200 フィン風の煮込み
お休みになったので、名物だという羊肉と豆の煮込み料理を二つの店をはしごして食べた。
「やっぱり寒いところは煮込み料理が多いよね」
「おいしかったー」
「結構ハーブが効いていましたね。ところでストラミネアがいないようですが?」
「暇つぶしがてらに辺境伯やこの辺りの調査をしてくるって」
特になにか見つかるとは思ってないが、貴族の内部事情や実際の地理など、情報があれば助かることもある。
ストラミネアなりに役にたとうとしているんだろうし、止める理由もないので放っている。
出発までには戻ってくるだろう。
出発日、支度をして宿を出た。
朝早いので朝食は自前だ。
辺境伯と合流すると、辺境伯のお供は三人だけだった。
辺境伯も含め、四人全員が馬に乗っている。
もっと人数を連れて行くのかと思った。
「思ったより少人数で行くんですね」
「私がいる。無駄に大勢で向かう必要もない」
辺境伯自身がいるから戦力的に十分ということらしい。
実際強いけど、なかなか自信家だな。
「お前たちも戦えるようだしな」
わたしたちは錬金術師や魔術師として技術者的な枠で呼ばれていたみたいなので、戦力としてはあまり期待されていなかったのだろう。
冒険者歴も短いし、Cランク一人にDランク二人だからな。
それが、昨日のチアとの試合で修正されたようだ。
「それに……」
辺境伯が部下に目を向けると、一人が慌てて進み出た。
文官らしく、兵士には見えない。
「詳しくは移動中に説明いたしますが、危険性はそれほど高くないと考えているというのもありまして、はい」
一昨日も感じたが、かなり具体的な情報があるようだ。
「勝手に乗れないだろうと決めつけていたが、お前たちは馬には乗れるか?」
「わたしとおりんは乗れますが、三人とも魔導具の靴をはいでいるので乗らない方が速いです」
「そうか。供は必要なかったようだな」
「スレイン様、さすがにお一人というわけには……」
どうも、わたしたちを一人ずつ部下の馬に同乗させるつもりで三人連れてきていたようだ。
護衛の一人が先頭に立ち出発する。
辺境伯たちに合わせてかなり速度を抑えて進んでいると、文官さんから説明が始まった。
「今回の目的地であるカスミの森は、最も近くにある村からそれほど距離はありません。村を通じて年に一度、捧げ物もしています。異変があれば村の者たちから伝わってきているはずですから、森は比較的安全だと考えております、はい」
「……ってことは、場所も詳細にわかってるんですね」
「そういうことになります、はい。記録によると初代領主様がカスミの森にあった魔剣を手にされ、七代目の領主が森に再び奉じたと。剣には霧を表す紋章が刻まれているそうです、はい」
「霧の魔剣ですか」
今のところ、まだわたしたちを呼んだ理由は見当たらない。
簡単に回収できそうに思えるが、厄介な結界でも張ってあったりするのだろうか。
「それで、なんでわたしたちが呼ばれたんですか?」
「実は過去にも手に入れようとして失敗した記録が残っております。霧に阻まれて剣までたどりつけなかったようです、はい」
「本当に霧の魔剣なんですね」
「そういうことです、はい」
魔剣の説明を終えた文官さんの視線がわたしたちの靴に移った。
「あなた方の使っている移動用の魔道具ですが、使える時間に制限などはありますか?」
「ないわけじゃないですが、少なくとも馬よりはもちます」
「それなら予定通り進めそうですね。本日は野宿になりますが、明日の夜は町に泊まりますので我慢してください。水でしたら私が魔術で出せますし、得意ではありませんが洗浄も使えますので、はい」
腰の低いただの道案内役の文官さんかと思っていたが、魔術師のようだ。
陽が斜めに傾き始めたところで、その日の移動を終えた。
「スレイン様、そろそろ野営の準備をいたしませんと、はい」
「そうだな。馬も休めねばならん。今日はここまでだ」
辺境伯の馬が歩を止めた。
「では、場所を作りますね」
魔石を一つだし、地属性魔術で気を遠ざけて広めに場所をとる。
「野営場所だな。助かる」
「野営というか、家を出しますから下がってください」
「なに?」
まずはわたしたち三人用のログハウスを出す。
それから追加でもう一つ出して並べた。
こちらは王都南の村用に作った試作品である。
大きさは同じくらいだけど、キッチンは小さめで他も全体的に手抜きだけど、その代わりに泊まれる人数は多めになっている。
「本当に家が出たぞ!?」
「恐ろしい容量のマジックバッグですね、はい」
「ほう。これはすごいな……」
