211 スケイル・レンダーの群れを倒す
みんな戦車の戦いっぷりに夢中だったが、一部のドワーフや冒険者たちが必死に早く逃げろと叫び続けている。
「言わんこっちゃねえ! 仲間を呼びやがった! だから最初から逃げろって言ってたんだよ! 早く! 町まで逃げこめ!」
「“戦えるやつら”は時間を稼ぐぞ! 準備しろ!」
もう走っているアーマーフォートはいないのに、どれだけスケイル・レンダーが向かってきているのか。
地響きがさっきからずっと続いている。
さすがに、見物客たちもこれはまずそうだと避難を始めた。
「お、おい。早く逃げよう!」
ドワーフの少年たちも町に向かおうとしている。
「こりゃヤバ……くもないな、うん。別にヤバくなかった」
バルツがすましているおりんを見て、途中で言い直す。
「臭いで追い払うようにしていたのは、結局仲間を呼ぶからってことみたいだね」
「そのようですね」
「うんしょ、うんしょ」
まだ時間がありそうなので、チアは魔法の鞄から取り出して、街着の上から革製の冒険者用の服を着ている。
落ち着いているわたしたちをドワーフの少年たちが急かしてきた。
「なにしてるんだ、早く逃げないと」
「うん、避難してて。わたしらは“戦えるやつら”の方だから」
「何言ってんだよ! さっきの戦い見てただろ。あんなのがいっぱい来るんだぞ! あんなのと戦えるのは冒険者とか一部の……」
「うん、わたしらはその“冒険者”だからね」
チアが小さな体に不釣り合いな巨大な剣をいつものようにスラリと抜き払い、それを見た少年たちが息を呑んだ。
「おい、大丈夫か?」
困ったような顔のボッツがおりんに小声でこっそりと声をかけた。
「あの程度の相手に遅れをとったりしませんよ」
「お前が負けるなんて思ってねえよ。ドワーフ王国はヴェルニチェリよりも帝国に近いだろ」
目立たない方がいいんじゃないかと言いたかったらしい。
「じゃあ、今日はお二人に目立ってもらいましょうかね」
「ほえ?」
「こいつら戦えるのか? いや、そうか……そちらの娘はあの剣の持ち主だったな。こっちも……まあ普通じゃあねえか」
食い止めるべく、警備の冒険者たちや、獲物を携えたドワーフたちが競技会のコースを越えて前面に集まっていっている。
思ったより数は多い。
戦える者が多いあたりは、さすがドワーフの街といったところだ。
特別席にいた軍人らしきドワーフもいる。
戦車に乗っている者たちも逃げ出す素振りはない。
「チアが目立ったらどうなるの?」
「おりんを守ることになる……かも?」
「ホント? チアがんばるね! 血刀術使っていい?」
「それはやめて」
うーん、見ている感じ、代わりに目立ってくれるAランクやSランクなんかの冒険者はいなさそうだな。
「来たぞ!」
興奮し、ヨダレを垂れ流しながらあちこちから突っ込んでくるスケイル・レンダーの群れが見えた。
数は三十を越えている。
バラけていたのが集まってきたらしく、半包囲のような形になっていた。
その数を見て、食い止めようと集まっている者たちから舌打ちが聞こえる。
「Cランクの冒険者パーティーは一体ずつ受け持て!」
「それじゃあ数が足りん!」
「王国軍所属のハルブルだ! 正面はわしが受け持つ!」
「数が多い! 逃げたい者は今のうちに逃げてよいぞ!」
それでも当然のようにドワーフたちは誰一人動かない。
「さて、わたしたちもそろそろ行こうか。ストラミネアは念のためにみんなを守る方をよろしく」
「承知しました」
視界の広いストラミネアに防御は任せて、わたしたちは攻撃だ。
「いってらっしゃーい。競技会終わったあとでよかったね」
気楽な物言いのフィフィに、ドワーフの少年たちが困惑した視線を向けている。
それらに見送られながら、ポテポテと歩くチアを先頭に冒険者たちの方へ向かった。
「よろしくお願いしまーす」
「おい! ガキが何しに来やがったんだ! 死にたくなけりゃさっさと逃げてろ!」
鼻の上にシワを寄せた冒険者にいきなり怒鳴られた。
あれだけの戦車でかかって一体倒したんだもんなあ。
避難が終わるまでの時間稼ぎと言っても、敵が三十以上いるとくれば、やはり酷い戦いになると予想しているようだ。
「こっちも冒険者なんだけど。取り分が減るからってカリカリしないでよ」
「と、取り分……!?」
思い切り眉根を寄せたドワーフに、隣のドワーフがカッカッカと笑った。
「ここは一応わしらの持ち場にさせてもらっとる。やつらを全部倒すつもりの嬢ちゃん、お前さんたちのランクは?」
「CとDだよ」
「うむ。それなら端中央は避けて撤退しやすく敵の数の少ない左翼で一体……いや、他の者たちの支援を――」
「このままじゃ勢いを止めきれん! まずは一発かましてくるわい!」
叫んで戦車が一台飛び出した。次々と戦車がそれに続く。
無茶だ、やめろ、と集まっている者たちから声が飛んだ。
一体目を倒した時にも思ったが、戦車に乗っている者の練度はバラバラだ。
