20 精霊の作り話(ストラミネア作)
ヒトの姿のおりんと遺跡もどきに入ろうと近づくと、外でリーガスが見張りをしていた。
「おお、ロロナ様! ご無事でしたか!」
お待ちしていました、とやってくる。
何でリーガスがわたしに様付けになってるんだ?
「えーっと、心配かけたみたいで、勝手にいなくなってごめんなさい。魔物の件は全て解決したので、危険はもうないから大丈夫だよ」
「はい、ロロナ様……! あの巨大な竜をお呼びになるロロ様のお姿、拝見しておりました!」
思わず目が点になる。
「…………え? 見てたの?」
「はい、見たのは見張りをしていた私だけです。皆を安心させるため、魔物が退治されたことは伝えましたが、ロロナ様がなさったことだとは、村長以外には報告していません」
ご安心下さい。と最後に付け加えてくる。
確かに、周囲にまで気を配っていられるような余裕のある状態じゃなかったけど、見られていたとは……。
「……あの、こちらの……?…………!!」
リーガスが、私の後ろにいるおりんに目を向けた。
「とりあえず、村長のところに行こうか。二度手間になるし」
「あ、お待ちを!」
「もう見張りはいらないから、リーガスも来て」
「いや、そうではなく……」
さっさとおりんを連れて中に入る。
慌てて、リーガスもついて来た。
避難している人たちが、思い思いに腰を下ろして話をしながらくつろいでいる。解決した話が伝わっているからか、みんな特に不安そうな様子はない。
「おお、ロロナ殿。リーガスの見張りの手伝いお疲れ様でした」
こちらが見つける前に、村長の方から声をかけてきた。
なるほど、そういうことにしてくれたらしい。
「いえいえ……とりあえず、話をするのにストラミネアのところにいきましょうか」
「そうですな……おや? こちらの方は……リ、リンカーネイト様!?」
え?
村長の声に、何事かとみんなが注目する。
「守り神様だ!」「猫神様だ!」「本当にいらっしゃったとは」「なんと美しい」「守り神様、ありがとうございます」「ありがたや、ありがたや」「なんと豊かで魅力的な胸部」
村人たちがおりんを拝み始めた。
最後の一人は、後で探し出して殴っておこう。
村長を見たら、一緒に拝んでいた。
「ハッ、ロロナ殿……失礼しました。しかし、リンカーネイト様までいらっしゃるとは、一体何が……」
我に返った村長が、拝むのをやめる。
「……えっと、その前になんで分かったの? あの猫の像と、その、同一人物だって……」
「はあ……なぜと言われましても、どう見てもそっくりですから」
ネコとヒトなんだけど。
そっくりと言われても……
「はい、見れば誰でも分かるかと。ですので、騒ぎになると思い、お止めしようとしたのですが……」
リーガスも分かるらしい。
わたしには分からないけど、ネコの姿でもヒトの姿でも、彼らには感覚的に共通するものがあるんだろう。
きっと、毛皮の柄なんてなくても、数百の猫を顔だけで見分けられるとか、そういうレベルの人しか分からないやつだ。
「ちょっと照れますにゃ」
拝まれているおりんは、わりと楽しそうだった。
騒ぎがおさまってから、わたしたちと村長、リーガスの四人でストラミネアの魔方陣の場所まで移動する。
村の人たちは、今日は念のためにここに泊まることにしたらしい。
「おかえりなさい、みなさん。ご無事で何よりです。リンカ……おりんも、久しぶりですね」
「あれ、ストラミネア。久しぶり……ああ、本体はこっちじゃないんだね」
村長が遠慮がちに、おずおずと口を開いた。
「それで、すみませんが……今回はいったい何があったのでしょうか。ロロナ殿がここに来たと思ったら魔物の暴走が起き、いなくなったと思ったら、今度は竜を呼んで魔物たちを倒したと聞き、帰って来たと思ったらリンカーネイト様も一緒にいらっしゃる……」
おりんが、わたしを見る。
どう説明したものかな、と考えていると、ストラミネアが胸を張って前に出た。
