26 猫精霊おりん
腕を組んで少し考える。
ダンジョンの外では危ない目に遭う可能性はないはず。何かあるとすれば、ダンジョンの中かな……。
「あのダンジョンは、どこにもつながってなかったの。だから魔力がずっと溜まってて、炭焼き小屋の洞窟とつながった時に強力な魔物があふれ出てきたんだよね。中の魔物はダンジョンボスを含めて一度全滅したし、今回のことで溜まってた魔力も落ち着いたから、極端に強いモンスターは出ないと思うけど……」
おりんの呪いの話は獣人にも伏せてあるので、このまま無かったことにしておく。
どうせ呪いの残滓も今頃はダンジョンのエサになっているだろう。
「ダンジョンのボスモンスターは何だったんだい?」
「レッドドラゴンだよ」
「…………ロロ、お前さんが倒したのかい?」
「倒してないよ。わたしが奥まで行ったときには、もう倒されてたから。ダンジョン内の魔物を倒したのは、猫精霊だよ」
「猫……?」
「うん。ほら、猫精霊様」
頭の上のおりんを抱っこしてヴィヴィに差し出す。
おりんが不満げな声で鳴いた。
「そりゃ、すごい精霊もいたもんだ」
「猫のせいなんぞにせんでも、ウソをついたことを叱ったりはせんぞ」
「ウソ?」
ヴィヴィに鼻で笑われ、タイラーには即座にウソつき呼ばわりされた。
ウソなんてついてないんだけど。
自分が聞いたことないからって、ウソと決めつけるのはよくないと思う。まあ、猫精霊という単語は今作ったんだけど。
「昨日別れるときに、ダンジョンに魔物はいないと言っておったじゃろう」
「猫精霊が退治してくれてたからいなかったの!」
膝の上で丸くなっているおりんを指差す。
おりんは村で拝まれて懲りたのか、今回はヒト型になる気はなさそうだ。
リーガスは何か言いたそうにしていたが、おりんが何も言わないので黙っている事にしたらしい。
「……まあええわい。ええと……つまり、調査隊はそれほど危険な目に遭うことは無いということじゃな……。それで、お前さんはどうしたいんじゃ? できる限りの協力はするぞ?」
明らかにこちらの話を信じていないタイラーが、話を戻した。
これはどう言っても信じてもらうのは無理そうだな。諦めて、こちらの希望を伝える。
「一番に、厄介ごとはごめん。二番目に、騒ぎを早く収めるのは賛成。王都に避難しようとする列がすごいことになってるから、このままだと帰れないし。三番目に、それなりに頑張ったし多少は先立つものが貰えるなら嬉しい」
まとまった金額が手に入れば、おりんとも出会えた今、さっさと孤児院を出て旅に出ることだってできる。
本当はストレージにもお金はあるけど、おりんの手前それは出しにくい。
肩をすくめてみせると、ヴィヴィがくつくつと笑った。
「お前さんはもっと浮世離れしてる存在なのかと思っていたよ。それなら、王都のギルマスにつなぎをとるからね」
「ありがとう、よろしく。ヴィヴィがどう思っていたのか知らないけど、わたしはおいしいご飯を食べてごろごろしてたいだけの、ただの親なし子だよ」
「うまい飯なら俺がオススメの店で食わしてやるけどよ。おまえ、孤児だったのか?」
ブラスが、リーガスとわたしを交互に見る。
「そうだよ」
「そうなのか? では、リーガス殿、お主はロロとどういう関係なんじゃ?」
タイラーの問いかけに、そういえば冒険者としか説明していなかったことを思い出した。
「わたしはナポリタに住んでいる孤児で、リーガスはわたしに獣人の村で暮らさないかって言ってくれたの。それで、今回はわたしに村を案内してくれてたってわけ」
「俺が冒険者登録をしているのは狩りをするのに都合がいいからというだけで、ただの村の狩人だ」
四人はあてがはずれたような顔をしていた。もっとすごい展開でも期待していたのかな。
お姫様と従者とか?
