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33  再びジェノベゼへ

「ここだ」


 馬車で移動して到着したのは、家というか屋敷だった。


「これは世間では家って言わないから」

「先に言っておくが、断った場合に出てくるのは、より城に近いもっと大きい屋敷だけだ。これが一番小さい」


 どうしてこうなった。

 頭を抱えている間に、国王と魔術師長は中に入っていった。


「ふむ、清掃はもうされているのだな」

「場所的にもここが一番いいから、多分ここになると思ってな」

「たしかに。大通りからはニ軒ほど挟んでいるし、貴族街の端で街にも近い。登城するわけではないなら便利だろうね。この辺りの区画としては広く取ってあるし」


 魔術師長がこちらに解説してくれた。なんかすでに決定済みな感じになってる。


「えーっと、ここ平民街じゃないよね?」

「平民街の治安がいい辺りも考えたが、なぜか王妃に却下されていたぞ。……お前、何をやったんだ?」


 下着を買い取ってもらって、あとはおりんがちび姫様に振り回されていた記憶しかない。


「いや、知らないけど。猫が気に入られたからなの? お猫様なの?」

「私に聞くな」


 おりんが肩を伝って頭から下りると、そんなわけないでしょ、と半眼で一声鳴いて階段を上がっていった。

 自分で見て回ってくるようだ。


 三階建てで、入った所は二階まで吹き抜けのホールになっている。

 国王はさっさと階段を上っている。


「こんなの維持できるわけないじゃない」

「執事やメイドなど使用人が必要なら送ってやる。お前から譲ってもらったレッドドラゴンと、やった事を考えたらその程度はなんでもない」

「ええ……宰相様に手配してもらうと、トイレの回数まで報告されてそうでイヤ」

「小娘の私生活なんぞ興味ないわ。私が嫌なら、こいつらのどちらかか、冒険者ギルドでドゥラティオに頼め」


 鼻を鳴らした宰相が、吹き出している魔術師長を顎でさした。


「家具は一通りそろえておく予定だが、工房など希望があれば聞くぞ」

「いや、家具の工房なんてわかんないし」


 宰相の貴族的なセリフに、顔の前でひらひら手をふって返す。

 わたしも貴族だったって?

 そういうことまで気にしないタイプだったんだよ。


 ざっと案内してもらってから建物の外に出る。

 おりんも頭の上に戻ってきた。


「その建物は? 倉庫?」

「倉庫は向こうだ。それは住み込みの使用人の住居だな。ここなら門で鐘を鳴らせば聞こえる位置だろう」

「ああ、なるほど」


 門まで戻ってきたところで、一応尋ねておく。


「ここは、前は誰が住んでたの? 呪いの館とかじゃないよね」

「そんなものをわざわざ渡すわけがなかろう。前の主は昇爵して、もっとよい屋敷に移った。その前の持ち主までは知らん。それで、ここでいいのか?」

「まあ実際便利そうだし、他はもっとすごいんでしょ。ここでいいよ」

「ではそのようにしておく」


 それを聞いた国王と魔術師長のサボりコンビが、もう何軒か回らんのか、と文句を言ってきて、宰相が黙らせていた。




「それで、これからどうするんですか?」


 国王たち三人と、ここでいいから、と別れたわたしは、まだ屋敷の前にいる。


「とりあえず寝たいよね」


 昼寝はしたが、昨日の夕方からずっと起きているので眠い。


「宿ですか?」

「昼寝だけでわざわざ宿ってのもなんだから、この家で寝ちゃおう。どうせわたしのものになるんだし」


 ちょうど人通りはない。

 頭の上にいたおりんを抱っこして、風精霊の靴の力で門を飛び越える。

 門の近くにある使用人の住居の前に立ち、ストレージ内の魔石を取り出す。


 さっき中を見せてもらったときに、鍵の形は確認してある。

 魔術を発動させて、ドアの向こう、部屋の中で空気の固まりで手の形を作り、内側から鍵を開く。

 カチャリ、と金属の音がした。

 

