたから、詫び代とかは? 国の発表のせいで勝手に英雄扱いされて、困って引っ越す羽目になったわけだし」
「褒賞金に含まれている、と言いたいところだがな。その場合は強いて言うなら金だろう。家というのは不自然だ……いや、しかし国、国か……ナポリタの孤児院の子供だったな」
「まあ、三人はもうすぐ卒業だけど、孤児院にも見てもらいたい子はいるね」
ガスパルも見てもらうつもりだけど、ガスパルはグラクティブから採集のリーダー役を引き継ぐから、まだ当分卒業はしない。
「あそこの孤児院は国営だから、ナポリタにいる間は臨時の職員扱いとしてしまうか。ナポリタに滞在している間は詫び代として給金をつけるという形にする。臨時職員なら、こちらが住居を用意してもおかしくあるまい」
「助かるけど、大丈夫なの?」
「書類上だけだ、かまわん。王都を通るところを捕まえて伝えておく。しかし……お前、世話を焼きすぎではないか?」
「……昨日も似たようなこと言われたよ」
じゃあ、これ、と褒賞金の入った袋を出す。
「後払いでいい。まだ、いくらかかるかわからん」
さっさとしまえ、と宰相が追い払うように手をふる。
どうせ家をもらったらしばらくは王都に住んで活動するつもりだ。いつでも来れるから、まあいいか。
わたしが王都の家をもらったのは、ナポリタだとなし崩し的にみんなで住んでしまいそうだからだ。
そうしたら、わたしはどこまでも世話を焼いてしまう。
それに同じ冒険者でも、わたしと、生活のために冒険者になるあの子たちは目指すところが違う。一緒にいて、お互いにいい結果にはならないだろう。
わたしは生まれ変わるときに、やりたいことをやって、行きたいところへ行くと決めた。
最後におすすめのレストランを聞いて、宰相にお礼を言って城を出た。
まだ日は高い。
今回、家の確認以外に旅の大きな目的だった、冒険者志望組の教官役依頼と、卒業後の安全な寝床の確保ができた。
これで一安心だ。
「なんか、すぐに終わっちゃいましたね」
「あと三日もあるね」
あとの用事は孤児院の子たちの服と、チランジアのお土産くらいだ。
「これからどうします?」
「古着屋でも寄っとくかな。孤児院のは傷んでるのも多いし」
レストランを帰りに覗いてみると、貴族や大商人ご用達という感じのいかにもな高級店だった。一番の問題は、わたしとおりんのケモノ耳がドレスコードに触れないかどうかだ。
認識阻害で耳を隠してしまってもいいんだけど、そこまでするのもなぁ。
おりんと夕ご飯を食べながら話す。
「ロロ様、馬車で行きます?」
「……ないよ?」
「違いますよ、送迎を依頼するんですよ」
「個人的にはいらないけど、ドレスコード的にいるとか?」
「近くの別の店で買い物してから行くような人だっているでしょうし、それは大丈夫じゃないですかね。わたしはネコになって歩いちゃいますけど、そのヒールのある靴で歩いていけます?」
「ああ、それは大丈夫」
前世でもはいていたので、それくらいの距離は大丈夫だ。
おりんの服と靴は、帰りにウィンドウショッピングをして雰囲気を見ておいた。
寝る前に蜘蛛神様に作ってもらう。
おりんは久々のかわいい服が嬉しかったのか、出来立てのワンピースドレスに早速着替えてくれた。
フリルがあしらわれたゴシックロリータっぽいかわいい系のデザインだけど、濃紺と白で大人っぽく仕上げてくれている。さすがの蜘蛛神様だ。
よくみたら、デフォルメされた蜘蛛のマークが入っている。ブランド化する気なのか、あの神。
「こういう服、久しぶりです。えへへ、どうですかにゃー」
ちょっと照れたおりんがくるりと回る。
「うん、とってもかわいい! おりんは何を着ても似合うね!」
「え、あ、ありがとうございます……」
「うん、本当かわいい、超かわいい! 明日は髪も整えようね! 髪を整えて更にかわいくなったらどうしよう……外に出て大丈夫かな。いっそ護衛を呼んだ方が」
「どこから!?」
褒められすぎるのも気持ち悪いにゃ、と失礼なつぶやきが聞こえた。
「やっぱり転生してからロロ様、精神年齢が下がっただけじゃなくて、ちょっと別人になった感じがありますね……」
大興奮で脳内シャッターを切っているわたしに、おりんは少し戸惑い気味だ。
おりんに、ぱたぱたと手を振る。
「そう言うけどさ、わたし、転生前からうちの子のかわいさ自慢たまにしてたよ」
「え、そうなんですか?」
「お酒が入った時に、本当に仲間内でだけどね」
「何でですかにゃ?」
「おりんはただの弟子の一人……ってことにしとかないと、色々と大変になっちゃうからね。それに、途中から年を取らなくなったから……永遠の美少女とか、普通に年を取っていく人たちに自慢できないでしょ」
永遠の美少女というワードに耳と尻尾がピクリとしたおりんだったけど、最終的に半眼になった。
理解はできるけど、納得がいかないみたいだ。
「……ちょっとくらい、私に言ってくれてもよかったんじゃないですかね」
「直接褒めるとか、昔のわたしにはハードル高かったからねえ」
「にゃんで!?」
「にゃんでといわれても……褒めるの苦手だったし」
「ロロ様………」
おりんがなんかぐったりしている。
「というわけで、見える反応は変わってるかもだけど、わたしの中身はそんなに変わってないから」
「子供に戻って素直になったってことですかね」
「まあ、そんな感じかな」
「……ロロ様はもっと早く転生すればよかったのにゃ」
「ひどい!」
おりんがぷいっとあっちを向いた。
すねた顔もかわいいなあ、この子。