22 猫の下着と蜘蛛の神
「成長の早い子だったから……」
「無理にフォローしてもらわなくて結構ですにゃ!」
胸ボタンのちぎれ飛んだサマードレスは、もし着れていたらきっとおりんに似合ったと思うんだけどね。
おりんはサマードレスからシルクだけ取り出して、それで下着を作ればいいかな。
わたしは丈夫さも欲しいので、コットンシルク(多分)のまま使おう。
ただ、パンツとして使うには、腰をゴム素材にするか、ストレッチ素材を混ぜたい。もしくはサイド部分を紐にして、いわゆる紐パンにするという手もあるが、ほどけたりが少し心配になる。
とりあえず、試してみるか。
「……あれ、パンツ作るのって何神だっけ?」
いきなり暗礁に乗り上げた。
神様にだって当然、得手不得手がある。どの神様に頼むかは大事なポイントだ。
「魔法がかけてある服とかマントはどうしてたんです?」
「あれはできたものに付与してたから、そのものを作ったことは……ああ、あった。素材を糸状にしてマントに編み込んだことがあったよ。あんまり使う魔法じゃないから忘れてた」
「織物の神様なんですか?」
「ううん、織物の神はよく知らなくて。蟲神に蜘蛛がいるの。シルクは虫素材だし、ちょうどいいよ」
先におりんの下着から作るとしよう。
包帯のままじゃかわいそうだし。
「おりんは尻尾のところはどうしていたの?」
「穴を空けていましたよ」
尻尾の邪魔にならないローライズ系の浅い下着――つまりはお尻の上半分はカバーしない股上の浅いもの――ではなく、お尻すっぽりのフルバック系の下着に穴を空けて、尻尾を通していたようだ。
おりんは猫尻尾なので、穴が空いていれば、さっと通せるんだろう。
マジックバッグから、晩御飯になった巨鹿、ジャングル・ケリュネイアの魔石を取り出す。
早速術式を描き始めるが、すぐに止めた。
おりんのお尻をじっと見る。
「…………」
「どうしました?」
「サイズが分からない」
「そこは魔法でなんとかして下さいよ」
「できるけど、魔力消費が増えるから」
よく分からないものを適当に丸投げで作ろうとすると、必要な魔力が極端に増えるのだ。
節約のためには材料の準備や作る物の情報は欠かせない。
「そう言われても、前は店で測ってもらってオーダーメイドでしたし、そもそも今は子供サイズに変わっているので分かりませんよ」
自分の腰やお尻をぺしぺし触ってから、おりんのお尻を再度見た。
「……私よりは大きいよね」
「そりゃ、まあ」
おりんから外した視線を横の壁に向ける。
「えーっと、その……できたら、ちょっとスカートあげてみてくれない? 尻尾の位置も確認したいし」
「いちいち照れられると、こっちも恥ずかしいんでやめてください。ロロ様が淡々としてたら、こっちも普通に対応できますから……」
「そう言われても……ほら、おりんがとってもかわいいから」
超、取ってつけたように、褒めてみる。
「え? ま、まあ……そういうことなら仕方ないですにゃ」
ちょろすぎて、将来が心配な三百歳児だなあ。
「じゃあ、代わりにお尻のラインが分かるように、こうお尻側のスカートを上から押さえていって太もものところまで……そうそう。あと、尻尾の位置は? うん、そこ? はい、もういいよ」
「最初からこれでいいじゃないですか!」
おりんに怒られた。
丸い穴を空けてもいいけど、うまくイメージできなかったので、バックにクロス、要はバッテンを入れることにする。
パンツのお尻部分にXを描いて、ウエストラインに繋がる上部分、逆三角形のところの布をなくして穴にするのだ。
魔法でゴリ押してもいいんだけど、後を考えるとここは魔力を節約しておきたい。
「じゃあ、作るよー」
蜘蛛神の力を喚ぶ術式を魔力で描き、魔法を発動させる。
服から糸が抜き取られると、更に細かい糸に変えられ、空中からふわりと現れた糸と撚り合わせられながらパンツが織り上げられていく。
唐突に現れたストレッチ素材の糸は、どうも蜘蛛糸らしい。確かに伸縮性がある素材だ。蜘蛛神的にも扱いやすいものなのだろう、魔力の消耗は多くない。
尻尾穴の部分を作り、形を整えていく。
魔力の消費は、予定よりも少なくすみそうだ。刺繍くらいできそうだな、と考えた瞬間、糸の色が一部変わりながら、すごい速さで刺繍が入れられていく。
唖然としながらも、そのまま完成させた。
……蜘蛛神は、刺繍が好きだったみたいだ。うん、まあ……ありがとう。
「はい、どうぞ」
「あのー、ロロ様……」
おりんの顔がゆでダコになっている。
普通の下着だと思うんだけど、どうかしたのだろうか。
「その、ロロ様は結婚していらっしゃらなかったですし、どういったお店に通われていたのかはあえて聞きませんけど、その、普通の女性の下着というものはですね……」