「それについては、私が説明しましょう」
背中の影で、こっそりわたしとおりんに親指を立ててサムズアップしたので、任せることにする。
「その前に、リンカーネイトと言うのは昔の名前なので、今はおりんと呼んであげてください」
「承知いたしました」
人差し指を立てて、ちょっと威厳を出して話すストラミネアに、村長がうなずく。
「今回は、ロロナ様に地上の魔物たちを掃討してもらい、その間におりんに地下の危険な魔物たちの首魁を討ち取ってもらったのです」
村長が目を見開く。
「なんと……!?」
「おりんは、長い間地下ダンジョンで危険な魔物たちと戦っていました。しかし、ついに抑えきれなくなって来たので、ロロナ様をこちらに呼びました。そして、あえて地上に魔物を解き放ち、それをロロナ様に竜王を喚び出してもらい、撃滅していただきました」
ちらり、とストラミネアがこちらを見た。つじつまは合っている。多分。
「そして、その間に地下深くにいる魔物たちの首魁であるドラゴンをおりんが討ち取ったのです!」
うん。この精霊、ノリノリである。
「ドラゴン!!」
リーガスが目を剥き、おりんを見た。
おりんの見た目は十二、三才のただの猫人の女の子だ。そんな強そうには見えない。あとかわいい。
「おりんは、今まで本当にお疲れ様でした」
ストラミネアがおりんを労る。実際は、呪われていたことを労っているのだろうけど。
「長い間とは、どのくらいの間戦っていらっしゃったのですか?」
「……百年ほどになりますか」
村長とリーガスが絶句した。
まぁ間違ってはないな。どちらかというと、おりんは止められる側にいたんだけど。
「そんなにも長い間、この地をお守りに……」
「それで、我々の祖先がここにたどりついた時にいらっしゃらなかったのか……」
なんか二人とも納得しているみたいだから、よしとにしよう。
「しかし、そのような大事……最初にここを訪れた時に教えていただけなかったのはなぜなのでしょうか」
村長が首をひねる。
ストラミネアはアドリブに弱そうだけど、大丈夫かな。
ちょっと心配して見守っていると、落ち着いた声で答え始めた。頑張って威厳を出そうとしているようだ。
「もし全てを伝えれば、ロロナ様は見て見ぬふりはできないでしょう。わたしは武器を託しましたが、まだ幼い身のロロナ様に、死地に赴けとは言えません……そのため、どうするかはご自身に決めてもらいました。とは言え、ここまで性急になってしまったのは予想外でしたけれど」
「しかし、それでは場合によっては……」
「ええ、多くの人々に犠牲が出たでしょう。しかし、本来はこの地に住まう者たちが、等しく責を負うべき問題です。力を持っているからと、幼い子供一人に押し付けるべきではないでしょう」
……あれ、なんかストラミネア、本当に怒ってない?
好きにやっただけだよ?
ちょっとビビってたのは本当だけど。
それに、そもそもダンジョンの原因はおりんだ。別におりんが悪いわけじゃないけど。
「魔物たちが地上に出て守りが薄くさえなれば、目的どおりおりんがドラゴンを討つことはかないます。そうなれば、魔物もいずれは掃討することはできますから」
リーガスが、ストラミネアの迫力に圧されながらも問いかける。
「な、なるほど……その、たとえば私ではだめだったのでしょうか、その……杖を使うのは?」
ストラミネアは武器と言ったが、リーガスは山の上から見ていたらしいので、杖だということを知っている。
ストラミネアが首を振った。
「残念ながら……あれは、ロロナ様にしか扱えないのです」
代わりに命を張る覚悟はあった、と言外に言うリーガスに、答えるストラミネアの口調が少し和らいだ。
村長とリーガス、二人がわたしを見る。
「ロロナ様は、一体…………?」
ストラミネアが目を伏せた。
「すみませんが、それについては、今はまだ教えることはできません」
おりんと目が合う。
逃げたね。
逃げましたね。
目で会話できた気がした。