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199  チランジアと北方辺境伯の試合


 国境を守るだけあって、北方辺境伯領の居城は立派なものだった。

 豪華さというより、軍事施設的にという意味でだが。


 村も見に行かないといけないし、日の国もたまに気に掛ける必要がある。

 まだまだ完全に自由になったわけではないけど、王都のギルドで手続きを行い半年ぶりに冒険者として復帰した。


 元々はわたしのケモミミのための旅だったんだけど、なかなか長い寄り道だった。

 いや、寄り道でもないか。


「王都より遠路ごくろうだった」


 用件を伝えると、わざわざ辺境伯自らやってきた。

 遠路といってもわたしたちにはどうということはない程度の距離だ。


 噂通り整った顔立ちをしている人だな。


 依頼の受注をする時にギルドの受付嬢が、すごく格好いいらしいわよ、と言っていた。

 アルドメトスが暑苦しいライオンなら、こっちはクールなヒョウといった感じだ。


「わざわざありがとうございます。フィンフィールド北部辺境伯閣下」

「調査時は私も同行することになるので、堅苦しいあいさつはいい。……三人もお借りしてロロナリエ様には申し訳ないことをしたと伝えておいてくれ」

「他の者もいますし、自分で何でもする方ですから」


 ……ということでいいだろう。

 パントスがいるし、ウソじゃないからね。


 辺境伯の目がチランジアに向いた。


「栗色の髪……お前がチランジアか」

「はい、そうです!」


 チアが元気よく返事をする。

 冒険者として来てるし、堅苦しいのはいらないそうなので、まあいいだろう。


「アルドメトス……第二騎士団長の弟子だと聞いているのだが」

「はい。ししょーの弟子です」


 いや、それだと説明になってないだろ。


「そうか……。想像と大分違ったな。アルドメトスから大した才の持ち主と聞いたが、今いくつだ?」

「十一歳です」


 かわいいもんね。

 強そうなの想像してたのかな。

 仕方ないよね。かわいいからね。


 ドヤ顔しているわたしを見て辺境伯が一瞬不思議そうな顔をした。


「ちょうどいい。今回の依頼とは関係ないのだが、よければあとで息子の相手でもしてやってくれ」

「ご子息ですか?」

「ああ。上の息子はもう学園に通っていて、そちらはアルドメトスの息子となかなかいい勝負をしていると聞いている。下の息子のセシルはこの前十一になったばかりなのだが……領内では同年代で負ける者がいないせいで少々調子に乗っている。来年、王都の学園に通わせる前に一度鼻っ柱をへし折っておいてもらえたらと思ってな」


