213 職人連合ギルド その2
アダマンタイトゴーレムを気軽に出してしまったが、よく考えたら重いので場所によっては床が壊れる危険性もあった。
幸い今回は大丈夫だったが、次から気を付けよう。
「アダマンタイト!?」
「アダマンタイトのゴーレムなぞ初めて見たぞ! そんなものがいるのか!?」
「知らんのか? もっとも、わしも四百年ぶりに見るがな!」
「どう見ても本物じゃな……全身すべてアダマンタイトじゃわい」
ボッツを含めた鍛冶師と思われるドワーフたちが、ドカドカとすごい勢いで席を立ってアダマンタイトゴーレムの周りに集まってくる。
フィジオゾールさんも落ち着いた所作でやってきた。
「……驚きました。あなたの国には希少なゴーレムの発生しやすいダンジョンでもあるんですか?」
「いえ、ホントにどちらも偶然です」
腕を持ち上げて確認していたボッツが何やら思案顔で話しかけてきた。
「もし行って向こうの連中を指導したら俺も扱えるのか?」
「へ? そりゃ親方が来るなら大歓迎だろうけど……アダマンタイトなら扱ったことあるでしょ?」
「息子の住んでる国だから少し興味はある。もし行くならついでだろ?」
わたしにとって、正直アダマンタイトはあまり利用価値がない。
希少ではあるのだけどチアの剣に多少使われている程度で、このゴーレムもストレージのこやしになるか、売り払うくらいしか用途がない。
「そんなことしなくても親方なら普通にプレゼントするけど」
「バカ言うな。剣一本分でどれだけするか知ってんのか」
「これ倒したのってチアとおりんだから、おりんはいいって言うでしょ」
あとはストラミネアが妨害や足止めをしていたくらいか。
チアとおりんも要らないだろうから回収係になっていたのもあってわたしが持っているが、戦闘ではわりと何もしていない。
おりんに目をやると、今度は紙に次々と描かれるデザイン画をドワーフに押し付けられているところだった。
「うーむ、しかしな……」
「丸儲けになるのが気になるなら、なんかすごい剣士が来た時に、『剣がお前を選んだ。金は要らん』とか言って渡せばいいんじゃない」
「なんだそりゃ……」
「いいですね。それは鍛冶師が言ってみたいセリフランキングでも上位に食い込めますよ」
ボッツは半眼になったが、フィジオゾールさんはノッてくれた。
意外に楽しい人だ。
あと、その謎のランキングに入ってる他のセリフはなんなんだろうか。
少し気になる。
「親方は岩に刺さってる抜けない剣のほうが好みだった?」
「自分の作った剣を岩に刺しとく趣味はねえよ」
「チア、抜いてみたーい」
「選ばれたものしか抜けないというのは、実際にありえるのでしょうかね」
星眺の魔女ソフィアトルテは、器用にも好意を持っていないと解けないなんて童話に登場するような魔法を作っていた。
あれは呪い系の魔法だったからイメージはよくないけど、理屈では可能そうである。
「ぱっと思いつく範囲なら、特定の神の強い加護がないと岩から抜けないようにする魔法なら可能だと思います。もちろん簡単に組めるものでもないですけど」
加護の強さの設定次第では誰にも抜けなかったり、抜ける者が多数になりそうなので調整は難しそうだが、武神や戦神の強い加護がないと抜けないようにしてしまえば、手に入れた者がてんで弱いという心配もない。
そこまで強い人だと既に愛用の武器とかありそうな気もするけど。
でも大地神アウレアとか、女神に祝福された少年とかの方が主人公っぽい感じはあるよね。
もしくは、精霊の類を宿してそれに選ばせるか。
ハイナーガなら好みの美少年にしか絶対に剣を抜かせないと思う。
「それはおもしろいですね。ただ、岩を砕いてしまえばいいのでは……と、誰しも一度は考えてしまうところでもありますが」
「たしかに岩を空間に固定するとか、何かしら別の対策は必要でしょうね」
「真面目な顔して何言ってんだ、お前ら」
「ボッツ君、そうバカにしたものではありませんよ。うまくやれば名所として観光資源にできるかもしれないですからね」
そこで、アダマンタイトゴーレムを囲んでいる鍛冶師の一人に呼ばれ、フィジオゾールさんはそちらに行ってしまった。
アダマンタイトゴーレムと天然もののアダマンタイトとの違いを解説している。
「名所ねえ……。町の維持や運営なんてものは、俺にはよくわからんな」
ボッツの言い方的に、フィジオゾールさんは町自体の運営にも関わるようなポジションの人ってことかな。
独り言を言ったボッツは、なにやらわたしの顔を興味深げにのぞいてきた。
「どうかした?」
「いや、何の意味があるのかわからんことを真剣に考えてたところが昔の友人と似てたもんでな……。もっとも、今みたいな妙な思い付きはあいつからは出てこないだろうけどよ」
その辺は前世の御袖宮りえからの発想だからね。
「急にいなくなってすみませんね。ともあれ、ここにいる者の反応でもわかるように鍛冶師ギルドも色良い返事が期待できると思いますよ」
「そうですか。そういえば、あとにしようかと思っていたんですが、まだ鍛冶師の方たちも宝石職人の方たちも盛り上がってるみたいなので……」
鍛冶師たちはアダマンタイトゴーレムをひっくり返して採れそうな量を確認しているし、宝石職人たちは大きな素材をどう生かすべきかを議論している。
「なんでしょう?」
「国王から、フィジオという鍛冶師に会ったらと伝言を頼まれています」
「ヴェルニチェリ国王から……?」
「国王を知ってるのか」
「いえいえ、まさか。知りませんよ」
フィジオゾールさんが首を横に振る。
あれ?
