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207  ドワーフの国へ


「ドワーフ王国じゃと?」

「うん。鍛冶師のバルツさんが久しぶりに帰省するから、一緒にね」


 一応しばらく空けることになるので、国王にも伝えておくことにした。


「一応聞くが、普通に歩いていくのか?」

「それだと日数かかっちゃうから、ズルするつもり」

「やはりそうか。それなら、ついでに一つ頼みがある。手紙と石炭のサンプルを届けて欲しい」

「ああ、例の鉱山の」

「うむ。品質のよいものの輸出先候補じゃからな。普通に使いを出すよりロロに頼んだ方が到着は早かろう」


 質の落ちるものについては、一部北方の国への燃料用途での輸出も考えているそうだ。

 

「その辺の指示は息子さんに任せてるんじゃないの?」

「手紙を送るのにわしの名前を借りるとついさっき言われたばかりでな」

「こっちはいいけど、わたしたちCランクとDランク二人の混合パーティだよ。大丈夫?」


 使者の護衛ならともかく、手紙を預かってもいいのか?


「届けるだけじゃ。どちらかと言えばこういうのはランクよりも信用の問題じゃ」

「それならいいけど」


 日国に出発してから半年以上依頼を受けていなかったから、まだしばらくランクが上がる予定はない。

 この前、ようやくフィンフィールド北部辺境伯からの依頼を一件こなしたところだ。


「では、依頼をまわさせておく」

「わかった。引き受けとくよ」

「ああ、それとな。こういう名前のドワーフに会うことがあれば……」



 ◇ ◇ ◇



「一応聞くけど、行き先は他の人には言ってないよね」

「そりゃな。数日でドワーフの国まで行けるなんて、他人には言えないだろ」


 ドワーフ王国内の廃坑に転移したわたしたちは、森を抜け、丘を歩き、ドワーフの多く集まる一番大きいカザードの町を目指している。


 丘の上の細い道から見えた小さなドワーフの集落の周囲には畑が広がっていた。

 チアがそれを見ながら不思議そうな顔をしている。


「ドワーフって、みんな穴掘ってるんじゃないの?」

「おいおい、ドワーフを何だと思ってるんだ」

「洞窟で石掘ってなにか作る人」

「……まあ、人族じゃありがちなドワーフ像じゃないかな」


 頭を抱えたバルツにフィフィが笑う。


「ドワーフのみんながみんな鉱夫や職人だったら、どうやって食料や木炭を調達するんだよ……。ああいう風に集落を作って作物を育てたり、炭を作ったりする森人って呼ばれるドワーフもいるんだよ」


 森人はポツポツと集落を作って暮らすため、大きな町を形成する職人系のドワーフと比べるとどうしても存在感が薄い。

 ドワーフといえば職人、というイメージはやはり強いからね。


 数日後カザードの街に到着したわたしたちは、早速バルツの父親であるボッツの工房へ向かった。


 バルツは、あまり変わってないなと言いながらズンズン進んでいく。


「バルツから聞いてはいるけど、どんな人たちだろ」

「母親のナンナは心配しなくても大丈夫ですよ。歓迎してくれると思います。ボッツさんの方は仕事と酒のことしか興味ないようなタイプですから気にする必要もないと思います」


