201 ハイナーガ
次の日も順調に移動し、小さな町に泊まった。
泊まる場所がない日は初日と同様にストレージに入れているわたしの家に泊まって旅を続ける。
わたしの家に泊まるのを予定に組み込んだおかげで到着までの時間を短縮できたようで辺境伯にお礼を言われた。
最後に寄るはずだった近くの村もショートカットした関係で寄らないまま、目的地の森までやってきてしまった。
「この森ですね、はい」
ただの自然現象なのか、霧の魔剣の影響なのかはわからないが、森には薄っすらもやがかかっている。
遠くの木々が揺れ、軽い枝を踏む足音と同時になにか巨大なものが這いずる音が聞こえてきた。
わたしとおりんは人族以上の聴力で他のメンバーたちよりもわずかに早くその動きに感づく。
「何かきます!」
霧の中から女の子と、続いて人間の倍以上ある蛇の下半身を持つ女が飛び出してきた。
「待たんか!」
「きゃー」
辺境伯と護衛たちが即座に抜刀する。
「なんだ!?」
「もしやラミアか!?」
ラミアにしては小さめだし、感じるプレッシャーが違う気がするな……。
人語をしゃべるタイプは初めて見るし、亜種にしても……。
何か変だ。違和感が大きい。
とはいえ生息地域の狭いレアな魔物なので、おそらくおりんとわたし以外は直接ラミアを見たことはないはずだ。
おまけに、目の前では現に子供がおそわれている。
「アイシクル・ランス!」
蛇女に狙いをつけた辺境伯が魔術を放つ。
こういうとっさの時にいつも一番反応がいいチアは、ここでようやく動きだした。
「すとっぷー」
抜刀と同時に最速で動いたチアが、空中で辺境伯の魔術を叩き落とす。
チアの剣に魔術が炸裂して氷の塊がまとわりついた。
「なにを……!?」
辺境伯が言い終わるより早く、脳天気な声が聞こえてきた。
「つかまっちゃったー」
「まったく、森は危ないから来てはいかんと言っておるじゃろう。ほれ、早く帰らんと村の者が心配するぞ」
尻尾を巻き付けられて吊り下げられた女の子は、空中で楽しそうにぷらぷら揺れている。
辺境伯がたまらずそちらに指を向けた。
「どういうことだ!? なんなのだ、あれは?」
「もしかしてですけど、あれ魔物じゃなくて、蛇人じゃないですか?」
下半身が蛇女の瞳には理性の色が見える。
「あれが亜人だというのか!?」
「蛇人は死霊王との戦いで滅んだと言われておりますが、はい」
「ですね。わたしもそう聞いていますよ」
だから、辺境伯たちも魔物だと瞬時に断定したのだろう。
こちらに蛇女が顔を向けた。
「騒がしいのう。村の者ではないようじゃが、何者じゃ」
「だ~れ?」
一緒に首を傾げる女の子に手を振ると、ぐるぐる巻きにされている女の子が手の先だけ振りかえしてきた。
「この周辺を治めているスレイン・フィンフィールドだ」
「ほう……」
「護衛のランディだ」
「同じくドーガ」
「ダスティンです、はい」
私たちも一緒に名乗った。
「貴様は誰だ?」
「昔はハイナーガと呼ばれていたが、今はこの通り水の精霊じゃ。お主が今代の領主ならば、わらわのことは魔剣に宿っておる者と言った方早いかのう」
「なにっ!?」
どの通りなのかはよくわからないが、やはり元々はナーガの一族のようだ。
霧の魔剣は、モグラのように剣に宿っているものがいるタイプの魔剣らしい。
掛け値なしに本物の魔剣ってことだな。
「へー、結構剣から離れてうろうろできるんだね」
「死霊王との戦いで死んだあとは元々この森の精霊となっておったからかのう。ほれ、この娘を送ってってくれ」
「ダスティン、ドーガと共に村までその子を連れていってやれ。村の位置はお前しか知らないからな」
「承知いたしました、はい」
文官さんは護衛の一人と共に女の子を連れて行った。
「ばいばーい」
「危ないからもう来るでないぞ」
ハイナーガが優しい顔で女の子に手を振る。
面倒見のよさそうなヒトだな。
「さて、ここに来たということは剣を求めてきたということかのう?」
「ああ、魔剣までたどりつき、手にすれば持ち主と認められるんだろう?」
「そうじゃ。そしてふさわしくないものはたどりつけん。……悪くはないが、お主は駄目じゃな」
ハイナーガが辺境伯の顔を値踏みするように見つめながら言った。
剣を手にすることが契約条件になっているんだな。
「何故だ?」
「年を食いすぎておる。せめてもう二十年早く来れば、剣まで導いてやったがのう」
辺境伯は三十半ばくらいなので、最低でも二十年以上前となると、子供の時の方がよかったということになるな。
「子供の頃から慣らさないと使えないってこと?」
本物の精霊が宿っている魔剣だ。
扱いが難しいのかもしれない。