「じゃあ、なんでお前あそこにいたんだ? あの武器や杖は?」
「風の精霊に頼まれて行ったの。武器もその精霊から受け取った」
この辺はストラミネアの使った説明そのままだ。
「精霊の愛し子、というやつか……? しかし、あんな物を用意するとは……一体どんな精霊なんだ?」
「水混じりの風の精霊だよ」
「!……その精霊の姿は、見たことあるのかい?」
「あるよ。リーガスも一緒に見たし」
なんてことのない内容のつもりだったけど、意外にもヴィヴィが反応した。
ヴィヴィの視線が一瞬リーガスに向き、リーガスがうなずく。
「もしかして、その精霊の耳はとがっていたかい?」
リーガスと顔を見合わせた。
「とがってたっけ?」
「とがっていましたな」
「にゃにゃん」
よく覚えているな、と感心しているとヴィヴィが異常に驚いていた。
精霊は見た目なんていくらでも変えられるので、わたしはいちいち気にしていない。とはいえ、実際にころころ変えるわけではないけど。
「どういうことだ、ヴィヴィ?」
「複合属性の精霊なんてものが、自然にできる事はまずないのさ。あんな物を用意してくる、風と水の複合属性の精霊……ハイエルフが死んだ後、精霊になるって話は聞いたことがあるだろう」
「なるほど、少なくともその精霊は、どこにでもいるような精霊ってわけじゃなさそうだな」
キセロが腕を組んで感心したように言う。
「ヴィヴィの言っていた、神に連なる何かは、本人ではなく後ろにいたってわけだ」
期待しているところ悪いけど、そこまですごい存在じゃないよ……
複合属性なのは自然環境下、具体的には風の通る丘で作った人工精霊だからだ。完全に単一属性って難しいんだよ。
フラスコ内なら簡単だけど、こちらはこちらで、別の難しさが付きまとう。
なんでそんな実験をしていたかというと、作製した精霊を成長させることで、人工的に神を創り出せないかと目論んだからだ。
失敗に終わったけれど、その結果としてストラミネアが存在している。
「ん……あんた今、ナポリタの孤児って言ったね。それなら、孤児院の院長の名前は、セレリアナって言わないかい?」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「私の姉だ」
素直にびっくりした。世間は狭いね。
そう言われると、似てる気がしてくるから不思議だ。
「……こんなのがもう一人いるのか。世も末だな」
「後で覚えておきな」
ヴィヴィが、ふん、と荒い鼻息をついた。
キセロはMなのかな。
「じゃあ、ギルマスに話をつけるまでしばらく待っていな。また連絡するよ」
「よろしく。証拠がいるなら言ってね」
ぽん、とかばんを叩く。
その正体は固有空間に直結した特殊な魔法の鞄だ。
「……ツーヘッドグリフォンか。確かにそのかばんに入れてたね」
「それもあるけど、ダンジョンボスのレッドドラゴンも回収したし、他にもダンジョンで魔物をたくさん入れたよ」
「……大層なご活躍だね。しかし、どんだけ入るんだい、そりゃ」
ヴィヴィがあきれたように私のかばんに目をやる。
固有空間につなげてるから、いくらでも入るよ。
頭の上のおりんを見上げる。
「大活躍」
「にゃにゃー」
面倒ごとを押し付けないで下さいよ、と言いたいようだ。
「……まあ、別にいいがね。それなら場を作るから、あんたも同席してもらっていいかい。どっちみち、証拠が必要になるだろうからね」
その後は、暫定保護者ポジションのリーガスも同席することと、連絡方法などを決めて解散した。
ブラスのお勧め店は、場所と名前だけ聞いておいて、ヒト型になったおりんと三人で夕食を食べに行った。
ブラスが話を通してくれていたみたいで、追加でおりんもいたけれど、色々食べきれない量のおすすめ料理を出された挙句、お金はもらっているからと支払いを断られてしまった。
色々と気づかいのできる筋肉である。
店長はジェノベゼ生まれのジェノベゼ育ちで、他の町に行こうにも知ってる町はないし、死んだら死んだときだ、と言って店を続けているなかなか豪快な人だった。