27 お城ごはんとかけられた水
「頭を上げよ。今回は非公式な場であるから、必要以上にかしこまる必要はない」
「そりゃ助かるね」
「……お前はもう少しかしこまったらどうだ」
宰相がヴィヴィをあきれた顔で見やった。
ギルドマスターと会ってからは、トントン拍子に話が進んだ。
方針が決まった翌日には、王都のギルマスはブラスの店、『探索者の小屋』に姿を見せた。
呼ばれて店に着くと、確認のために早速店からそのまま町の外まで連れて行かれ、レッドドラゴンとツーヘッドグリフォン、その他のおりんに倒された魔物たちを披露することになった。
そして、その次の日のお昼前には王都行きの箱馬車がやって来て、リーガスと共に中に詰め込まれた。おりんは膝の上だ。
タイラーはいなかったけど、馬車にはヴィヴィとキセロがすでに乗っていた。
「なんでヴィヴィとキセロも? 王都まで送ってくれるって話じゃないの」
「王都のギルマスから、説明のために来てくれと言われてね。タイラーには、そういう場は苦手だと逃げられた。おまえさんは証拠係さ。どうせ帰り道なんだ、ちょうどいいだろ?」
乗合馬車で三日の距離を、馬を変えて馬車は一日と少しで走り抜けた。
その横では、ジェノベゼから王都へ避難する人たちの列がまだ続いていた。
馬車の行き先は、冒険者ギルドではなく、王城だった。
そのまま会議室に案内されると、ブラスと同類の筋肉ギルマスが待っていた。そして、すぐに国王が来るという。
わたし、孤児院のおんぼろ服のままなんだけどな。
五十歳くらいの国王と、もう少し年上かな、という宰相が名乗って席につく。それから杖を携えた、いかにもという男性が入ってきて、予想通り宮廷魔術師長だと名乗った。
宰相も背が高くて、ギルマスのようながっしりした体つきをしている。部屋の筋肉率が高い。
ヴィヴィのくだけた態度に首を傾げていると、キセロが教えてくれた。
「この国王様はな、若い頃に身分を隠して冒険者まがいのことをしていた時期があったのさ。その時に巻き込まれたパーティーメンバーが、そこの宰相殿とギルマスと魔術師長、あとここにいない司教ってわけだ」
「つまり、国王様はヴィヴィたちの冒険者時代の仲間?」
「どちらかと言うと後輩だね」
「そういうことじゃ、驚いたであろう」
わっはっは、と愉快そうに国王が笑う。
軽い人だな。
宰相がわたしをジロリと見る。
「ずいぶんとくたびれた服を着ているな。あとで代わりの服を……」
元々ボロかった孤児院の服は、スタンピードの時に山を駆け下りたり登ったりしたので、木や藪に引っ掛けて更にひどいことになっている。
まあでも孤児院だし、寄付された服なんかもあるので、これくらいの服はいくらかあるしな……。
「山を走り回ったので……。そうですね、孤児院の援助を増やして下さったら新しい服が着れると思います」
宰相が渋い顔をして、王様が面白いおもちゃを見つけたような顔で笑った。
「なかなか物怖じしない子供じゃな」
「そりゃ、あれだけの魔物を前に一歩も引かないんですからね」
「少なくとも、あんたよりは肝が据わってたね」
ヴィヴィの言葉にぐっ、とキセロが言葉を詰まらせた。
宰相が一つ咳をして場を仕切りなおす。
「さて、ギルドマスターのドゥラティオより報告は受けているが、話が話なのでな。当事者であり、証拠の魔物を保管しているというロロナ、そして実際に現場にいたヴィヴィとキセロには確認のため来てもらった。そちらは……ロロナの保護者のリーガスだな」
そこまで宰相がしゃべったところで、わたしのお腹から、あざらしの鳴き声みたいな音が鳴った。
「……話がまとまったら、夕ご飯っていただけますか?」
いきなり話の腰を折られた宰相が渋面を作るが、なにやら思いついたように人の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど、子供には少々配慮が足らなかったかもしれんな。先にヴィヴィとキセロから話を聞くとしよう。お前には食事を用意してやる。誰か……そうか、人払いをしていたな。待っていろ」
どうやら、私のことはしばらく厄介払いしておくことにしたらしい。
宰相が部屋から出てしばらくすると、一人のメイドさんを連れて戻ってきた。
「その子供だ」
メイドさんは頭の上に乗っているおりんに一瞬戸惑ったけれど、そのまま部屋からわたしを連れ出した。
「すまんが、立場上俺もついていきたい」
「王城内で何か起こるとでも思っているのか? ついでだから、お前からも話を聞く。いいからそこに座っていろ」
宰相に断られたリーガスが、一瞬腰を浮かせかける。
