30 司祭トニオ
(不在だった司祭さん視点。読み飛ばしても差し支えの無いお話です)
そろそろ会議は終わった頃だろうか、と王城を訪ねた。
会議室では、国王アーウィン、宰相エルディン、魔術師長モンストローサ、冒険者ギルドのギルドマスター、ドゥラティオが揃って待っていた。
「もう終わっていたのか」
第一声は宰相のエルディンの不機嫌そうな声だった。
「大筋は決まった。お前待ちだ、トニオ。一応大地神教の許可も取った形にしておきたいからな」
「すぐに草案を、と飛び出そうとするから、止めるのに苦労したわい。お前を待たんと作り直しになるかもしれんのに」
アーウィンがあきれたように宰相のエルディンを見る。
「それはすまなかった。一部の者たちが、例の竜を神の奇跡にしたがっていたんだ。大地神様とあの竜がなぜつながるのか理解できないが」
本分を忘れどんなことでも利用して権威と力を求めようとする者たちは、大地神アウラを祀る大地神教にもやはり一定数いるのだ。
「神の奇跡にできなかったとなると、そういった連中から突き上げを食らうので、いっそ不参加にさせてもらった。着いた時には話が決まっていて口を挟む余地がありませんでした、とね」
「それはそれで文句を言われるだろう」
大丈夫か、と宮廷魔術師長のモンストローサが心配そうに言う。
魔術師、それも魔法使いというものは宗教関係者とは古来より宿敵のようなものだが、長い付き合いになるこの男はそれ以上に温厚で仲間想いなのだ。
「神殿内で見解を一致させましょうと会議を開いて、多少引っ掻き回してやって、この時間だ。向こうも仕方ないと思うだろう。結局はやぶ蛇にならないよう様子見に決まったから、気を回す必要はなかったんだがね」
口の片側をあげて笑って見せると、彼もなるほどな、と笑った。
「そうと決まったのならせめて馬を使ったらどうだ。のんびり歩いて来おってからに」
「無理を言わないでくれ。こんな月のない夜中に走っては、人がいたら危ない。馬車は酔って気持ち悪くなるし尻も痛い。乗るくらいなら走ってくるさ。早く揺れない馬車を作ってくれ」
エルディンが不愉快そうに顔を歪める。若い頃なら舌打ちもついてきただろう。
馬車は昔から苦手だ。どうしても必要なら我慢するが、そうでない時は使わないことにしている。
「それならいっそ空でも飛んだらどうだ。モンストローサ、東の賢人は空を飛びながらドラゴンと戦ったそうだぞ。なんぞ作ってやれ」
「風を操って、自在に空を舞うような複雑な術式、一から組んだらどれだけ時間がかかると思ってるんだ。そんな暇あるか」
「……それで、決まった大筋とやらを教えてもらっていいか?」
私の言葉に、アーウィンは楽しげに笑い、他の三人は揃って苦い顔をした。
「……なるほど。誰かしら英雄がいるというわけか」
「誰かが英雄にならなければ、それこそ神の御業にすることになる。とはいえ、気はすすまんがな。見ろ、ドゥラティオなんてさっきからあのままだぞ」
見た目の割に繊細なギルドマスターは、先程から頭を抱えたままだ。
「相変わらず図体の割に肝が小さいのう。大方を引き受けるのはわしなんだから、どんと構えておけ。聞かれても言えんの一点張りでおればよかろう」
そこに、ノックの音が響いた。
「入っていいぞ」
「お父様、お客様たちがお帰りになって、会議は終わったとお聞きしたのですが」
「おおまかには終わったが、細かい詰めをな」
「そうでしたか、すいません。失礼しました」
「いや、いいぞ。ちょうど紅茶が欲しいと思っていたところだ」
国王アーウィンの娘、アリアンナが扉をわずかに開けて声をかけてきた。
少し見ない間に子供というものはすぐに大きくなるものだ。
「では、すぐに用意させます」
そう言って一度退室したアリアンナが、少しして再び戻ってくると部屋に入ってきた。
そしてエルヴィンを見て、何かを思い出したように口を開いた。
「あの、宰相様。ちょっとお伺いしたいのですが」
「何か?」
「ロロナに何かしました?」
「は?」
アリアンナの思わぬ質問に、エルディンが珍しく間の抜けた声をだした。
「アリアンナ、ロロナと話したのか?」
「エルが、ロロナの連れていた猫を気に入ってしまって」
「ああ、なるほどな」
エルこと、エライアは、アーウィンの末娘で、まだ四才だ。
「エルったら抱っこしたまま振り回したり、飛び跳ねたりするから……猫がかわいそうで。ロロナに謝ったら、文句は宰相様に言うからいい、と言われてしまったのですが」
それを聞いて、アーウィンが愉快そうに笑った。
