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202  霧の試練

 足元もろくに見えない霧だ。

 このまま歩いていればすぐに方向を見失うだろう。 


「邪魔されているので、今のところ正解みたいですね」

「ロロちゃん、一帯を焼き尽くして付近の水の精霊たちごと追い払いましょうか?」


 おりんが物騒なことを言い始めた。

 霧で見えないが、後ろで引いている気配がする。


「それは最終手段だから、まだやめといて」

「こちらを舐めているうちに決定打を与えて決着をつけた方がよいのでは?」

「モンスター退治ならそれで合ってるんだけどね」


 そこまですれば精霊魔術の効果はぐっと落ちるだろう。

 ハイナーガが次の対策を打つのも難しくなるし、たしかにそのまま決着がつく。


 とはいえ、わたしらは豊穣神に仕える聖女の侍女ということになっているし、むやみに自然破壊をするのはよろしくない。

 仮に焼き払うにしても、出来るだけ近づいて範囲を狭めるべきだ。


 対策を打たれることを考えると、手の内をできるだけ見せずに距離をつめていきたいな。

 どうせ、どこかから見られているだろうし。


「やっほーー!!」


 わたしの声がわずかに周りにある山などに反響している。

 人族では聞き取れないだろうが、わたしやおりんには聞こえる。


 音の響き方で方向を確認しているのだ。


「遠吠えか?」


 霧で見えないが、後ろからランディの声がした。


「キツネは遠吠えしませんし、ついでに獣人も遠吠えしません」

「わおーん!」


 チアが後ろで叫んだ。


「……まあいいや。チア、そのまま叫びながら歩いてて」


 叫ぶのはチアに任せて、音を聞く方に集中し、確認しながら同じ方向に進んでいく。


 進んでいるうちに、一段と霧が濃くなった。

 伸ばした手の先が見えない。


 叫んだチアの声がすぐ近く、真横から聞こえた。


「音がおかしくなったよー」

「認識阻害を仕掛けられたか。本気出してきたな」


 対策を打ってきたようだ。


 ……あれ、どちらから来たかわからなくなってきた。

 上下左右が分からないほどではないのでそこまで強力ではないが、方向感覚も狂わせてきている。


 気付けば、鼻もおかしい。念のために匂いも対策してきたようだ。

 魔剣の匂いなんて端から知らないけど。


「本格的に妨害してきましたね。そろそろ近いんでしょうか。焼き払いましょうか?」

「まだやめて」


 あらぬ方から聞こえてきたおりんの声に答える。

 やることがなくて暇なんだろうか。


「わらわの森を焼いたら持ち主とは認めんぞ」


 ハイナーガからツッコミが入った。

 声の方向はあてにならないが意外に近くにいるのかもしれない。


 さて、こちらもそろそろ本気でいくか。


「準備を整えたら動きます」


 まずは焦れないように辺境伯たちに伝えておいた。


 マナを変換して魔力を使えるように準備をする。

 戦闘でもないし、時間制限もないので焦る必要はない。


 召喚魔法で魔神の眼の力を喚ぶ。


 霧もなにも、これなら関係ない。

 目的の魔剣らしき魔力を霧の向こうに見つけた。


 次の対策を打たれる前に、急いでそちらへ向かう。


「こっちです!」

「ほ、本当かよ!?」


 護衛のランディの声が正面から聞こえた。

 今は説明している暇はない。


 縄を引っ張りながら急に走り出したわたしに全員がついてくる。

 感覚的にはぐねぐねと曲がった道を進んでいるように感じているが、実際にはまっすぐ向かっているはずだ。

 とにかく眼を頼りに魔力の方向へ走っていく。


 途中、魔神の眼が霧の中を泳ぐような魔力を捉えた。

 魔術の霧は、こちらを妨害する術の媒介もしているようだ。

 大量の微弱な精霊たちの魔力が霧に流し込まれている。


 音も匂いも気配もなにもかもが変な方向からやってくる。

 聴覚や嗅覚など違う感覚のもので同じ症状を示しているということは、こちらの空間認識に干渉して方向感覚を狂わせている可能性が高いか。

