25 猫好き店主ブラス
道中は何の問題もなく、朝に獣人の村を出て夕方にジェノベゼに着いた。
ジェノベゼは、魔物の暴走の影響か、それとも竜王召喚の影響か、さすがに騒がしく落ち着かない雰囲気となっていた。
北側の門も厳戒態勢だ。
門はすぐにでも閉じられるように準備されていて、守備隊が待機している。
「お前らの村は大丈夫だったのか?」
「ああ、無事だ。なんともない」
聞かれて、リーガスが答えると、門番たちは顔をほころばせた。
「そうか、それはよかった。お前らも見たか? すごかったよな!」
「俺は休みで昼寝してたから見れなくってよ、肩身が狭いんだ……もう一回出てこないかな」
「怖いこと言うなってば」
気さくな門番たちに別れを告げてジェノベゼの中に入る。
おりんは、疲れたにゃーと言ってネコ姿になり、今は私の頭の上に乗っかっている。
もうリーガスだけになったので、見られてもいいと判断したようだ。
リーガスも特に反応はしない。それくらいの芸当は、竜退治をする守り神様なんだから、できても不思議ではないと思っているのだろう。
まだ宿へ急ぐ時間でもないので、先に『探索者の小屋』へ向かった。
『探索者の小屋』は、冒険者や旅人のための雑貨屋という感じのお店だった。
前世の感覚なら、アウトドア用品店かな。
奥のカウンターには、五十代半ばくらいの女性が座っている。
「すみません、ロロといいますけど、ヴィヴィさんたちから聞いていませんか?」
「あんたがロロちゃんかい。おや、かわいいこを乗せてるね。ちょっと待ってな」
おばちゃんはおりんを撫でてから奥に入っていった。
それから、すぐに筋骨隆々とした男性、つまりは筋肉モリモリマッチョマンが現れた。
六十才くらいかな。ヴィヴィたちと同年代だ。
「おう、よく来たな。俺はヴィヴィたちとパーティーを組んでいた、ブラスだ」
こちらが名乗る間もなく、ブラスはいきなり直角になるまで頭を下げた。
「すまんが、事情はある程度聞かせてもらっている。俺が無理矢理聞き出したんで、あいつらは悪くない。責めんでやってくれ」
「……ギルドとかには?」
「いや、俺一人だ。今いた嫁も知らんし、他の誰にも言ってない」
「あなた一人くらいはかまわないよ、あくまで、ギルドへの報告を断っただけだからね。ただ悪いけど、これ以上はやめてね」
奥さんの消えていった店の奥に、チラッと視線をやる。
「ああ、すまんな。もちろんだ」
ブラスがニカッと笑う。
「それで本題だが、キセロとタイラーはギルドの手配した宿に泊まっている。あいつらはギルドの雇われ職員だったからな。ヴィヴィは、昨日はうちで泊めたんだが、今は宿だ。話をするなら明日以降になるぞ」
「今着いたばかりだから、わたしたちも明日の方が助かるよ。連絡がつくなら、明日の朝からか……それとも、話にここを使うなら店が終わってからの方がいい?」
「いや、店の奥があるから、朝からでいい。じゃあ三人には伝えておく」
おすすめの屋台でも聞こうと話を振ったら、王都まで避難することになるかもしれないと、ほとんどが店じまいしてしまっていると言われた。
頭の上でおりんがショックを受けているのが伝わってくる。
おりんは呪いが解けてから、まだ焼いた鹿肉しか食べていないからな……。
「ちなみに、ギルドはどんな感じか知ってる?」
「まだ何も情報は持っていないようだぞ。今日斥候を送ったが、ダンジョンまでは行ってないし、何も見つけずに引き返してきたそうだからな」
「ありがと。じゃあ、今日はもう帰るよ」
どこかやっているお店を探して、夕ご飯を調達しないといけない。
「すまんが、最後に一つ」
「ん?」
「その猫撫でてもいいか?」
夫婦で猫好きだったらしい。
いい笑顔の筋肉親父に撫でられて、おりんは迷惑そうな顔をしていた。
「うわあ!」
昨日に続き、危うくパンツを下ろすのを忘れたまま用を足すところだった。
下着なし生活に慣れすぎたらしい。しばらく気を付けよう。
トイレから出ると、おりんが残念な子を見るような目をしていた。
未遂だから、そんな目で見ないで。
昨日は根性のある屋台でスープとサンドイッチを買えたので、それで晩御飯を済ませた。
おりんも、とりあえず満足してくれたようだ。
朝食を宿でとってから『探索者の小屋』に行き、奥に通されると、もうみんな集まっていた。
ここまで歩いてくる途中では、荷物をまとめて王都方面に向かう商人や、家族連れ、冒険者など大勢の人とすれ違った。
「無茶をしておらんだろうな」
「足は生えてるようだね」
「収穫はあったのか?」
タイラー、ヴィヴィ、キセロから三者三様の声をかけられた。
全員で食卓テーブルを囲む。今回のために集めたのだろう。椅子は種類がバラバラだ。
「俺も、同席させてもらっていいな?」
筋肉店主、ブラスが律儀に確認してきた。
「もう知ってるみたいだし構わないけど、店はいいの?」
「嫁がいるから大丈夫だ」
「すまないね。ブラスにだけは話をさせてもらった。場を借りたいというのもあってね」
ブラスがしーっと私に向けて口に手を当てる。
ブラスの方から無理矢理聞き出した、というのは仲間をかばっての方便だったらしい。意外といじらしい筋肉だな。
「かわいい同行者が増えてるようだね」
ヴィヴィの言葉に、一瞬リーガスを見てから、頭の上にいるおりんのことだと気がついた。
「にゃーん」
おりんがあいさつ(?)をする。
リーガスを紹介し、ヴィヴィ、タイラー、キセロ、ブラスの四人から改めてお礼を言われたあと、まずはキセロが話を始めた。
「ギルドは今日も斥候を出した。今日中にダンジョン周りまでたどり着くかもな。ただ、調査としては、ダンジョンの奥までたどり着いての安全確認に、竜王の痕跡の捜索もするだろう。当分は落ち着かないだろうな」
真っ平らになっているし、ダンジョン以外に関しては何もないだろうからすぐ終わりそうだな。
「あと、王都のギルドマスターが朝一番でこちらに向かっているそうじゃ」
タイラーが付け加える。
「そりゃまたずいぶんと早く来たもんだ。それなら今日中にはジェノベゼに入りそうだね」
ヴィヴィもまだ聞いてなかったみたいだ。
キセロとタイラーは冒険者ギルドの出張所に属する職員だったそうで、それなりに情報が入るのだそうだ。
避難時に、出張所の責任者に貸しも作ったしな、とキセロがにやりと笑った。
王都からこの町までは早馬で一日くらいらしい。
竜王は王都からでも見えていただろうし、ジェノベゼのギルドマスターの手に余るとすぐに判断して、伝令のタイムラグを嫌ってわざわざ前線まで出て来たのだろう。
思い切りのいいギルマスだ。
「ロロ、運がいい。王都のギルドマスターは私たちと知り合いだ。あいつなら、巻き込んでしまえば、あんたの希望を聞いた上で今回の騒ぎを収めてくれるはずさ」
「ああ、もちろんこのまま放っといてもええぞ。わしらはダンジョンで何があったのか、お前さんからまだ聞いちゃおらんが、多少、町が混乱するくらいでケガ人や死人が出ないなら、それで構わんと思っとる」
タイラーの言葉に、風の探索者の残り三人がうなずく。
わしらからはこんなもんだな、とタイラーが確認するように全員を見回した。