23 ロロナ、初めての下着
ジャングル・ケリュネイアの魔石の残存魔力は、ものすごく減っていた。
蜘蛛神が出張してきたせいだろうなあ。
おりんが倒していた他の魔物を取り出して、わざわざ解体するのも面倒だ。そこまですると、途中で寝落ちしてしまいそうな気がする。
かといって、ストレージ内に保管していた魔法侯時代の魔石を使うわけにもいかない。
不良品や危険物を隠していた魔法の鞄ということになっているので、なぜそんなものが入っているのか、おりんに疑念を持たれてしまう。
転生の準備をしていたことは、口が裂けても言えない。怒られるからね。
つまり、残されたわずかな魔力のみで、私の下着を作る必要があるわけだ。
そこまで考えて後ろを振り向くと、服を着てる途中のまま、まだ凍りついているおりんが目に入った。
目の毒なので、早く服を着て欲しい。
「履いて、ない……?」
「うん、履いてない。ノー、パンツ。ノーパン」
おりんはとりあえず服を着ることを優先したようで、目を白黒させながらも、ようやく服を着終えてくれた。
「な、な、何を考えてるんですか!? 解放感がいいんですか!? 見られそうなのがたまらないとか、そういうのですか!?」
「そうそう。直接風を感じられるのが癖になって……って、違うから。ちょっと落ち着いて」
おりんの声が大きい。
このままだと、獣人の村人全員にわたしがノーパンだと知れ渡ってしまう。
「尻尾が大きいから、履けるのがないの」
「え? あ、ああ……なるほど」
落ち着いてくれたらしい。
おりんの声が、一気にトーンダウンした。
この世界の下着は、いわゆるドロワーズ系だ。
上部に紐がついていて、腰でそれを縛って固定する。
ただ、わたしの場合は尻尾があるので、腰まで上げれない。
浅くはいてきつく縛ったりもしたけど、激しく動くと段々ずれてくるので、最終的に諦めた。
ドロワーズを切って尻尾穴を空けてしまうという手もあるのだけれど、おりんのような猫尻尾ならともかく、わたしのもふもふ犬尻尾だと、通すのに必要な穴が大きくなりすぎて下着としての意味がなくなってしまう。
その結果、ノーパンでの生活を余儀なくされてしまったのだった。
「下着も着けずに、飛んだり跳ねたりされていたんですね……」
「尻尾で隠れるから、多分、見ようと思っても難しいよ。おりんも気付いてなかったじゃない」
「気付かれてたら、その時点でロロ様はもう致命傷じゃないですか……」
まあそうなんだけど。それをこれからなんとかしようって話なんだから。
さて、少ない魔力でどう作るかな。
尻尾の大きいわたしは、おりんみたいに穴を通すタイプの下着は難しいので、尻尾に当たらないよう、股上の浅い感じにする必要がある。
少しローライズ気味……パンツの上部をカットする形だ。半ケツ気味ともいう。
普通のタイプよりもずり落ちやすくなるし、わたしは結構動き回るので落ちないように……可能なら一分丈にしたら少しは違うかな。要は短いスパッツ。短パン型だ。
一応、腰まですっぽりおおうタイプで、尻尾用に大きな穴を開け、尻尾の上をボタン式にするという手もある。
これならパンツを引き上げてからボタンを止めればいい。
ただ、布面積が大きくなるので、残存魔力的に不安がある今回はパスだ。
方向性は決まったので、すぐに作り始める。
パンツ部分ができて、そのまま一分丈部分に差し掛かる。
あ、これは駄目だ。魔力が足りない。
諦めて仕上げに向かう。余りそうな魔力で蜘蛛神の大好物っぽい刺繍を入れてもらい、そのまま完成だ。
一瞬で刺繍が入った。その勢いで作ったら一分丈いけたでしょ。
結局、短パン型ではなく普通のローライズ系のパンツになった。
少々の不満を残しつつも完成した下着を身に着ける。
おお、これは……蜘蛛神の糸、すごいな。
これならどれだけ激しく動き回っても、全然ずり落ちる心配は無さそうだ。
蜘蛛神のサムズアップが見えた気がした。
「あの……おりん、何でずっと見てるの?」
ずっとこちらの下半身に向けられている視線に、振り返って声をかける。
