214 ソルトからの手紙
王都に帰り着いて……もっとも洞窟内の転移魔法陣からは一瞬なのでどちらかというと洞窟まで帰り着いてといった感じだけれど、ともあれ無事に地下室の転移魔法陣へ到着して、夕方の帰着だったので、そのままバルツたちとは解散して翌日にお城に報告に行った。
冒険者ギルドで指名依頼を出してもらっているので本当はギルドに報告でいいんだけど、返書があるからね。
ちなみにギルドでの指名依頼では手紙の配達先は秘密扱いとされていた。
不審がられるかと思ったら、この手の依頼ではちょくちょくあることらしい。
おりんとチアも来ているが、二人はエライア姫と遊んでくるらしい。
わたしもちび姫の相手の方が楽しいんだけど、残念ながらおじさんの相手である。
返書を差し出すとさすがに驚いていた。
「フィジオゾールさんから、ぜひお待ちしていますだって」
「うむ、ご苦労じゃったな」
ギルド連合の会議室でのやり取りについては、手紙の内容が必要な者にひとしきり伝わってからの方がいいだろう。
鍛冶師ギルドの返書はまだなので、ボッツの感触は悪くなさそうなことだけを伝えておく。
チアたちの様子を見に行くと、おりんを抱っこしたエライア姫がチアやメイドさんと一緒になにかやっている。
「ねえさまはがくいんにいきます。おべんきょうです」
おままごとのようだ。
「ちゃんこはだんすのレッスンです」
エライア姫が抱っこしたネコ姿のおりんを持ち上げたりして動かしている。
踊らせているつもりらしい。
エライア姫も最近ダンスを習っているんだろう。
しかし、ネコの状態でもエライア姫にあんな軽々持てるほど軽くなかったはずだけどな。
おりんはされるがままだ。
いや、たまにそれっぽく足を動かしてステップを踏んであげている。ちょっとダンスっぽく見える。
「ネコになってるのに器用だなぁ」
「それほどでもありませんよ」
横にヒトの姿をしたおりんがしれっと立っていた。
「あれ? ニセモノ?」
「分霊ですよ。ストラミネアに教わりました。カラダは蜘蛛神様製です。まだできることは少ないんですけどね」
「へー、すごいじゃん。おりんが術関係で自分からそういう勉強するの珍しいね。えらいえらい」
おりんの頭を撫でてあげる。
「感覚は慣らさないといけないですけど難しい理屈はいりませんし、できたら便利そうかと思いまして」
その後、 こちらに気付いたエライア姫に呼ばれてわたしたちもしばらく一緒に遊ぶことになったのだった。
屋敷に戻るとパントスと共に数通の手紙がわたしを待っていた。
「なにか問題あった?」
「おかえりなさいませ。いずれも順調です。三姉妹とイオナンタには、言いつけどおり警備兵の詰め所に差し入れもさせました」
「うん、いざというときのためにご近所付き合いは大事だからね」
「こちらの手紙は貴族や豪商から『聖女ロロナリエ』あての治療依頼と聞いて預かっております。それから、一通だけロロ様とおりん様あての手紙になっております」
わたしとおりん……誰からだろ。
「ギルド関係かなにか?」
「いえ、レストランのソルト・ノルマドのソルト氏からですね。ご利用されたことがおありで?」
「それなら、二人で一度だけね。ソルトさんか……なんだろ?」
手紙を開けると、季節の挨拶状だった。
秋になり一部メニューが変わりましたのでぜひお立ち寄り下さい、と書いてある。
誰にでも送るやつだろうと思ったら、文末にできる限りのおもてなしをするのでぜひ来て欲しい、よければその際に少し時間をとらせて欲しいとメッセージが添えられていた。
「これ、ただの挨拶状?」
「ホントに相談がありそうな感じにも読めますね。来店した有力者なんかに宣伝でもしていて、それ用の定型文の可能性もありますが」
横でのぞきこんでいたおりんも首をひねる。
別にわたしたちは有力者じゃないけど、顧客リスト全員に送っている可能性もある。
わたしたちでは判断がつかないのでパントスに見てもらった。
パントスは元商人で店のことも知っていたようなので、わたしたちよりは事情がわかるだろう。
「最後のメッセージは普通ならばないものですね。私見ですが、他の手紙のことも考えると治療依頼の可能性が高いのではないでしょうか」
「ああ、来たことがある侍女のロロとおりんに仲介できないか頼んでみようってことね。じゃあソルトさんのとこも早めに行っとくかな」
「承知しました。では予約をしておきます」
「チアと三人分ね。予定はないからいつでもいいよ」
「承知いたしました」
すぐにでもと言われて、その日の夜に食べにいくことになった。
今回は受付でとめられることもなく、予想通りに奥の個室的なテーブルに通される。
チアもおりんに練習させられているので、食事のマナーは一通り覚えさせられている。
練習にもなるのでちょうどいい。
食事を終えた頃にソルトさんがテーブルに現れた。
「お二方と初めましてのお嬢様、本日はご来店ありがとうございました。少々お時間よろしいでしょうか?」
「ごちそうさまー。おいしかったー」
「ごちそうさまでした。なんでしょうか?」
「実はお聞きしたいことがありまして、日国から来られたという聖女のロロナリエ様はあなた方の主人とうかがっております……。ケガで動かなくった腕を治した、足を失くした方に新しい足をお与えになったなどというお話は本当なのでしょうか?」
なかなかうわさが広まっているようだ。幸い尾ひれはまだ付いていない。
どちらも実際にやっていることだ。
「ええ、どちらも本当の話ですよ。腕も足も冒険者の人の話ですね」
それを聞いた、ソルトさんは目を閉じて小さく右の拳を握った。
「やはりそうなのですね……。治療をお願いしたい者がいます。どうすればよいか教えてもらえませんか? 高位の神官様か、貴族の紹介状があればよいのでしょうか」
「急がないなら施療院で待っていればそのうちやって来ますよ。まあ、伝えたらすぐにでも治しましょうと言うのが目に見えていますから、治療してもらえるようお願いしておきます。明日にでも屋敷に連れてきていただけますか?」
「なんと、さすがは聖女様。慈悲深い……」
感動しているところ申し訳ないが、肩のこるロロナリエの仕事は早く片付けてしまいたいというのが本音である。
それを分かっているおりんは苦笑い気味だ。
チアは素直に治すなら早い方がいいよねーとうなずいている。
よい子だ。そのまま育って欲しい。
「明日……朝でもよいですか? もちろん難しければこちらが都合を合わせますが」
「大丈夫ですよ。では、そのようにお願いしておきますね」
「ありがとうございます!」
その後、その日の食事代の料金は頑として受け取ってもらえなかった。
うーん……。
仕方ない、せめてもの穴埋めにまた来るとしよう。
チアのマナーの練習にもなるしね。




