31 護国王
午後には、今回の件について国からの公式発表が掲示され、後日、貴族たち相手だけでなく、民衆に向けても国王自ら場を設けるそうだ。
わたしはお昼ごはんを食べたらすぐに王都を発つので関係ないけど。
家の引き渡し当日に来るか、一ヶ月後に一度引き渡し予定の家を見にくるかと聞かれたので、見にいくことにした。
どんな扱いになっているのかわからないからね。
家の選定をする役人に、獣人風情にはこの程度で十分だ、とか思われて、変な家とか押し付けられても困る。
ここで、一度おりんとはお別れだ。
わたしは家をもらったら、孤児院からは当然卒業する。
さすがに十才の孤児が一人で生きていきます、というわけにはいかないだろうから、一緒に住む相手としておりんを紹介する予定だ。
それまでに冒険者として最低Eランク、できればDランクを目指して欲しい、と伝えている。
まずは次に家を見にくるまでの一ヶ月、王都で頑張ってもらうことになっている。
ナポリタだと、ギルドに聞けば最近のぽっと出の冒険者とすぐにわかってしまうからだ。
ちゃんとした冒険者ですアピールのためにも、王都で登録して、そのまましばらく活動してもらうことになった。
冒険者ギルドへの登録は、スムーズに済むように現役冒険者のリーガスを伴って、昨日のうちに終わらせている。
というのは建前で、おりんはかわいい上にスタイルが非常にいいので、今の十二、三才の姿だと、ちょっかいをかけられないか心配だったので一緒に行かせた。
困ったことに、おりんを連れていると、チラチラ胸に目をやっている人がわりといるからね。
……まあ、気持ちはわかるんだけど。
おりんには、褒賞金の一部と、わたしのストレージ内にあったショートソードを始めとしたの武器類に、防御結界の付与したペンダント、マジックバッグなどを渡した。移動に便利な風精霊の靴も預けておく。
もちろんマジックバッグは容量が大きいだけの普通のものだ。
それから冒険者に見えるよう、おりんがダンジョンで倒していたモンスターを材料に、軽装の革鎧を蜘蛛神に作成してもらった。
その下に着る服も蜘蛛神に耐久力をあげてもらった特別性の服だ。
昨日はおりんに洗浄をかけてもらった。
魔力を集めたりなどの操作は難しくなったようだが、かろうじてこの程度の魔術は使えるようだ。
自分で魔石を使ってかけてもいいんだけど、おりんがこれくらいは、とやりたがったのでやってもらった。
ワンピースを脱いで背中を向けると、すべすべですねーとか、髪きれいですねーとか楽しそうににへにへしながら洗浄をかけていた。
おりんと別れて三日後、リーガスに付き添われてわたしはナポリタの孤児院におよそ二十日ぶりに帰ったのだった。
数日もするとナポリタにもうわさが届き始めた。
どうやら、王都での演説はうまくいったみたいだ。今日も昼間から、お祭りのように酒場が騒がしい。
◇ ◇ ◇
神童と呼ばれていたその王子は、優秀過ぎるゆえに退屈し、身分を隠して冒険者の真似事などということをしていた。
そんなある日、西の森に予言の魔女が住むなどという、つまらない噂話を聞いた。
訪ねてみると、みすぼらしい小屋に引退した占い師が住んでいただけだった。
王子は起き上がることもできなくなっていた彼女を看取り、そして弔った。
誰かが占い師だと知って、面白おかしく吹聴したのだろうと王子は言った。そう、伝えられていた。
だが、本当は違ったのだ。魔女は本物であり、彼女は王子に語ったのだ。これから三十年ほど未来、魔物が大地から湧き出てくる。きっとこの国は滅びるだろう、と。
その日から彼の戦いが始まった。
人に言ったところで、誰が信じるだろうか。
彼は身分を隠して冒険者の真似事をし、ともに戦ってくれる、信頼できる仲間を少しずつ増やしていった。
彼らに依頼して国中を歩いてもらう。湧き出るのならばダンジョンではないか? 廃坑に魔力の澱みがあったりはしないか?