わたしが手をひらひら振って頭の上のおりんを指差すと、リーガスは息を吐いて大人しく座りなおした。
おりんが付いているならめったなことはない、と判断してくれたみたいだ。
人払いされていたということは、国王、宰相、魔術師長、ギルドマスターで先に話をまとめておくつもりなのだろう。
内容的に、そのまま私たちの話を公式発表なんてことはまずないだろうから……どういう話にするつもりなのかな。
別室でもりもりごはんをいただきながら考えていると、頭の上のおりんがにゃーと鳴いた。
多分、「自分だけずるいです」と言っている。
そう言われても、おりんはネコ形態なんだから仕方ない。
軽食くらいかと思ったら、本気目のコース料理が出てきたのを遠慮なくいただく。
さすがお城のごはん。どれもおいしい。
メイドさんが少し驚いている風なので、神経太いなコイツと思われているのかもしれない。
「えい!」
大方食事が終わった頃、水を注ぎにきたメイドさんに、突然頭から豪快に水をかけられた。
おりんはうまく避けたようだ。
華麗に着地して、こちらを見てにゃごにゃご鳴いている。
こちらの心配をしている……と言うよりはため息をついている感じだ。
「ああ、大変! 手がすべってしまって! すぐにお拭きします! 着替えもご用意しますね!」
メイドさんが言うと同時に、部屋の外にもう一人いた食事を運んできたメイドさんが、タオルと、すでに着替えまで用意して入ってきた。
誰がどう見ても完全にわざとだ。宰相の仕業かな。「えい」って言ったよね?
「ねこさんの声だ」
そこに、更に小さな乱入者が現れた。
「走っては危ないわよ」
続いて、上品な声と共にひょっこり女性が顔を出す。
「あらあら、どうしたの?」
「お、王妃様。ええと……お客人に粗相をしてしまい、着替えていただいているところです」
「手を止めなくていいから、早くしてあげなさい」
王妃様がなんでこんなところに……って、子供と一緒におりんの鳴き声につられて来たのかな。
返事をしたメイドさん二人に孤児院ワンピースをすっぽり脱がされて、タオルで拭かれていると思ったら、途中から暖かい濡れタオルに変わった。準備万端すぎるでしょ。
「わー、しっぽだ!」
小さな女の子は、獣人を見るのは初めてなのかもしれない。
きれいな服に身を包んだ、どうみても貴族のお嬢様だ。王妃様と一緒にいるということは、ひょっとしなくてもお姫様かな。
「着替えはいいです。持っていますから」
机の上に置いていたおかげで被害を免れたマジックバックから、大昔に入れていた適当な服を取り出す。
「いえ、こちらのせいですから、そういうわけにはいきません」
こちらが着替えを出したのを見て一瞬怯んだが、メイドさんも引き下がらない。多分宰相の指令を受けているんだろう。ドレスでも着せて笑ってやろうとか考えたのかな。
まあまあ、と王妃様が間に入った。
「城でのこととなれば王家としての面目もあります。ここはこちらの顔を立てていただけないかしら」
王妃様に顔を立てろと言われると、こちらも折れるしかない。諦めて用意した服に着替えることにする。
「ありがとう、助かるわ。ところで、そちらの下着はどちらのものなのかしら?」
王妃様の目がギラリと光った。
「どこにでもある、尻尾が邪魔にならないような形の獣人用の下着ですよ。動きやすさを重視しておりますので、はしたなくお見えになるでしょうかね」
薄く青みがかったドレスを着せられたわたしは、メイドさんに髪をとかされながら営業スマイルを浮かべて答える。
「くろねこねこさ〜ん」
ちなみに、おりんはお姫様から逃げ回っているところだ。
「あらあら、獣人のお嬢さんは、そのようなシルクの生地に見たこともないような図案の、非常に手の込んだ刺繍を入れた下着をお使いになるのが普通なのかしら?」
王妃様もにっこりと笑う。
「やはり、下着も濡れていらっしゃるかもしれませんわね。お着替えになった方がよろしいのでは?」
「いえいえ、お心づかい痛み入りますが、そこまでお手を煩わせるわけには参りませんので」
「ええい、やっておしまい!」
そのセリフ、完全に悪役が言うやつ!
王妃様の言葉に、メイドさん二人が戸惑いながらもわたしの両腕にしがみつく。
「ちょっと……ちょっと見るだけだから。もう一度刺繍を見せて! それに、亜麻布を使っただぼっとした下着なんてもう飽き飽きなのよ。そんなにぴったりした下着で動きやすいってどんな素材なの!?」
そこに、中学生くらいの女の子がさらに現れた。
「……お母様!? 何をやっているんですか!!」
その声に、全員が動きを止めた。