 音や匂い、平衡感覚など複数の感覚が狂っているので、複数の認識阻害を使ってきているのかと思ったが違ったようだ。


 直接こちらの感覚に干渉しているところから、仕込まれているのはどちらかというと呪術寄りの術だろう。

 精霊の力を借りているとはいえ、鋭敏な獣人の感覚がここまで狂わされているあたり、かなり強力な術だ。


 もう少しという距離まで近づいたところで魔剣が動いた。


 持って逃げでもするのかと思ったら、そのまま剣の魔力が分裂した。

 それが更に分かれて四つになる。

 思わず口笛を吹いた。


「やるね」


 剣の魔力はつまりハイナーガの魔力でもある。

 複数に分割したようだ。


 ハイナーガはこちらが偶然魔剣にたどりつけないよう、魔剣の周辺をうまく認識できないような術も使っているはずだ。

 同時にいくつもの術を使いながら、こちらが魔力を視ているのに気づいて更にそんな対策を打ってくるとは器用なものだ。


 方向感覚を狂わされているせいで元の魔力がどれだったのかは既におぼつかない。

 ただ見えている魔力に向かっていただけだからね。


 時間をかければどれが魔剣か判別はできるけど、それだけ相手にも時間を与えることになる。


 距離的にはかなり追い詰めているし、他にもどんな手を隠しているのかわからない。一気に決めてしまいたいところだ。


「おりん、密着して! 森を燃やさずに霧に穴を開けれる炎弾をお願い! 撃つ方向はわたしの手に沿って!」

「はい!」


 後ろからおりんが抱き着くように引っ付いて、わたしの腕に沿ってからめるように手を伸ばす。

 背中におりんのやわらかい感触……ということはなく、冒険者用の装備なのでそれなりに硬い革の感触を猫耳パーカー越しに感じた。


 相手の術の正体をつかんだ時から準備を始めていた魔術を発動させる。

 感覚を狂わせてきていた呪術に干渉して、こちらの感覚を取り戻した。


 感覚が戻っても魔術で作られた霧自体はそのままなので視界は悪いままだ。

 あっちやそっちと指差しても見えないので、おりんにはくっついてもらった。


「おりん! 一つ目!」


 わたしが手を向けた方に、おりんが巨大な炎を薄い膜のような形にして撃ち出した。

 これなら樹なんかに当たっても表面が焦げるくらいだろう。

 霧の中を炎が通った跡が、トンネルのように道になっていく。


 分けられた四つの魔力に向かっておりんに炎をそれぞれ撃ちだしてもらうと、三つ目が祠のようなものに命中した。


「見えました! あれです!」

「よし!」


 辺境伯がわたしとチアの体に結んでいたロープを手放して飛び出した。

 護衛のランディも後を追う。


蛇人(ナーガ)族の始祖にして最強の術師たる、わらわをなめるなよ!」


 次の瞬間、視界が真っ白に変わった。


「なんだ!? 何も見えんぞ!」


 ふむふむ、背中にくっついているおりんの感触はあるな。

 声も聞こえている。匂いもあるな。

 方向もおかしくなさそうだ。


「ロロさ……ロロちゃん、これは……?」

「霧の魔術を強化して視界を奪ったとかじゃない」

「その通り。これでもう一切何も見えまい。あきらめて降参せよ」


 完全なるホワイトアウトだ。 

 魔術で作った霧があったとはいえ、とっさによくやったな。

 目の前に魔力の壁がまとわりついているような見え方をしていて、魔神の眼も目標を捉えられない。


 ただ方向感覚や嗅覚、聴覚などはさっき妨害を封じて戻ったままだ。何もされていない。

 封じられているのは視覚だけである。

 視覚に大部分を頼っている普通の人間ならともかく、獣人のわたしやおりん相手にはちょっと力不足だ。

 同時に他の感覚も封じないとね。


 ここに来る途中でも音で方向を確認したりしていたんだけど、見ていなかったのかな。

 チアが遠吠えしていただけだから何をやっているのかよくわかっていなかったのかもしれない。


「一手遅かったね」

「そうであろう? こうなってはどうしようもあるまい」