あ、そうか。冒険者としての知り合いの方かもしれない。
「国王は昔『ロック』っていうパーティーで冒険者をしていて、アーウィンって名前なんですけど……そちらなら聞き覚えありますか?」
「『ロック』のアーウィン!?」
フィジオゾールさんが驚いた声を出す。
その声で他の職人たちもこちらを注目した。
「彼が国王になったんですか!? どうやって!?」
「どうやってというか、生まれたときから王族のはずです。冒険者時代は隠していたそうですけど」
「驚きましたね……。他のメンバーはともかく、アーウィンはどう見てもそこらから勝手に生えてきた雑草みたいな冒険者らしい冒険者でしたよ」
言いたいことはわからなくもないが、そういう扱いなんだ……。
まあ、本人に言っても喜びそうだからいいか。
フィジオゾールさんほどじゃないが驚いていたボッツが、ふと何かを思いついたような顔をした。
「ロロ、トニオって男は知ってるか?」
「トニオ司祭? 大地神教の神官さんでまあまあ偉い人だよ」
「そうか、生きてるならいい。あいつの剣は俺が打ったんだ。話に割り込んですまん」
じゃあ、星銀の地底湖に行った時にトニオ神父が腰に穿いていたあの剣はボッツの打ったものだったのか。
「おい、悪いがわしも聞かせてくれい。他にもエルヴィンだかエルヴンだかいうやつがいただろう。あやつはどうしておる?」
「エルヴィン宰相ならいつも国王に仕事を押し付けられて怒ってるよ」
わたしが答えると尋ねてきたドワーフが笑いだした。
「ワッハッハ、目に浮かぶわい。しかしあの男が一国の宰相か。たしかに言われてみると納得できるところもある。まあ、壮健であるならわしの鎧がよい仕事をしたということじゃろう」
今度は別の方から声があがる。
「おい、ドゥラティオはどうした? 死んだか?」
「生きてるよ。冒険者ギルドのギルマスしてる」
「なんだ。冒険者なんてさっさとやめちまいたいなんて言っとったのに、まだ冒険者と関わっとるのか」
「みんなよく覚えてるね。『ロック』が活動してたのって、結構前じゃないの?」
ドワーフたちが長寿だっていっても、国王が冒険者をやってたのは三十年前とかだろうに。
ここでもそんなに有名人だったのだろうか。
「あいつらはミスリルゴーレムを倒して持ってきたんだ。今のお前さんたちみたいにな。それで魔術師以外の全員がここでミスリル製の装備を作っていったからみんなよく覚えている」
「そういうことです。ひどい有り様で、あなたたちのように小ぎれいな恰好ではありませんでしたけどね。それで彼は私になんと?」
「『今は家業で忙しいが近々息子に譲るから、またその時は手入れを頼む』って」
「ふふふ、国王の仕事を家業扱いですか。彼らしいですね。CランクやDランクの冒険者がスケイル・レンダーの群れを倒したり、ジュエルゴーレムやアダマンタイトゴーレムまで仕留めているのを不思議に思っていましたが、彼らの弟子といったところですか?」
「ただの後輩ですよ」
「親書を持ってきたのに、ですか」
「便利に使われてるだけです」
そう答えたが、フィジオゾールさんはなにか含みのありそうな笑みを浮かべている。
その目がそんなわけないでしょう、と言外に語っていた。
そんなわけあるんだけど。
「国王がアーウィンだというのなら、協力するのはやぶさかではありません。気取った返書をする必要もないでしょうし、持ち帰れるよう冒険者ギルドに納品されたスケイル・レンダーの件が片付くまでには意見をまとめて返書を作成しておきます」
「はあ、ありがとうございます」
もらえるというなら持って帰るけど、わたしたちの仕事は手紙をこの町に届けるところまでなので、返事はどちらでもいい。
急いで持ち帰ってもヴェルニチェリ側が対応できていないんじゃなかろうか。
「国を治めているのがあいつらなら、行ってやってもいいって連中もいるだろう。いい返事を期待しておけ」
最初にチアをここまで引っ張ってきたドワーフから意外な言葉をもらった。
国王たち、ミスリルゴーレム以外にもなにかやっていそうだな。
妙に人望があるようだし……。
その後、結局ボッツにアダマンタイトゴーレムの一部を押し付け、予定外の返書まで預かってわたしたちは帰路についたのだった。
ちなみに、ボッツは石炭を思ったより質がいいとほめていたが、残念ながら鍛冶師ギルドの返書はさすがに間に合わなかった。