自分の財を使い、魔道具を作った。魔物が湧き出るのならば魔力が澱む場所があるはずだ。まずはそれを探るための魔道具を作る。試行錯誤が続いた。
もしも、国を埋め尽くすほどの魔物が出るというのならばそれを倒す方策はないか? 魔物を足止めできるものや倒すのに役立つものを作れないのだろうか。ダンジョンの奥底に、古代の遺跡の跡にそれを探す。
お金ばかりがかかり、時間が過ぎていった。彼が国王になってもそれは続いた。もし発表すれば国は混乱に陥るだろう。自分でも、予言が本当なのか迷いが生じる。
彼の言うことを疑わず、信じてくれる僅かな仲間たちと共に、戦いの日々が続く。
少しづつ、長年の努力が形になってきた。
ダンジョンの所在地や、国中の地形が調べあげられる。各地で調べた魔力の流れや澱みのデータが集まってくる。
古代の遺跡から発見された一本の杖。
それを研究し、修復し、改造し……魔物たちを倒すための切り札を作り上げていく。
長い時間をかけて少しずつ完成されていく、たった一つの、国が傾く値段の切り札。
そして、彼はついに突き止めた。成し遂げたのだ。今、まさに起ころうとしている異常を起こる直前に掴み取った。
間に合うのか。誰も知らないまま静かに国を守るための戦いが始まる。
厳しい訓練を重ね、鍛え続けてきた騎士団は敵を食い止められるのか。
試し打ちもできない一度切りの切り札は魔物を屠れるのか。
彼は、切り札となる杖を信頼できる仲間たちへと託し……そして、ダンジョンから魔物が溢れ出した。
鍛えあげられた一部の戦士しか到達できない領域。彼らをしてなんとか戦いに持ち込める魔物たちが、確かなる破壊の意思を携えて大地を埋め尽くしていく。
大地を腐らせて進む呪いの蛇、山と見間違えるばかりの一つ目の巨人、黒鉄の鎧の如き鱗に覆われた巨大な蜥蜴、紫電を纏う雷獣、死の顔を背負う巨大蜘蛛……最早何がどれだけいるのか数え切れない。
空が瞬く間に飛竜で見えなくなっていく。
そしてそして、その最も後方に見えるは暴虐なる真紅の竜。
近くの村々の人々は逃げ出し、かろうじて北の町ジェノベゼへと逃げ込んだ。
しかし、そことて魔物がやって来れば容易に踏み潰され瓦礫に変えられるのは必定だ。ジェノベゼだけではない。今食い止めなければ、魔物は散り散りとなりこの国は滅ぼされてしまう。
更には、周囲の国々をも荒らし尽くすに違いない。
そこにたどり着いたのは王の信頼する仲間たち。
最初で最後の切り札が、今まさに切られた。
それは竜の王だった。
名前を呼ぶのも憚られる、偉大なる竜の中の竜が呼び出されたのだ。
彼は、賭けに勝った。
全てを灼き尽くす竜王のブレスが、全てを消し飛ばした。幸運にもダンジョンからすべての魔物が出尽くしていたが故に、勝敗はその一撃で決まった。
あらゆる魔物はその絶対的な力で灼き尽くされ、灰となり、息絶えた。
真紅の竜を除いては。
静寂の中で、この街を、国を、人々を焼き尽くさんと猛り狂った真紅の竜が咆哮をあげた。
だが、それを許さない者がいる。
王の剣たる者たちは、その狂える竜に挑みかかった。
深手を負っていた真紅の竜は、激しい戦いの末に遂に倒れ伏し、その身を大地へと横たわらせた。
たった一人で戦いを始めたその王は、その半生とも呼ぶべき三十年もの間、決して諦めず戦い抜いた。
そして、力を蓄えるにはあまりにも短いたった三十年という時間で、敵の居城を探り出し、恐るべき魔物の大群を倒し、暴虐なる真紅の竜を討ち果たす準備を整えた。
神童と呼ばれた王子は、ただの王になったと皆に言われていた。
それは、間違っていた。彼は偉大な王だった。
魔物との戦いに勝利し、国を守り切ったのだから。
王都から来た商人が誇らしげに語り、みんなが叫ぶ。
「国王様万歳!」「国王様に乾杯!」
エールが次々と空になった。