「いや、そっちがだよ。おりんもいけるよね」

「はい、大丈夫です」


 おりんが密着させていた体を離した。


 霧を消せれば妨害の術は効力を失うはずなので、霧と魔力を切り離し、霧の存在をただの自然現象へと描き変えてしまうという手も一応ある。

 幻想(マナ)魔法でそうしてもいいのだが、今回はそうするまでもない。


 祠の位置も、そこに置かれていた剣ももう目にしているのだ。


 そちらの方向からは動けなくなって立ち止まっている辺境伯たちの気配もあり、その向こうにはおりんの魔術によるわずかな焦げたような匂いがある。


「いくよ!」

「はい」

「あーい」


 走りだすと、ロープに引っ張られたチアもちゃんと一緒についてきた。

 見えないがおりんも剣に向かって横を走っているのがわかる。

 そのまま祠まで一気に走り切った。


「どれだ。これかな? あ、あった!」

「ロロちゃん、やったー!」


 手探りで魔剣らしきものをつかんだ。

 これでハイナーガの出した条件はクリアだ。


「な、なぜだ!?」

「人族ならあれで終わりかもしれないけど、獣人だもん。匂いだけで十分だよ」

「……そうか、失念しておったわ」


 他の感覚も封じられても、この距離ならもう勘だけでもいけたと思う。


「やられたな……。しかし、お主はなぜわらわの術を解くことができたんじゃ?」

「だってあれ、妖精の迷い路でしょ?」


 妖精がイタズラで使う、道に迷いやすくなる呪いの術だ。

 大概いつもの道なのに違和感を感じてしまう程度だが、運が悪いとあるはずの分かれ道に気づかず変な道に迷い込んでしまったりすることもある。


 精霊と妖精は厳密には違うが似た存在なので、使ってきているのが精霊魔術ということからもしやと思ったのだ。

 知ってる術なら対策はたやすい。


「知っておったのか」

「あんなにはっきり感覚が狂っちゃうようなのは、初体験だったけどね」

「妖精のする真似事ならともかく、わらわならばあの通りよ」


 ほめられたハイナーガが、当然だとばかりにふんと鼻を鳴らした。


 負けを認めたハイナーガが術を解いたらしく、視界が戻ってきた。

 濃霧も消えていて、最初に森に着いたときのように薄いもやだけになっている。


「やるなあ、お前ら……」

「よくやった! 見事だ!」


 ホワイトアウトで動けなくなっていた辺境伯とランディもやってきた。

 辺境伯に古いこしらえの剣を渡す。


「これが霧の魔剣か……。ハイナーガよ、これでいいな?」

「不本意じゃが仕方なかろう……。はあ、使い手は美少年がよかったのう」


 ハイナーガがおおげさにため息をついた。


「美少年っても、前の持ち主も年取って引退するまで協力してたんでしょ?」

「それはそうじゃが、少年時代からずっと知っておるのとおっさんになってからしか知らぬのでは天地の差があるわ!」

「はあ、そうですか」


 おっさん呼ばわりが嫌だったのか、一瞬辺境伯の眉間にシワが寄った。

 文句を言っているハイナーガを横目に、辺境伯が剣を抜いた。


 辺境伯が抜き身になった剣をこちらに見せる。


「かなり傷んでいる。打ち直しも視野に入れて、一度鍛冶師に頼んだ方がよさそうだ」

「普通に打ち直しても大丈夫なんですかね?」

「それはわらわにもわからんな。大きく変わると影響はあるかもしれん」

「では、アルドメトス騎士団長の魔剣を打ち直した鍛冶師にお願いしましょうか。それならまず間違いないと思います。仕上がり次第、王都にある辺境伯の屋敷に届ける形でいいですか?」


 魔剣を打ち直した鍛冶師とは、要は鍛冶神のことである。


「ほう、わかった。それで頼む」

「鍛冶師か……。若い見習いの少年とかおるかのう」


 いないよ。


 空で待機しているはずのストラミネアに向かって軽く手を振った。

更新順を間違えておりましたので、前の話を差し替えました。

失礼いたしました。

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