優勝狙いや軍関係者へのアピールのためのチームはそれなりの搭乗員を揃えているが、お祭りに参加しに来ただけのような者たちもいる。
魔物と戦ったことなんてない、ドワーフ特有の負けん気だけで突っ込んでいく彼らが戦車から振り落とされてもしたら、その後どうなるかは想像に難くない。
戦車に乗っていた者たちは、早く倒してしまえていれば、と仲間を呼ばれたことに責任を感じているのかもしれない。
「バカ者め! くそっ、こうなりゃ、わしらも突撃じゃ!」
「おお、やってやるわい!」
集まっていた冒険者や軍人たちが動き始めた。
「チアも行っていーい?」
「うん、みんな前に出るみたいだからね」
「私は数の少ない左の方でいいですか?」
「じゃあわたしは右、チアは正面ね」
「はーい」
返事と同時にチアがまっすぐに飛び出していった。
「な、なんじゃ、あやつ!? 速いぞ!」
チアは瞬時に最前列に踊りだすと、更に戦車に追いついてそのまま飛び越えた。
そのまま躊躇なく真正面にいたスケイル・レンダーに突っ込んでいく。
頭を縦に断ち割り、勢いそのまま二体目の首を跳ね飛ばす。
三体目のスケイル・レンダーも、反応する間もなく心臓ごと体を切り裂かれた。
ウロコが硬いといっても、金属のゴーレムを切り裂き、アダマンタイトに傷をつけるチアには薄皮程度のようだ。
「あの娘、強いぞ!」
「骨ごと両断しおったわ!」
「急げ! 囲まれんよう援護するんじゃ!」
さて、わたしの方はどうしよう。
幸い時間はあったので、マナを変換する時間は十分にとれた。
こちらには群れの半数がいる。
大技で一気にやってしまおう。
とはいえ、アーマーフォートやドワーフたちを巻き込むわけにもいかないし……。
「凍らせればいっか」
遠ざかっていく戦車たちの背中を見ながら、術式を描きあげる。
「まだじゃ、まだ射るなよ! もっと近づいてからじゃぞ」
「今じゃ! 撃てー!」
ドワーフたちの声を聞きながら、わたしは静かに氷精霊の力を組み込んだ魔法を発動させた。
作り出された一粒の氷が足元に落ちると、そこから一本の細い線が一直線に地面を伸びていく。
伸び続ける氷の線は、ドワーフたちを追い越し、戦車の下をくぐると狙い定めていたとおり先頭のスケイル・レンダーの地面を蹴るその足に命中した。
同時に、爆発するように超低温領域が展開する。
「なんじゃ!?」
あっという間に全身を凍結させたスケイル・レンダーの体を、ちょうど戦車から放たれた矢が貫き、砕いていく。
凍りついたその体からは、更に氷の線が地面をツタのように広がっていった。
それを踏んだ次のスケイル・レンダーが瞬時に凍結し、またそこを起点に氷の線が広がっていく。
戦車の向こうで一部よく見えないが、これで右側から向かってきていたスケイル・レンダーは片付いたはずだ。
左の方ではおりんが山なりに飛ばした火球が戦車を飛び越えて魔物を順に燃やしていくのが見えた。
目立つのを避けたつもりなのか、大技ではなく各個撃破にしたらしい。
真ん中ではチアが暴れているし、もう片付きそうだな。
思ったとおり、そのままけが人もなくスケイル・レンダーの討伐は終了した。
「おぬしら、倒せるなら倒せると先に言わんか! 深刻になって損したわい!」
「言っても信じてくれなさそうな雰囲気だったし」
「まあ、たしかに信じなかったじゃろうが……。なんでそれでおぬしらCランクとDランクなんじゃ……」
「あんまり仕事してないからかなあ……?」
「早く上げるようにギルドに言っておいてやる!」
所属ここじゃないし、それはあんまり意味ないんじゃないかな。
一緒に競技会を見ていたドワーフの少年たちもやってきた。
「すげえ!」
「やるじゃん!」
「よく戦車を守りましたね。特別に戦車愛好会の新会員にしてさしあげましょう。デュフフ」
「お前ら、戦車より強いじゃん!」
そう言われるとそうだけど……。
あと、会員はいいです。
「それはそれ、これはこれ。それに戦車に乗った方が、もっと強いかもしれないじゃない」
「魔術には関係ないだろ……」
そうか、言って気付いたがどさくさにまぎれて戦車に乗って戦ってもよかったかもしれない。
惜しいことをした。
魔術方面には明るくないものがほとんどのドワーフたちは、よくわからない魔術や魔法で倒したわたしやおりんよりも、チアのところに集まっている。
やはり武器を手に自ら戦う者こそ、ドワーフたちにとっては誉れ高い戦士なのだ。
まあ、一部はチアのところというか、チアの剣のようだが。
チアはわたしが作ったことはむやみに言うなという教えで、製作者も入手経路も材料も彫られている紋様についても、すべての質問をよくわかんないだけで乗り切っていた。
製作者以外は本当に知らないだけだけど。
いつもなら鍛冶関係となるとしつこいドワーフたちも、本当によくわかっていない子供のチア相手に問い詰めても無駄だとあきらめたようだ。
それでも剣を囲んで長いことあーだこうだと話していた。