 フィフィの方は、恋人の両親との対面ということでちょっと緊張しているようだ。

 おりんが安心させるように優しく笑う。


「おう、着いたぞ。そこだ」

「え? ホントにここ? 大きすぎない?」

「親父の弟子もいるし、兄貴たちもここで仕事しているからな。それに奥は住居になってる」


 中に入ると、武器や盾なんかが飾られており、受付のような場所に一人のドワーフがいた。

 年齢不詳なのはドワーフ共通だ。


「あ! バルツさんじゃないですか! 帰っていたんですか」

「今着いたばっかりだよ。バラッジ、久しぶりだな。親父たちはいるか?」

「はい、親方は奥で若い連中を見ています。グラッツさんとロッツさんも工房内にいるはずですよ」

「わかった。こっちの四人は……俺の客だ。親父の客でもある」

「親方の……? わかりました」


 俺は親父に声かけてくるから待っててもらってくれ、と言ってバルツは奥に歩いていった。


「では、みなさんこちらへどうぞ」


 彼らは自分たちも長命種なので、見た目通りの年齢でないものが世の中にはいることも心得ている。

 丁寧な態度で奥の商談用らしき席に座っているよう案内された。



 ◇ ◇ ◇



 奥に行くにつれていくつも聞こえる鎚音が大きくなる。懐かしい工房の匂いがした。

 ヴェルミチェリ王国にある自分の店の工房とはまた違った匂いだ。


 親父の徒弟たちに順に声をかけられ、その声で兄貴たちも気付いたようだ。


「バルツ! 久しぶりだな! 元気にやってたか?」

「ああ。兄貴たちも変わりないか?」

「三人目が生まれて、うちはもうもうてんやわんやだ!」


 一番上の兄グラッツが豪快に笑う。


 この豪快さは俺が持てなかったものだ。

 そして、親父譲りの鍛冶に関する天然の嗅覚とでも言うべきものも。

 親父の技術を一番受け継いでいるのは間違いなくこの兄だろう。


 同じやり方で同じ道を歩いても俺はこの兄の後ろを歩くことしかできないだろうと、居場所を求めて国を飛び出したのだ。


 兄の後ろを歩くのは別にいい。ただ、それでは俺は下を向いてしか歩けない。

 俺は胸を張って歩きたかった。


 随分と遠回りした気もするが、そのおかげでフィフィと出会えたし、色々と縁があったヴェルミチェリで腰を落ち着け、慕ってくれる人族の職人仲間もできた。


 そして最近でも、おりんさんやロロとの出会いがあり、鍛冶神様との邂逅したおかげで職人として一つ大きな壁を超えられた。

 国を飛び出した当初は迷いもあったが、今ではあの時旅に出てよかったと心から思う。

 後悔は微塵もない。


「腰を落ち着けたとは手紙で知っていたが、おもしろくない扱いはされていないだろうな?」

「ありがとう、ロッツの兄貴。いいところだよ。ドワーフだからと割りを食ったことは、まあほとんどないな。……ドワーフと見るとどこにいっても酒を出してくるけどな。別にドワーフだからって四六時中水代わりに飲んでるわけでもないんだが」