それから地属性魔術で簡易式の厩舎を作る。こちらは土壁だ。
下に敷く稲わらは幸い王都南の村で回収したものがある。
「……更に馬小屋まで、か。まるで粘土細工のように簡単に作るな」
「見事な腕ですね、はい」
「わたしたちはこちらを使いますから、あちらの家を使ってください。夕ごはんも用意しますね」
明日も朝早いと言っても時間はかなりある。
保存食やストレージに入っているものを使わなくても、料理するくらいの時間は十分だ。
辺境伯たちが馬の世話をしている間に夕ご飯を作っていく。
持ち帰りで買っておいた地元の煮込み料理を、パイ生地に似た生地で包んでオーブンで焼いてみた。
フィンフィールド風サルテーニャもどきだ。
多めに作って、余分はストレージに放り込んでストックにしておく。
これで作る時間がない時にもすぐに取り出せる。
人数が多いので屋外での食事となった。
「町から離れた道端でこういったものが食べられるのはありがたいが、妙なものを作ったな」
「そうですか?」
「ああ……味に不満があるわけではないが」
かじった辺境伯が少し割って中身を確認している。
甘さを感じる生地に、地元のハーブの効いた煮込み料理はなかなかいい組み合わせだと思ったんだけど。
「これ、中身は山猫亭のフィン風の煮込みだよな」
「こういった食べ方はしませんので我々には少し違和感がありますね、はい。いえ、文句を言っているわけではないんですが、はい」
「そうか? 俺はいけるな」
一緒に来ている辺境伯の部下たちが感想をもらす。
味は問題ないが、地元料理なので、馴染みのない食べ方には違和感があったようだ。
適当に作ってみて食べれなかったら困るかなと決めたメニューだったが、逆に戸惑わせてしまったかな。
焼きそばが名物のところで焼きそばパンを出したようなものだと思えばわからなくもない。
逆に地元民じゃないおりんやチアは食べてる量を見ればわかるが好評のようだ。
わたしも結構合うと思うんだけどな。
「食事まで世話になってすまない。ところで、魔法の鞄もロロ、お前が作ったものなのか?」
「ちがいます」
自分も欲しいと言われそうなので素知らぬ顔で否定しておいた。
普通に魔法の鞄なら入手できる立場の人だし、わたしが作る必要もないでしょ。
チアが少しだけ不思議そうな顔をしたが、食欲が勝ったらしくすぐに食べるのに戻った。
「帝国式のもののようですな。日国へ流れたものの一つでしょう。この辺りでは見ませんので、はい」
「なんでそんなことわかるんですか?」
術式は見せてないし、カバンにも工房や職人の名前が入っているわけでもないので特別な目印などはないはずだ。
「あそこまでの容量のものは大陸西部では作られておりませんし、めったと流通しておりません、はい」
「そうなんですね」
ちょっと焦ったが、なにか情報をつかまれたわけではなかったようだ。
「私も欲しくて調べていたことがありましたので。とはいえ、家が入るという話は聞いたことがありません、はい。よほど名のある方の作ったものでしょう」
「では、そのカバンは余程の希少品ということか。言い値で買うと言ったらどうする?」
「売れませんよ」
「だろうな」
一応聞いてみただけだったらしく、辺境伯はあっさり引き下がった。
食事を終えた頃には、辺りは少し薄暗くなってきていた。
「おりん、一応周りに火をお願い」
「はい」
わたしがならした場所を囲むようにおりんが何ヶ所かに灯りの火を出していく。
普通の明かりの魔術より暗いが、おりんの火は消えないのでこのままずっと燃え続ける。
「なんだ?」
「明かりです。この火は精霊魔術なので、このまま朝までもちます」
「それは素晴らしい持続能力ですね。しかし精霊魔術とは、私今日は驚きっぱなしです、はい」
おりんの出した火を、文官さんがメガネをかけたり外したりしながら見ている。
「普通の魔術となにか違うのか?」
「精霊の力を借りる分、自力で使う魔術よりも性能的に優れるそうです、はい。エルフの使う魔術というイメージですが、はい」
「理屈はわからんが、明かりが絶えんなら魔物が出た時に助かるな」
辺境伯の部下の一人は、そう言って夜食用にするつもりなのかサルテーニャもどきを一つ腰の袋に放り込む。
辺境伯たちは、そのまま自分たちの方のログハウスへ入っていった。
わたしたちも自分たちのログハウスへ向かう。
「明かりって夜間にも馬を見に行けるようにですよね」
「そだよ。だから、『一応』。ストラミネアがいるんだから、魔物の心配はないからね」
魔物対策もするのなら、明かりだけでなく結界も張る。
「さて、やることもないしさっさとお風呂でもいこ」