そこまで言われて、ようやく気がついた。
「あ、そうか。ドロワーズなんだ!」
この世界では、基本的に丈の長いかぼちゃパンツ的な下着が使われているのだ。
下着作りでテンション上がってて、完全に忘れてた。
おりんは、いかがわしい系のお店の衣装だと思ってしまったみたいだ。
ちがうよ。無実だよ。
「おりんが引きこもっている間に、下着は進化しました」
「え?」
よし、もう作ってしまった手前、後には引けない。ここはこのまま押し切ろう。
「これが、今の世界の最新モデルなの」
「……本当ですか?」
「ほんと、ほんと。夜のお店、ワタシカヨテナイ」
わたしが今作ったから最新モデルだ。間違いない。
「なんか怪しくないです?」
「アヤシクナイアルヨー」
「ないのかあるのか、どっちにゃんです!」
おりんにまた怒られた。
「まあ、試してみて。気に入らなかったらまた作るから」
「……分かりました」
背中を向けると、おりんがスカートを脱いで床に落とした音がした。それから、包帯を外していく音が背中越しに聞こえてくる。
変に想像してしまう分、これはこれでよろしくない。
「ロロ様、どうかしましたか? 顔が赤いような」
「何でもないよ。どうだった?」
「えっと、最初だけちょっと窮屈感がありましたけど、もう気になりません。肌触りはいいですし……昔のものと比べて、気分的に防御力が下がった感じがありますけど、大丈夫です」
よかった、よかった。問題無さそうだな。
「じゃあ、胸の下着も作るよー」
「そちらはサイズを確認したりしなくていいんですか?」
わたしはおりんの両肩をがしっとつかんだ。
「ブラジャーをなめてはいけない。バストの測定は素人の手に負えるものじゃないから、神に託すべき」
「……ブ、ブラ……? そ、そうなんですか?」
わたしの迫力に、おりんが後退る。
正しいサイズ選び、本当に難しいんだよ。
先程と同じ術式を組む。おりんをじっと見ながら、この子にぴったり合うものを、というイメージを保つ。
神任せの部分が大きいため、魔力の減りが激しい。最後にオマケで刺繍を入れておく。
「はい、できたー」
「……なんか、サイズが大きすぎませんか? それに、こっちもなんだか最小限と言いますか、胸だけでお腹周りはないんですね」
「正しい付け方を教えてあげますから。いい? まずはこう、腰を折って……」
…………
……
「やっぱり大きいような……」
「ちょっとそちらを向きますよ」
「まだ服着てないです!」
「直すんだから、着てなくていいの。ほら、アンダーの位置が低過ぎます。あと、ここの脇の肉も下着の中にしまって」
「こうですか?」
「もっと、この辺も、こうです」
「ひゃう、ちょっと急に触らないでくださって……ちょっ、下着に手を入れないで下さにゃあああ」
おりんは、全身灰色になってぐったりしている。
「ひどいですにゃ」
「サイズぴったりだったでしょう。さすが、わたしね。ほら、姿勢もよくなってる」
「猫だから猫背でもいいですにゃ」
「拗ねないの。ほらかわいくなったんだから」
「……本当ですか?」
「うん、さっきまでより、胸の形がきれいにでてるから、女の子の魅力アップよ。ロロちゃんにも褒めてもらうといいですよ」
「え?」
「え?」
視界が回った。
「ロロ様? ロロ様!?」
心配そうにおりんが呼び掛けてくる。
「あー、大丈夫大丈夫。……うん、多分。蜘蛛神を喚び出しちゃったんだと思う。なんか、途中から意識が途切れてたから……」
「そんな高度な術式組んでいたんですか!?」
おりんが驚く。
わたしも驚いているけど、竜王に続き二回目なのでそこまでびっくりはしていない。
「ないない。普通ならありえないんだけど。どれだけブラジャーに拘りがあったんだろ……」
「はあ……ロロ様が躊躇なしに下着に手を入れてきたから、変だとは思ってましたけど」
え、なにそれ怖い。
「蜘蛛神、なんか言ってた?」
「下着のつけ方を教えていただきました。後は、サイズぴったり、さすが私、と自賛しておられました」
「それだけ?」
「ええ、まあ……それだけ、です」
おりんの顔が赤い。
何かやってそうだけど、聞きにくいので、知らないふりをしておこう。
「とりあえず、服を着たら?」
「にゃにゃ!」
ブラジャー姿のおりんが、慌てて服を着始める。
さて、次は自分のパンツをささっと作ってしまおうかな。
早く終わらせないと、眠くなりそうだ。
「ロロ様は孤児院暮らしでしたね。ロロ様も下着が欲しいってことは、やっぱりあまり質はよろしくない感じなんですか?」
服を着ながら、おりんが声をかけてくる。
「ん? 履いてないよ」
おりんが凍った。