「そりゃドワーフの宿命だ。実際、それで大喜びするやつがほとんどだしな」


 ロッツは豪快さはグラッツに譲るが、細かなところもしっかりと押さえていく丁寧さが同居している。

 これも自分には真似できなかったことだ。


 自分は鍛冶師としては才能のない半端者だった。


 ただ、鍛冶神を降ろしてもらってから気づいたが、能力や技術で自分は兄たちにそれほど決定的に劣っているわけではない。

 兄たちとの差はドワーフのやり方との相性や、気づいてしまえばあっけないようないくつかの小さなコツだった。

 もちろん、教えてもらわないとわからない自分と違って、それを自力でつかみ取ることができるのが兄貴たちのスゴさなわけだが。


 とはいえ、おかげさまで昔の二人に追いつき追い越すくらいには腕が上がったはずだ。

 もちろん今のグラッツやロッツは更にその先にいるだろう。

 バルツの知っている兄二人の腕前は数十年前のものなのだ。


 徒弟の打ったものを検分して厳しく指摘する親父の背中が見えた。


 手紙はたまに送っていたとはいえ、直接顔を合わせるのは数十年ぶりだ。

 白髪が増えただろうかと一瞬思ったが、いや、昔からこんなもんだったなと思いなおした。


 久しぶりに親父を見たせいで妙な感慨がわいたせいだな。


 幸い仕事中の親父の目つきの鋭さは、一瞬で感慨をすべて吹き飛ばしてくれた。

 まだ小さく思えるような背中ではない。


「親父、帰った。俺も一つ見てもらっていいか」

「おう、久しぶりだな。で、どれだ?」


 それだけで再会のあいさつは終わった。


 近況を聞く言葉の一つもなく、作ったもの早く出してみろ、とその目が催促している。

 やはり親父は親父だ。


 荷解きをして、一つの剣を差し出した。


 鞘から抜き払い、黙って剣を見る親父の目は鋭く、空気は硬い。

 こうやって親父に出来を見てもらうのはいつ以来だろう。


 周囲もだんだんと静かになった。

 作業途中であった者たちの鋼を叩く音だけが響いている。


 しばらくして、親父がようやく顔を上げた。


「腕を上げたな。しかし、これは……ヴェルミチェリ王国にいると聞いたが……お前、誰に師事した?」


 さすが、親父だ。

 俺のやり方が変わったことはもちろん、それが自力でたどりついた答えじゃないだろうことまで剣一本見ただけですべて見抜かれた。


「師とまでは呼べないけど、少しばかり教えてもらったんだ。それで親父、俺はもう一人前になれたと思うか?」

「ん? ああ……そういうことか。安心しろ。お前はもう一人前の鍛冶師だ。俺が保証してやる。それでかみさんだか、未来のかみさんだかは連れてきているのか?」


 認められたことを喜ぶよりも、今回の目的をあっさりと看破した親父に動揺してしまった。


「な……なんで!?」

「そりゃ、これで三度目だからな。同じようなやりとりを三回もしてれば、俺だっていい加減覚える」


 にやりと笑った親父の視線を追って兄貴たちに目を向けた。


 顔を背けているグラッツは腕を組んだまはま不機嫌そうに鼻を鳴らし、ロッツはバツが悪そうに鼻をかいていた。


 旅に出た時にはまだ一人身だったロッツも結婚したらしい。

 どうやら順番は守ったようだ。


 グラッツの兄貴に子供が生まれた祝いに加えて、ロッツの兄貴の結婚祝いも用意しないといけないな。


「……連れてきてるよ。それと、ヴェルミチェリ王国からの旅の連れが、親父への手紙を預かってる」

「手紙……誰からだ? まあ、見りゃわかるか。おい、少し出てくるぞ!」


 親父はデカイ声で怒鳴ると表へ向かう。

 慌てて後ろから付いていった。


「それで、お前誰から教わった?」

「すまないけど、それは約束で言えない」


 そんな約束はないがそう答えた。


 鍛冶神をロロたちが喚んだとか、それを俺に宿したなんて知られれば、騒ぎになる。

 うらやましがられる程度済めばいいが、ギルドからは間違いなく召喚要請がくるだろうし、鍛冶神を篤く信仰するドワーフたちがどんな行動に出るかわかったもんじゃない。

 ロロたちが危険な連中に狙われてドワーフ王国に出入りするのが難しい状態になる可能性すらある。


 親父が他人に話すとは思わないが、どうせすぐにヴェルニチェリ王国に帰る自分のことでわざわざ親父に不必要な秘密を抱えさせることもない。


「……俺は昔、安息(レクイエム)を見たことがある。それから、()()旅の商人がお前の店で買ったという剣も二年ほど前に見た。正直、突飛だとは思うがお前にどんな奇跡が起こったのかなんとなく想像はつく」


