29 占い師の話
「どういう落としどころにするんだろうね」
「まだ決めかねているようだし、これはしばらく帰れそうにないかもな」
キセロがあくびをする。
ここから先はもうお偉いさん同士の話なので、私たちは無関係だ。
その証拠にヴィヴィ、キセロ、リーガス、わたしの四人は隣の部屋で待機中だ。多分、落としどころが決まったあと、話におかしいところがないか等の確認をする要員だろう。
ちなみに、おりんはわたしの膝の上だ。
「リーガス、国からの発表がどんな形になっても、悪者にでもされなければ文句は言わないでね」
「ええ、分かっていますよ」
話し合いの前にも伝えてあるが、もう一度念を押しておく。
わたしとおりんは、手柄が誰のものになるかなんてことは別にどうでもいいのだ。
「いやー、どうしたものかなかなか難しいのう。一度解散して、また明日来てもらうかも知れんな」
「あんたはあっちだろ」
いつの間にかやってきていた国王に、ヴィヴィが冷たい声で隣の部屋の方を指差す。
「そう言うな。報告については全面的に信用することになった。ただ実際にどう発表したものか、なかなかな……」
「よく信じましたね」
子供の言ったことと、ばっさり切り捨てられてもおかしくない内容だ。
「こう言ってはなんだが、居合わせたのがヴィヴィたちだったのが大きい。でなければ、いくら証拠があるとはいえ、こんなに早く信じないだろうな」
「ヴィヴィたちは信用されてるね」
「それなりに付き合いは長いからね。あとは、こんな年寄りが今更つまらないウソをつく理由がないってだけさ」
ヴィヴィが頬杖をついたまま、虫を追い払うような仕草で腕を振る。
「しかし、やったことが大きすぎる。特にあの、竜王の召喚がな。王家の宝だなんて言い出したところで信じてもらえるとも思えんし、発掘した古代の魔道具とするにしても突飛だ。周りの国に痛くもない腹を探られるのもごめんだからな」
国王が腕を組んで、ため息をつく。
「あんたのほら話の上をいかれたね」
ヴィヴィが鼻で笑った。
「ほら話?」
「こいつは昔、予言の魔女から将来国を背負って立つ男になると言われた、とふれ回ったことがあるのさ」
「背負うも何も国王じゃない」
国王が国を背負って立つ。そのまんまだ。
「まだ王太子だとみんなが知らない頃さ、タチが悪いだろう」
「ちょっとした、いたずらじゃよ。引退する際に第一王子だとバラしてやった時のみんなの顔は見物じゃった。最初に言った時は散々馬鹿にされたがな」
まあそれはそうだろう。俺は国を背負う男だとか、一冒険者が言い出したら、頭がおかしくなったと思う方が自然だ。
「馬鹿にされて酒を飲まされて、バラした時も山ほど酒を飲まされたわい」
楽しそうに国王が笑う。
何やってんだこの人。
「ろくでもないだろ、この国の王様は」
「まあ、宰相様が国王になってるよりかはいいよ」
隣の部屋に向かって舌を出す。
「それは言えてるな」
キセロが笑う。
国王は笑いすぎだろう。
「それで予言の魔女って何なんですか?」
「ふむ。まあ真相はなんてことのない話なのだがな……」
国王が、腕を組んで話し始めた。
村外れの森に予言の魔女が住んでいる。
とある村で、そんなうわさが立ったことがあった。
行商人や、他国から来た冒険者に酒場でおもしろい話はないかとエールをおごってやるのは、お忍び中の国王のいつもの夜の過ごし方だった。
そのときに、そんなうわさ話があることを知ったのだ。
「行ったんですか?」
「おう、行ったとも」
「一人で?」
「うむ。宰相のエルディンはツマランやつじゃから、出元から真相を探ろうとするだろうし、魔術師長のモンストローサはそんなうわさ話程度で、と動かん。司祭のトニオは本物の魔女だった時に、教会関係者だから揉めるかもしれん。ドゥラティオは、図体はでかいくせに肝っ玉は小さいからこの手の話は苦手だ。……ということで、誰にも言わずに一人で行ったな」
「それで?」
続きを促す。
「なんてことはない。引退した占い師が住んでいただけだ。その女は、そこにある猟師小屋で産まれたそうだ。もう年だから、産まれたところで死のうと思って帰ってきたと、そういうことだ」
国王が、種明かしをするように両手を広げた。
「わしが訪ねたときにはもう起き上がれなくなっていてな。これもなにかの縁と看取って、葬ってやったわい」
「占ってもらったの?」
「占ってもらったぞ。国を背負って立つと言われたからな」
「……そこは本当だったの?」
「おう、本当だとも。最後だからと世辞込みかもしれんがな。案外と腕のいい占い師だったのかもしれん」
村外れの朽ちた小屋にいつの間にか住んでいる者がいる。そんなところに住む変わり者なんて、魔女に違いない。いやいや、ただの魔女じゃない。なんでも未来を見るらしい。誰かが見てもらったそうだ。未来を見て予言をするのか。ならば、それは予言の魔女だ。
小さなうわさに、退屈が尾ひれを増やしていく。きっとこうだったらおもしろいだろう、なんて、無責任におもしろおかしく。
うわさ話なんてそんなものだ。
「へぇ、そんな話だったのかい」
机に肘をついたまま、ヴィヴィが納得したように呟いた。
「ヴィヴィも知らなかったの?」
「言わない方が面白いから、当時は黙っとったからな」
…………
「もう、そんなんでいいんじゃないですか?」