「よし……。そう言えば、おりんは王都にいる間はどこに泊まってたの?」

「低ランクの冒険者がいい宿もおかしいですし、適当に安めの宿に泊まっていましたよ。ベッドを広く使えるのと、安全のためにネコの姿で寝ていました」

「ああ、なるほどね」


 おりんはかわいいし、出るとこが出ていて、引っ込むとこが引っ込んでいる。つまりはスタイルがいい。

 変な男や酔っぱらいなんかが部屋まで押し掛けてくるなんてこともあるかもしれない。ネコになっていれば安心だ。


「でも、少しでも危ないと思ったら、不自然でも何でもいいからいい宿に泊まってね。女の子が一人で王都にいるんだから」


 美人ってのも大変だな。


 家の中に入ったけれど、中には当然ながら何もない。

 とはいえ、ホコリが積もってないだけで十分だ。


 転生前の軍用毛布を多めに引っ張り出して一部を床に敷くと、その上で丸くなった。




「じゃあ、ジェノベゼまで行くよ」


 昼寝を終えると、北門からヒト姿になったおりんと外に出る。

 子供一人じゃ出られないからね。おりんも成人扱いぎりぎりの年齢だけど。

 幸い門の外で夜を越す一団がいたのもあり、すんなり外に出れた。


 次は、ルーンベルたちの教官役のスカウトだ。

 わたしにそんなことを頼める知り合いはもちろん『風の探索者(ウィンド・シーカー)』くらいしかいない。

 引き受けてもらえるといいけど。


 王都までと同じように、風精霊の靴を使って闇にまぎれてジェノベゼまで走る。

 魔石ではなく精霊を閉じ込めた小さな核を使用している魔道具なので、作るのは手間だけど、いちいち魔石を交換する必要がない点は楽だ。


 到着したが、ジェノベゼの門は当然閉まったままだ。

 幸い、王都ほど警備体制が整っているわけでもないので、靴の力で石の壁を越えて、闇に紛れて街の中に入り込む。


 ただ、入ったはいいけど別にやることはないんだよね。

 ナポリタと違って、周囲に魔物がいないと言い切れないので、一応安全のために入ったんだけど。


 夜明けはもう遠くない。のんびり待とう。


 マジックバッグから王都で買った温かい生姜茶を二つ取り出すと、それを見たおりんがヒトの姿に戻った。


「ありがとうございます。ところで、ロロ様はあの家をどうするつもりなんですか?」

「そうだねえ。使用人の家に住んじゃえばいいかなって。わたしたち二人なら十分だし、もう一人くらいなら増えても問題なさそう」

「増える予定があるんですか?」

「かわいい妹のご機嫌次第かな?」


 あの子が一緒に来るのか、予想では半々というところだ。


「はあ……? しかし、周りから変に思われません?」

「うーん、じゃあ、買い取った不在の主人に代わって留守番している、使用人の姉妹とかどう?」

「その設定でしのげるの、一、二年が限度じゃないですか?」

「その時にまた考えればいいじゃない」

「適当ですにゃ」


 今この場で考えたアイデアだからね。


 わたしが飲み終わったのを見て差し出してきたおりんの手に、空のカップを渡す。

 ゴミ箱に捨てに行くおりんの向こう、東の空が明るくなり始めていた。


「早いけど、そろそろ行ってみようか」

「ここで待っても、お店の前で待っても、変わりはないですしね」


 ネコ姿になったおりんを拾い上げて頭の上に乗せると、『探索者の小屋(シーカーズ・キャビン)』へ向かって歩き出す。


「お、運がいいね」


 今起きたところなのだろう。

 筋肉店主、ブラスが妙にかわいいパジャマを着て、二階の窓を開けているところだった。




「ロロ、お前も朝飯食うか?」

「じゃあ、もらうよ。ありがとう」


 奥で朝の支度をしている奥さんに、ブラスが声をかける。


「それで、わざわざジェノベゼまで足をのばすなんて、何かあったのか?」

「ダメ元なんだけど、ヴィヴィたちに頼みがあって」

「三人ともか?」

「うん。会えるかな」

「今は三人とも暇してるからな。いいぜ、声かけてやる。昼飯がてら外でいいか? それとも、人に聞かれない方がいい話か?」


 人に聞かれない方が、という所で声をひそめたつもりのようだが、ブラスは元の声が大きいので全然ひそめられていない。


「聞かれてもいい話」

「分かった。前教えてやった店でいいよな。俺、あそこしばらく行ってないんだよ」

「しばらくって、あんた、二週間前に行ったじゃないか」


 奥さんがパンとスープを持って奥からやってきた。

 おりん用のスープまで用意してくれている。


「二週間もあけばしばらくだろ。それで、ロロはそれまでどうしてる?」

「寝たい」

「あ? 今、朝だぞ。二度寝か?」


 ブラスがあきれてきた。


「昨日、夜通し走ったから」

「何やってんだ、おまえ」 


 乗合馬車使えよ。乗ったことないのか、というブラスの目は、完全に田舎者を見る目だ。


「移動速度の上がる魔道具があるんだけど、人に見られたくないから。王都を出たのは昨日の夜」

「そりゃ速えな。しかし夜目は利くんだろうが、無茶しすぎだ。めったにないが、ゴブリンくらいなら街道沿いでも出ることがあるぞ」

「いや、わたし強いから。忘れたの?」


 おりんもいるし、とは言わない。ただの猫だと思われてるっぽいし。


「聞く限りだと、武器が強いの間違いだろ。腕力はゴブリン以下だろ、お前。うっかり飛びつかれたら洒落(しゃれ)にならんぞ」

「意外に鋭いね、ブラスって」


 なかなか的確な分析だ。

 確かに、おりんがいなかったら下手をすると事故る可能性がある。

 そのおりんは、足元でネコらしくスープを飲んでいる。

 気合で両手で持って飲むくらいはできないものなのか。


「だてにこんな店やってないからな。ひよっこの世話を焼くのは慣れてんだよ。おい、布団用意してやってくれ」

「毛布はあるから、場所があればどこでもいいよ」

「お前、用事が終わったら今晩も王都まで走る気だろ」

「ばれた」

「あんまり連続で移動するな。知らんうちに疲れがたまるぞ。もう一日休む気がないなら、せめてまともなベッドで寝ておけ」


 ブラスの言うことはいちいちもっともだ。もし同じことを孤児院の仲間たちがやったら正座させて説教すると思う。


「王都まで戻ったら休む予定だよ。お土産買いたいし」

「土産か……王都の方がそろいはいいが、物次第ではジェノベゼのが安いぞ。午後から店を回って、一晩寝たらどうだ?」

「そういう土産じゃなくて、採集用のナイフとか背負い袋とかそっち系。ああ、そういう土産もちょっとだけ買うけど」


 チランジアのご機嫌取りに何か欲しい。

 やっぱり甘いものかな。髪飾りとか服とかもいいけど、そういうのは孤児院だと欲しがる子が出てトラブルの元になるので卒業してからの方がいいし。


「じゃあ、うちで買っていけよ。あいつらを助けてもらった礼もある。仕入れ値までまけてやる」


 そういえば、この店はアウトドアショップみたいなところだった。

 一軒で買い物が済むので、こちらとしてはちょうどいい。


「ブラスって絶対他の初心者冒険者にもまけまくってるでしょ」

「うるせえなあ」



 図星だったらしい。


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