「いや、わらわは持ち主には美しい少年がよいからのう。お主、息子はおらんか? お主の息子なら見込みがありそうじゃ!」
「あんたの好みかい!」
若い少年好きの蛇女とか、これはもうモンスター認定していいんじゃないだろうか。
「なんか失礼なことを考えている気がするのう」
「美少年好きの魔剣なんて、そりゃ失礼なことの一つも考えるよ」
「知っておるか? 最初の魔剣の持ち主も実にわらわ好みでな。初陣で戦に負け、たまたまこの森に逃れてきたところでとりつき……ゴホン。契約を結び、剣に宿って助けてやったのじゃぞ。つまりわらわが美少年好きだったから助かったと言えるわけじゃ」
「言えるかなぁ……」
「一応、初代領主の記録と合致はするが……」
「それからも色々な少年を主に契約を結びながら、持ち主を助けておったんじゃ。みな、我の持ち主になれると泣いて喜んでおったものじゃ」
「生贄かな」
「背に腹は代えられないってところですかね」
うれしくて泣いてたわけじゃないだろ、それ。
「ところが、最後の持ち主だったデュールめが。自分ももう引退するし、領内も安定したから今までよく働いてくれた礼に昔おった森でゆっくりするといいと言って、一方的にわらわの宿っていた剣を置いていったのじゃ」
引退するまではその人の持ち物だったってことは、一度持ち主認定すれば年をとっても言うことは聞いてくれるようだ。
そこまで薄情ではないらしい。
ってことは、今の辺境伯でも手に入れてしまえば協力はしてくれるってことか。
「つまり、奉じられていたと言うより封印されていたわけですね」
おりんはもう少しオブラートに包んであげて。
まあ、あんまり気にしていなさそうだけど。
「非常時以外には使わぬ方がよいと書かれていたのはそういうことか」
「聞いてませんけど」
そういうことはちゃんと言って。
そんなもの探し出そうとするなよ。
「ともあれ、別に息子の剣を取りに来たわけではない。多少やっかいな性質の持ち主のようだが私が抑えればよかろう。剣にたどりつけば持ち主と認められるのだろう? 力ずくでいかせてもらうぞ」
辺境伯は息子を強くしたいわけではなく、自身が強くなりたくてここに来ているのだ。
「残念じゃが、力押しではわらわの霧は突破できんぞ。あきらめて帰るがよい」
霧が濃くなり、ハイナーガの姿が見えなくなった。
周囲の視界が一気に悪くなる。
「水の精霊魔術ですね」
「蛇人ならそうなるだろうね」
見回すと、不思議と森から遠ざかる方はよく見えた。
あきらめてさっさと帰れということか。
「戦う必要があるなら私がやるが、そういった感じではなさそうだ。なにか手立てがあるなら任せていいか?」
「はい。ここからはわたしが引き受けます。そのために呼ばれたわけですし」
蛇人も、森の民と呼ばれるエルフと同じように自然を愛し精霊と通じ合う優れた術師たちの一族だったと言われている。
その中でも上位存在だったハイナーガがどんな手を使ってくるのか、正直楽しみなところだ。
直接危害を加えるような感じは今のところなさそうなのでその点は気楽だ。
「まずは、はぐれないようにしましょうか」
ストレージから縄を取り出したわたしは体に巻き付ける。
全員が片手にこの縄をつかみ、最後尾にいるチアの体にも巻きつけた。
簡易式電車ごっこである。
「おりんはわたしの後ろにいてね。必要なら補助してもらうから」
「わかりました」
「ただの霧だろ。警戒しすぎじゃないか?」
護衛の……たしかランディだったかな。
おりんの後ろ、辺境伯の前に位置取り、剣の位置を気にしながら仕方なさそうに縄を握った。
両腕を空けておきたいんだろう。縄を握って片手を埋めたくないようだ。
「今はまだあいさつ程度ですよ。以前来た人が剣までたどりつけなかったんだから、最後までこのままってことはないでしょう」
「む……それもそうか」
とはいえ、現時点ではただの濃いめの霧だ。
「ストラミネア、方向わかる?」
「森の中心ですね。お任せください」
小声で聞くと耳元に肯定の返事が返ってきた。
「行きましょう。あちらです」
「……なぜわかるんだ?」
「気配と勘です。今はまだ普通の霧ですからね」
もちろんウソだ。
先んじてストラミネアが方向を調べてくれていただけだ。
「あとはこっちに任せて、ストラミネアは霧の外まで出といて」
小声で指示を出した。
ストラミネアには念のために外で待機しておいてもらおう。
森の外に誰かいた方が安心できる。
「勘かよ……大丈夫なんだろうな」
ランディがぶつぶつ言っている。
獣人の勘は人族とは別物だと知らないらしい。
移動を続けていると、更に霧が濃くなった。
早速、こちらだけでなんとかしないといけなくなったようだ。