ちょっと恥ずかしいんだけど。
「すみません、つい。その……本当に履いてなかったんですね」
うん、本当に履いてなかったよ。
さすがに限界だったので、改めて毛布を二枚ずつ、計四枚をマジックバッグから引っ張り出すと、そのままおりんと引っ付いて眠りにつく。
引っ付いて眠るのに照れを感じているほどの、体力的余裕はもうなかった。
入っていても違和感のなさそうな物を選んだだけだったけど、軍用の毛布を選んだことは結果的に正解だった。肌触りはともかく、防寒性能は高いからね。
山の上だということもあり、春の夜の冷気はなかなかに厳しかった。
次の日、獣人の村へぞろぞろと向かう。
おりんとわたしは、朝から目が死んでいる。
おりんの目が死んでいるのは、昨日、村長が村人たちにストラミネアの話を伝えてしまったせいだ。
おりんが昔作ったこの遺跡のおかげで、獣人たちは踏みとどまり村を作ることができた。その上、この地の平和のために百年も魔物と戦い続けていたおりんは、ドラゴンを倒してこの村を守ってくれた。
更には、おりんは自分たちの信仰する火精霊をその身に宿される方である!
……ということで、まさにスーパー守り神様になってしまったおりんである。
朝から行列を作って拝んでくる集団に、昨日は照れるだけだったおりんもさすがに死んだ魚の目になっていた。
私については、村の獣人たちみんな隠れていて、実際に召喚された竜王を見ていないため、インパクトに欠ける話題な上、メインのドラゴン退治をしたのがおりんなので拝まれるのは免れた。
わたしの目が死んでいる理由は、早朝に起こった事故のせいだ。
疲れ果てて眠った翌朝、寝ぼけたままトイレに行ったら、今まで下着無し生活が長かったせいで、パンツを下げるのを忘れてしまったのだ。
思わず変な声をあげてしまった。
水を流すための魔石のおかげで、洗浄の魔術を使うことができて本当に助かった。
その後、おりんが気の毒そうな顔をしていたのは、きっと気のせいに違いない。
そういえば使われていない期間が長いけど、トイレから流した先のスライム処理場は大丈夫かな。スライムはしばらくエサがなくても、休眠状態でしのぐらしいけど。
「おりん様は、今後はまた遺跡で暮らされるのですかな?」
なんか遺跡もどきに住んでたみたいなことになってるな。
おりんもストラミネアの作り話は一緒に聞いていたので、状況はわかっている。
「ええっと、ロロ……ちゃんと、一緒に行こうと思っています。あそこは……そう、戦うために拠点として使っていただけなので、もう住む気はないんですよ」
「そうなのですか……」
村長が目に見えて落ち込んだ。
「リーガスはこのあとどうするの?」
「もちろん、孤児院までお送りさせていただきます」
いや、敬語じゃなくていいんだけど。どっちかと言うと、おりんに対してなのかもしれないけど。
「確かに、ドラゴンを退治されるおりん様と比べれば、わたくしなど羽虫も同然でしょうな」
はっはっは、と愉快そうに笑う。
「ただ、おりん様は見た目は子供に見えますから、トラブル避けの置物とでも思ってください。それに、孤児院までお送りする約束でロロ様をお預かりしたので、約束を違えることになりますから」
おりんと目を見合わせる。
「二つほどいい?」
「はい、何でしょうか」
「おりんは力を使い果たしているから、今はそこまで強くないの。あとジェノベゼで、助けた冒険者とも会っておきたいけど、いい?」
「なんと!? それならばますますお送りしないといけませんな。もちろん大丈夫ですとも」
おりんは呪いを解くときのダメージで、魔力を集めるのが難しい状態になっている。
術師だけど、直接的な戦闘もできる子なので、まったく戦えないわけではない。そういえば、おりんに何か武器を渡しておいた方がいいかな。
本当は、二、三日は獣人の村に滞在する予定だったんだけど、色々と起こったこともあり、わたしたちはそのままジェノベゼに向かうことにしている。
おりんは最後まで拝まれていた。