「大事な会議だというのに少々やかましかったので、別室で食事をお出ししただけですよ」
「……そうなのですか? 食事をしていた部屋にエルが入り込んでしまったからかしら」
ノックの音と共に、紅茶とサンドイッチが運ばれてきた。
すでに夕食にはやや遅い時間になっているが、それでも話がまだしばらく続きそうなのを見て、アリアンナが軽食も頼んでくれていたのだろう。
アーウィンにはもったいない気づかいのできる娘に育っているようだ。
メイドたちが退室すると、お邪魔しましたと、アリアンナも続いて退室していった。
「それで、本当は何をしでかした?」
アリアンナたちが退室後、少しだけ待ってからエルディンに問う。
「食事を出してやったのは本当だ。空腹だと言うので、正統な料理を出して、その後に水でもこぼしてドレスとヒールの高い靴をはかせておけ、と。場違いだと分かれば多少はおとなしくなると思ってな。あとはドレスに舞い上がって大人しくなるのも少々期待した」
「わざわざ、精霊の愛し子と思われる相手に恥をかかそうとするとは……」
「空振りだったがな」
ふん、とエルディンが自嘲気味に笑う。
私だけでなく、モンストローサとドゥラティオも不思議そうな顔をした。
「空振りとは?」
「そのままだ。料理はマナー通りにきれいに平らげる。服を着替えさせて、ヒールのある靴をはかせてみたら、見事な立ち振る舞いだ。うちの孫よりさまになっていた。おまけに、体を拭いた布は全く汚れがなく清潔になさっているようです、という報告まで受け取ったわ」
エルディンは目論見が全て外れたことに、どうやらあきれているようだ。
「そういえば着替えてからも歩き回っていたが、違和感を感じなかったな」
「確かに。それであの器量か。獣人なのが惜しいな」
二人は今気がついたらしい。
「一つ一つはこじつけられん事もないが、ここまで重なると説明がつかんな」
「孤児という話ではなかったのか?」
報告では、たしかにそう聞いていたはずだ。
「孤児だ。孤児院に確認も取ったから間違いない。あの耳と尻尾だ。他の者が入れ替わっているというのもありえん」
「なかなか面白そうな子供だったようだな……会えなかったのが残念だ」
「頭の上に猫を乗せたまま国王と話した人間は、建国以来初めてだろうな」
モンストローサがしみじみつぶやいた。
「お前の言う面白そうな獣人娘たちは明後日にまた来るから、その時はお前も顔を出せ」
「なぜ明後日に?」
まだ何か確認事項でもあったのだろうか。
「褒賞があるからな。希望も聞いてある」
「何を希望してきたのだ?」
「ヴィヴィたちと獣人の冒険者は口止めも兼ねての褒賞金で問題ないと。ロロナは……なかなか好き勝手言ってきおったわ」
そう言いながらもアーウィンは楽しげだ。ロロナという娘をずいぶんと気に入ったらしい。
「褒賞金以外に猫と住める家、冒険者ギルドの登録、あとは我々に貸しにしておけ、と」
「冒険者ギルド?」
「未成年だからな」
「それは……なかなか無茶を言う」
ギルドでも、年齢に関するものは比較的ルールが厳しい。依頼関係など各支部の裁量が大きい部分とは違い、根幹的な部分だからだ。
ドゥラティオには胃薬の差し入れが必要かもしれない。
「それと、貸しとは?」
「何か困ったら頼み事をするから、会えるようにしろ、と」
「城の入場許可か」
「強かだろ。それか、何も考えてないだけかもしれんが。おもしろい冒険をしたら報告する条件付きで許可を与えておくつもりだ」
「お前の趣味はともかく、大盤振る舞いだな」
一冒険者が王城へのフリーパスを持っているなど、耳を疑う話だ。
「愛し子殿が向こうから来ると言ってるんだ。断る理由もない。それに釣りがくるものをもらった」
エルディンが現実的な理由を答える。
「レッドドラゴン丸ごと一体だ。いるだろうから、好きに使えと」
「ほう! それは、後で個人的に見てみたいものだな」
ドラゴンといえば、冒険者時代にもついぞ戦うことはなかった強大な魔物だ。もっとも、戦っていれば命はなかった可能性の方が高いが。もう死体だとはいえ、その存在は興味深い。
「家の選定が難しくてな。仮にも精霊の愛し子だ。何かあっては困る」
「警備から家の者まで全てこちらでつけてはどうだ? ……いや、断ってくるか」
この宰相は、家の選定まで自分でやるつもりらしい。
モンストローサは監視も兼ねて人を送り込んではと提案したものの、自ら否定的な言葉を付け加えた。
「提案だけはしておくが、期待はできんな。ひとまず巡回を増やしておくくらいか」
また厄介事が増える、とエルディンがため息をついた。