 親父の口からさらっと神器とも呼ばれる剣の名前が出た。

 鍛冶神が鍛えたというルーン文字が刻まれた伝説の魔剣だ。


「真面目にやってりゃ、そういうことが極まれに起こりうると聞いたことはある。約束ってのは――」

「親方、バルツさんのお連れさんにごあいさつですか? それならあっちですよ」

「……おう」


 ちょうどバラッジに声をかけられて、話はそこで打ち切られた。


 顔を合わせた親父が怪訝な顔をした。

 四人とも女で誰が俺の結婚相手なのかわからなかったからだろうか。


「……おい、さっさと紹介しねえか」

「あ、ああ……悪い。こっちのハーフリングのフィフィと……その、一緒に店をやってるんだ。で、他の三人は護衛を引き受けてくれたフィフィの友人の冒険者だ」

「そうか。フィフィさん、息子が世話になっている。バルツが色々と迷惑をかけていると思うが、今後ともよろしく頼む」


 親父が頭を下げた。

 軽くではなく、深く、丁寧に。


 フィフィたちも驚いていたが、俺も驚いた。 


「あ……いえ、えっと……こちらこそよろしくお願いします」


 フィフィがなんとかそう返すと、親父が満足そうにうなずいた。


「バラッジ、ナンナを呼んでこい。来客はナンナに任せる。バルツが未来の嫁を連れてきたと言え!」

「へい、親方!」


 バラッジが母さんを呼びに住居の方へ駆け足で消えていった。


「み、未来の嫁……」


 フィフィの顔がみるみる赤くなっていく。

 それを見ているおりんさんたちは微笑ましそうだ。


「それでバルツ、お前ヴェルニチェリに帰るんだよな。ここにはどれくらいいるつもりだ?」

「そんなに長くいるつもりはないけど……特には決めてないな」

「そうか。ここにいる間、できる限りお前を鍛える。いいな?」

「……いや、なんでそうなるんだよ」

「バカヤロウ! 一人前とは認めてやったが、まだまだ甘いところはいくらもある。俺からの餞別だ!」


 ありがたいやらありがたくないやら、なんとも親父らしい餞別である。


「悪いけど、ボッツ……親方サンその前にこちらも仕事を片付けたいので」

「ん、なんだ?」


 俺を引きずるようにして鍛冶場へ向かう親父をロロが引き止めた。

 そういえば、手紙のことを忘れていた。


「これ、うちの国王からです」

「……ヴェルミチェリ王国の国王からの親書……? 俺にか?」

「カザードの町の鍛冶ギルドあてが一通と、その手紙の件で王国にいるバルツさんの縁者であるボッツさんにもできれば口添えして欲しいって感じの手紙が一通だそうです」

「お前さんたち、内容も知ってるのか?」

「簡単に言うと国内で質のいい石炭が見つかったから買って欲しいって手紙だそうです。で、これが石炭のサンプル」

「……なるほどな。わかった。俺宛ての方は預かっておく」


 カザードの町は職人が非常に多いので、必然的に職人系のギルドが強い力を持っている。

 その中でもトップクラスの影響力を持つのが名だたる名工が名を連ねる鍛冶師のギルドだ。

 ここに認められれば、当然影響はこの町だけに留まらない。


 ロロから受け取った手紙を片手に持った親父が、チランジアから受け取った石炭の重い袋をそのまま俺に押し付けてきた。


「あ、それともう一つ。お世話になるので、これはわたしたちから」

「いや、別にあんたらにそこまでしてもらう筋合いは……」

「バルツさんから部屋は余ってるから泊まれるはずだって聞いてて、宿賃代わりです」


 ロロが魔法の鞄(マジック・バッグ)から割れにくいよう紙がまかれている瓶を取り出して親父に差し出した。

 雰囲気的には酒だろうが、親父の性格的にこれは受け取らないだろう。


 平行線になるだろうから、どこでどちらに助け舟を出すべきだろうと思いながら見ていたら、ロロが巻かれた紙を少し緩めて瓶を親父に見せると、親父の反応が変わった。

 ロロとおりんさん、チランジアの顔を順に見回したあと、意外にもそれを受け取ったのだ。


「……わかった。もらっておく」


 親父はそう言ってすぐに背中を向けて奥へと歩いていく。


「そんなにいい酒だったのか?」

「うるせえ。余計なこと言ってないでさっさとついてこい!」

「いや、でも母さんにも紹介を……」

「そんなことしなくても、ナンナならいいようにやる。会えば長くなっちまうから、お前はこっちだ。ナンナと話したいならあとでいくらでも時間はあるから、さっさと来い!」


 そう言われてしまっては仕方ない。

 親父にどやされた俺はそのままその場を後にした。


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