32 ルーンベルの恋と決意
「夏になったらグラクティブとハルトマンが卒業するよね」
「そうだねー」
山菜の採集中にルーンベルが近くに寄ってきた。
一人立ちの早いこの世界では十二才になれば孤児院から卒業していく。
厳しいように思えるが、インフラが発展していない世界では雑用仕事も多いし、農村でも人手不足気味なので仕事はある。
「私も、一緒に卒業しようかなって」
ルーンベルが謎の決意をみなぎらせている。
「夏までにまともに戦える魔術師になるのは無理だよ」
半人前ですらない、初心者魔術師が何言ってるんだ。
「それは大丈夫よ。二人もしばらく町中の仕事もしながら無理せずやっていくって」
「それだと、秋の終わりまで行動範囲は変わらないんじゃないの。冬は大人しくしてるだろうし、来年の春まで待てば? 正会員にもなれないベルが一緒に孤児院出て、何の意味があるのさ」
ギルドの正式登録は十二才からだ。
「え……いや、でも、二人だけだと心配だし」
「町の外に出る時は、わたしたちと合わせればいいだけでしょ。むしろ一人分住むところも食事も増えるから、負担が増えるじゃない」
「……」
「ベル?」
ルーンベルがでも……と、ちらちら、離れたところで採集している二人を見る。
あー、これはもしかして。
「ベル、わたしはね、全部ベルのために言ってるよ。だから正直に答えてね」
「え……うん」
他のみんなに聞こえないように、声の大きさを一段落とす。
「で、どっちが好きなの?」
「!!」
ルーンベルが耳まで真っ赤になって、金魚みたいにパクパクしている。
わかりやすすぎて、からかいたくなるな。
「あらあら、寂しくなるわねぇ。ベルちゃんを取られちゃったかしら」
「ロロ!」
「んぎゅっ!?」
意味もなくおばちゃん口調で言ってみたところ、思い切り尻尾をつかまれた。
「じゃあ、夏に一緒に卒業できるよう、わたしも心当たりをあたって見るかな。魔術の訓練もペース上げようか」
「え、反対しないの?」
「なんで? 好きな人と一緒に行きたいんでしょ」
好きな人という言葉でベルがまた赤くなった。
「わたしが、ベルお姉ちゃんの恋を応援しないとでも思ってるの」
「……ありがとう」
胸の前でルーンベルがわたしの手を握ってくる。
「それで、結局どっち……いだっ!!」
今度は手を握りつぶされた。
恥ずかしがって怒るルーンベルを、めげずにいじめる。
いやあ、ドラマも映画もないこの世界、人の恋路ほど見てて楽しいものはないね。
「グラクティブかー」
しばらく続けていると、最終的に観念したルーンベルが、あっち、と控えめに指差した。
ルーンベルには、ストレージ内の魔石で魔術をどんどん見せていく。イメージを固めてもらい、発動する術を安定させるためだ。並行して呪文と、魔力操作の訓練を続ける。
魔術を実際に当てるところを見せるために森の奥の方まで行くので、角うさぎやら牙うさぎやら、時には鹿やらが食卓に並んだ。
解体もわたしなんだけどね。ついでだからお前らも覚えろ、と冒険者志望の連中にも教えていく。
そうこうする内に一ヶ月ほどが過ぎて、おりんが迎えに来た。
まだEランクだけど、もうDランクに上がる手前らしい。褒めて欲しそうだったので、三百歳児をよしよししてあげる。
院長には言ってあったけど、他の仲間たちにおりんを紹介して、王都にもう一度行くことを説明する。
「ロロちゃんに助けてもらったので、恩を返すためにも一緒にいさせてもらおうと思ってるんです」
おりんがEランクの冒険者だと名乗ってあいさつした。
「スタンピードの時に、リーガスさんのオマケでいくつか人助けをして、褒賞をもらえる話になったの。またちょっと王都まで行ってくるよ」
とりあえずおりんの胸に目がいったグラクティブとハルトマンはあとで殴っておこう。
チランジアは、わたし一人だけまた出かけるのが不満そうだ。
お土産買ってくるからと、こっそりご機嫌取りをして出発した。
適当なところで道をそれて森に入り、一眠りしながら夜を待つ。ネコ姿のおりんをかかえて人のいない道を風精霊の靴を使って走れば、明け方には王都へ到着だ。
開門を待ち、ネコの姿になったおりんを頭に乗せたままお城を目指す。
褒賞金と一緒にもらった王城への入城許可証を見せると、門兵はかなり怪訝な顔をして、詰め所の方に確認に行った。
上役っぽい人が出てきて、頭の上に乗ってるおりんを見てすぐにOKをくれる。
どういう情報共有しているんだ。
案内された部屋で待たされていると、国王がやって来た。
「一ヶ月ぶりだな。なんぞ、追加で欲しい褒賞は思いついたか?」
「こっち側で話がまとまったら、お願いするかも。演説はうまくいったみたいだね」
「そうか、またいつでも来い。レッドドラゴンを実際に見せて話をしたのは結構大きかったと思うぞ。おかげで助かった」
「うまく話がまとまったのなら、こちらも助かるから」
「うまく……うまく、か」
国王が唸る。
「何かあったの?」
「息子が気持ち悪い」
「は?」
「なんかこう、すごく尊敬の目で見てきてな。娘は別にいいんだが、今まではあいつ、父上もっと仕事して下さい、みたいな感じだったのに……」
「そ、そう……」
父親の復権自体は、国王にとってはどうでもこといいらしい。
「さっさとあいつに押しつけて隠居しようと思っとったのに、アテが外れそうだ」
「お前はまだマシだろうが」
国王がろくでもない計画を暴露しながらため息をついていると、沈んだ顔の宮廷魔術師長が入ってきた。
「私なんて、知りもしない竜王の魔法についての質問責めだぞ。この前なんて、ヴォトリエント伯から詰められて、断るのにどれだけ気をつかったか」
「お前は『国王命令で言えん』、と言えば済むだろう」
今度は、宰相が仏頂面で入ってきた。
「こっちは孫が自信喪失だ。跡を継ぐ自信が無いと言われてしまったわ。全く……そういえば、ドゥラティオは部下からの尊敬の目が辛いと言っていた。最近胃が痛いと言っておったぞ」
宰相も孫には弱いらしい。ギルマスには今度胃薬を作ってあげた方がいいかもしれない。
「トニオ司祭は?」
褒賞の受け渡しの際に会った国王の元パーティーメンバーだった司祭さんの名前をあげる。
なんというか、自然にしているしギルマスのようにガタイがいいわけでもないのに、妙な迫力のある人だった。
「あいつは弟子や見習いから元々慕われておるから、あんまり変わらんじゃろ。大地神教の司祭だから、大きな役割を果たしたとも思われてないじゃろうし」
「城で仕事をするのがしんどい。そこらのすれ違うメイドから貴族まで、全員から異常に視線を感じる」
おじさん三人がまとめてため息をつく図は、辛気臭いからやめて欲しい。
「さて、では私が家を案内してやろう」
「宰相様がわざわざ行くの? もっとこう、下の者じゃなくて」
「私が出た方が、お前から要望があった場合の対応まで考えると効率がいいからな」
その肩に、国王が手を置く。
「わしも行こう」
「お前はサボりたいだけだろう」
「私も行かせてくれ。少し外の空気が吸いたい」
「わかったから、お前ら服をつかむな」
国王に続いて魔術師長までついてくると言い出した。