34 ロロナ、お酒が飲みたくなる
「それで、頼みってのはなんだい? お前さんには貸しがあるし、できる事なら引き受けてやるよ」
店に集まって注文を終えると、ヴィヴィが早速口火を切った。
おりんもいるので、オープンテラスの席だ。
幸い、初夏の日差しは雲が遮ってくれていて、真昼だけどそこまで暑くはない。
「ひよっこの教育」
「お前をか?」
ブラスの中で、わたしはひよっこに認定されてしまったらしい。
「違うよ。孤児院の冒険者志望たちだよ」
「何人くらいおるんじゃ?」
「とりあえず今いるのは四、五人かな。一人は魔術師だよ。魔力持ちがもう一人いるけど、そっちはまだ九才」
「ふむ。ここに連れてくるのか?」
「できればナポリタまで来て欲しいけど、無理ならこっちに連れて来ようかと」
「行くぞ」「行く」「行くよ」
「はやっ」
即答されて、まだ料理も来ていないのに速攻で話がまとまってしまった。
「ロロ、お前さんは知らんじゃろう。この町でのわしらの苦労を……」
「へ? まあ、宿暮らしだもんね」
「いや、そうじゃないんだ。……あと俺は、今は宿じゃなくて娘の家な」
沈んだ表情のタイラー。
キセロも沈痛な表情で首を振る。
「変に英雄扱いされててね、居心地が悪いったらないんだよ」
殿を引き受けた三人の方へワイバーンが飛んでいくのも、ツーヘッドグリフォンが飛んでいったのも見えていたらしい。
そういえば、ツーヘッドグリフォンは派手な竜巻の魔術も使っていた。
ワイバーンを仕留め、ツーヘッドグリフォンと交戦して生還した三人は、それだけでも十分すぎるくらいに英雄的だ。
更に、今回のことについて、国からの発表と国王の演説があった。
国王は自分の協力者について実名を挙げなかった。まあ、そんな人間いないからね。
協力者と目されているのは、国王の元パーティーメンバーと、冒険者時代の友人、及びその関係者だ。酒場では、一体誰が協力者だったのかという話は盛り上がる話題の定番らしい。
国王と冒険者時代からの知り合いで、スタンピードの発生した炭焼き小屋の洞窟の周辺に住んでいた。更に避難時の殿を引き受けて、魔物を振り切り無事に生還。
おまけで、馬車が来てヴィヴィとキセロが王都に向かったのも見られていた。
状況的に三人は国王の協力者にしか見えない。
つまり、三人は国王と共に三十年を費やし、命を賭して町を、国を守った冒険者たちである。
「……ってことになっているわけだ。だから、ほとぼりが冷めるまでこの町から離れたいって話をしていたところで、正直渡りに船だ」
「ああ、王様たちと同じパターンね」
わたしの言葉に、キセロが怪訝な顔をした。
「周りから尊敬され過ぎちゃって、みんな困ってた」
「それに関しては、ざまあみろだな」
「ギルマスは胃を壊してた」
「そ、そうか……」
キセロとタイラーの、真相を聞かせろとしつこい連中や、本当にそんなに腕が立つのかと絡んでくる若い冒険者についての愚痴を聞いて流していると、ようやく食事が運ばれてきた。
最近おじさんの愚痴ばかり聞いている気がするな。
焼きソーセージが来たのを皮切りに次々と料理が並べられ、それほど大きくないテーブルの上がいっぱいになっていく。
内容はブラスにお任せだ。
半月形の小麦を焼いて作られたクレープのようなクプタには葉物が挟んであり、甘くないヨーグルトソースがかけられていた。
……これは前回食べたチーズと野菜の入ったピロシキみたいなやつの方が、ハーブのパンチが効いてて好みだな。
キノコを揚げたフリッターはこの辺で取れるであろう数種類のキノコに塩だけのシンプルな味付けで、それぞれの食感や味の違いが楽しめる。こちらはお酒に合う味だ。
最初に運ばれてきた焼きソーセージは、あとから来る不思議な辛味があった。何かの香辛料かな。こちらもお酒に合う味だ。
牛肉っぽい煮込まれた肉には、炒められた、玉ねぎとにんにくの中間みたいなものと、甘酸っぱいフルーティーなソースが添えてある。これもこれでお酒に合う。
上から緑のハーブが散らされてアクセントになっている、真っ赤なカニのスパイス煮込みは、前回来たときも食べたものだ。これは胴体は入っておらず、大き過ぎて鍋に入りきっていない巨大な手足だけ食べる。
こちらも考えるまでもなくお酒に合う味だ。
酒がすすむ料理ばっかりじゃんか。
わたし以外の全員がお酒を頼んでいて、お酒に合う味が勢ぞろいしている中で、一人だけ柑橘系の果汁に薄めたヨーグルトを足したような飲み物だ。くそう。
店長は生まれも育ちもこの町らしいので、全部この辺の料理なんだろうけど、前世の感覚があるから多国籍料理を食べているみたいだ。
「前も思ったんだけど、この辺でこんなサイズのカニが獲れる川があるの?」
鍋に収まりきらない大きなカニの足をへし折る。
「こいつらは陸で暮らしてるカニだ。見りゃわかるがでかくてな、泥抜きは大変らしいぜ」
よくわからないけど、ヤシガニみたいなものだろうか。
陸地で暮らすカニは美味しくないイメージがあるけど、これもいわゆるカニの味は薄めで、チリソースみたいな辛くて濃い味付けになっている。
ハーブやスパイスのおかげか泥臭さは感じないけど、もし胴体を食べたら泥臭いのかもしれない。
自分のものを取りながら、膝の上に乗せたおりん用に、手前の皿にも取り分けていく。
「よし、決めた。俺もナポリタに行くぞ」
ブラスがエールの入ったジョッキを掲げた。
「酔ってる?」
「これくらいで酔うかよ。大盾を使わなくても、盾自体は誰かしら使うだろ。盾なら俺が一番うまい」
「店はどうするの?」
「嫁がいるし、嫁の妹も暇してるからな。息子たちもどうせまだ独り者だ。半年……いや、一年くらい、休みにこき使ってもかまわんだろう」
こちらとしてはありがたい話だ。ブラスの息子たちはかわいそうだけど。
「お前も一緒にどうだ? 教えてやるぞ」
「わたしはいらないってば。えーっと、他の先輩冒険者に習ってるから」
「ほう、何を習っとるんじゃ?」
「騎士団的な戦い方を一通り。あとナギナタ……ええと、グレイブと……短剣も習いたいなら教えてくれる人がいるし」
チラッとおりんを見る。
おりんが、口をひし形にして、マジで!? みたいな顔をしていた。
なんでびっくりしてるんだ、短剣担当。他は転生前だよ。
騎士団の基礎訓練くらいは受けたことあるのもわかるでしょ、元帝国貴族だぞ。
真面目に取り合ってから気がついたけど、そもそもわたしは魔術師だ。
武器を使う予定はない。
「習う順番どうなっとるんじゃ。逆じゃろ」
「お前の体格でグレイブ持ってどうすんだ。たしかに大物を仕留めるには、パワー不足だろうけどよ」
「いや、騎士団もだろ。あれは、主に鎧と盾で攻撃を受け止める戦い方だ。お前だと吹き飛ばされて終わりだろ」
酒も入っているせいか、遠慮もなく散々な言われようである。
まあわたしでも、斥候役のシーフみたいな人が重い両手武器を持って全身鎧着てたらツッコミを入れると思う。
「教えた冒険者は誰だ?」
おりんを再度ちらっと見る。押し付けちゃおっかな。
勘弁してください、とばかりにおりんが首を高速で横に振っていた。
「ええと、教わった人バラバラだから」
「なるほどな。しかし、方針が違いすぎる。迷走しすぎだ」
「やっぱり、お前も一緒に訓練してやろうか」
「いらないってば」
気持ちだけもらっておくことにした。
四人と別れて、露店の方へ足を伸ばした。おりんはまだネコ姿のままだ。
女の子らしいお土産とか買ってあげたいけど、身に着けるものは小さい子に欲しがられたりすると困っちゃうから、甘いものでも買ってあげるかな。
「特にピンと来るものはないなあ」
ぶらぶらと見て回り、結局屋台通りまで戻ってきてしまった。
お土産は諦めておりんに声をかけると、物陰でヒトの姿になって戻ってきた。
「また夜の移動が続くから、ご飯とか飲み物とか買っとこうか。今晩と明日の朝ね。明日の昼まで買っといてもいいから、多めに選んでね」
「じゃあ、わたし向こうのチーズのサンドイッチ食べたいです。後はあそこのスープと……」
旅のマント屋に戻ると、ブラスが頼んでいたものをそろえてくれていた。
孤児院の採集組のためと、卒業するグラクティブたちに、予備も合わせてナイフと背負袋、つまりリュックサックを十セット。それから冬用の毛布を三十枚だ。
遠征用のテントや調理道具とかまで考えていたけど、「駆け出しがそんな遠征するかよ、お前はおせっかいな母親か」とまで言われてしまった。
わたしは基本が軍での遠征やストレージに全部詰め込んでの移動だったので、普通の冒険者とは感覚が違ったみたいだ。
「俺たちの出発は数日後になるから、気をつけて帰れよ」
「うん、ありがと」
遅い時間に外に出て門兵に何か言われるのも面倒なので、まだ人が行き来している門を通って、そのままジェノベゼから外に出た。
しばらく歩いて、人が見えない所で道から逸れる。
そのまま木陰でごろごろしながら夜まで待機だ。
「このまま戻ったら早すぎませんか?」
おりんの言うとおり、普通なら用事が一日で片付いたとしても王都と往復すれば七日はかかるはずなのに、今はまだ三日目だ。
このままだと四日で帰って不審がられてしまうことになる。
「国王か宰相か……もう一度会いたいんだよね。昨日みたいにすぐに会えるかわかんないし、さすがに明日からはゆっくりするよ」
「またあの屋敷に泊まるんです?」
「家具の搬入がすぐにあるとは思えないし、それでいいかな」
「とうちゃーく」
夜中に王都まで移動して、朝一で門をくぐると、もらう予定の屋敷の、使用人の家に忍び込む。
朝早いので人通りもなくスムーズに侵入できた。自分の家だけどね。
すぐに毛布に包まると、意識が飛んで、次の瞬間には昼になっていた。