 地元じゃ負け知らずってやつね。


「それはやめた方が……」


 おりんがさすがに止めに入った。


 鼻っ柱くらいで済めばいいが、チアにやらせると鼻ごとなくなるか顔面陥没くらいまでいきそうだからな。

 心が折れて再起不能になりかねない。


「あの……お言葉ですけど、チアにやらせるのはやめた方がいいと思います。それくらいならわたしがやりますから」

「君は錬金術師と聞いていたが」

「錬金術師というか魔術師ですけど、わたしもフリメドとは友達で何度も手合わせしてます。これでもフリムよりは強いです」

「君がアルドメトスの息子より……?」

「わたしは獣人なので身体能力が人族とは違います。チアは、そのわたしを守って戦う剣士です」


 わたしは、セシルの兄と互角だというフリメドよりも更に強い。

 パーティーの役割的には、そのわたしを守るポジションにいるのがチアになる。


 辺境伯が顎に手をやった姿勢でしばらく沈黙した。


「確認だが、彼女の強さはどれくらいのものだ? Dランクの冒険者と聞いていたのだが」

「魔物ならオークキングを一人で倒せます。レザル副団長の話だと、第二騎士団でも勝てる者の方が少ないはずです」


 辺境伯の視線が、チアの頭の先からつま先まで三度ほど往復した。


「にわかには信じがたいな」


 小さいしかわいいので気持ちはわかるけど、事実なので仕方がない。


「……興味がわいた。依頼内容の確認が終わったら、私と手合わせしてみるか?」

「はい! やりたいです!」


 辺境伯の息子の時はあまり興味なさそうだったチアは、辺境伯と手合わせと聞いて元気よく返事した。


「ほう。ずいぶんやる気だな」

「もっと強くなりたいから、強い人と戦えるのはうれしいです」


 レザルの話だと辺境伯はアルドメトスと並ぶ騎士だが、戦闘スタイルはかなり異なる。

 魔術は使えないが、チアにも吸収できる部分があるだろう。


 依頼の内容については予想通りだった。


 伝承の残っている魔剣の調査だ。

 かなり昔の代の領主が森に奉じた記録があり、他にも記録はいくつか残っているらしいが古い記録なのでどこまであてにしていいかわからないとのことだ。

 それで、アルドメトスが対応策としてわたしたちを推薦したわけか。


 ざっと話が終わると、細かい話については移動中にまた別の者からということで、辺境伯とともに訓練場へ移動した。


「訓練中にすまない。少し借りるぞ」

「なんだ、冒険者の子供?」

「おや、スレイン様、一手指南してやるんですか?」


 訓練場にいた者たちが場所を空ける。

 辺境伯がチアに木刀を投げ渡した。


「んー」


 チアは受け取った木刀を少し困った感じでぶんぶん振り回している。


「どうした? 普段の剣はもっと小さいか? 盾はどれにする?」

「盾はいいです。剣はもっと大きくて……」


 チアが片手に木刀を持ったまま、反対の手でカバンから体格に不釣り合いな幅広の大剣を引っ張り出した。


「いつもはこれです」


 普通なら両手でも持ち上げられないだろうサイズの超重量級の剣を片手で軽々と持ったまま、辺境伯に見せるようにチアが手を振る。


 訓練場にいた兵たちがザワついた。


「スレイン様、ありゃ何者ですか?」

「ドワーフ混じりか?」

「マジックバッグ持ってるぞ」


 辺境伯も少し困惑気味だ。


「本気で言っているようだな。さすがにその大きさはないが、一番大きいものを渡してやれ。……アルドメトスは一体どういうつもりだ?」


 アルドメトスのせいにされてしまったが、あの剣は鍛冶神にお任せで作ってもらった結果なのでアルドメトスとは特に関係ない。


 バスタードソードサイズの木刀を受け取ったチアが軽く振って感触を確かめてからまあいいか、という顔で前に出て構えをとった。


「いつでもいいぞ」

「いきまーす」


 チアが地面を蹴る音から一拍置かずに、木刀のぶつかり合う音がした。


「なに!?」


 辺境伯がチアの一撃を弾く。


「え?」


 ……速くない?


 チアは前より更に速くなっていた。


 速度が上がっているということは、わざわざ出力を上げた風精霊の靴の最高速度を自力でもう超えはじめているということだ。

 サウレ盆地でキュリネイアやベヒモスと走り回って遊んでいたせいだろうか。


 その速度は前に見たアルドメトス騎士団長の全力とも遜色がない。


「子供だとは到底思えんな!」


 もう一撃、下からの斬り上げを半歩下がりながら辺境伯が盾で払った。

 盾の陰に入るように斜めに跳んだチアは、空中で辺境伯の横薙ぎを受け止めるとそのまま宙に浮いたまま反撃した。


 見ていると妙な違和感があった。

 変なタイミングで空中にいるチアの位置がズレている。


 よく見ると、空中を蹴って移動しているだけじゃなく、空中を蹴っていないタイミングでも微妙に空中で体の位置を調整していた。

 魔道具の靴なのでそういったことも当然できるのだが、昔よりも使いこなしているな。


「風の魔術か!? 変わった動きをする!」

「魔道具です! 私は魔術使えません、から!」

「そうか! たしかロロという娘は錬金術師だったな!」


 二人がしゃべりながら打ち合う。


 そのまま辺境伯の上を通り過ぎて一度距離を空けたチアを見て、辺境伯が魔術を使った。


「私も少し本気でいかせてもらおう。ウォーターボール!」


 複数の水の球をチア目がけて放つ。


 チアはいつもの癖で剣を盾にしながら正面から辺境伯への距離を詰めようとして、持っているのが木剣であることに気づいた。


「あっ」


 二個を一振りで打ち払い、残りをなんとかかわそうとしているが間に合わない。

 当たるかどうかギリギリのところで風精霊の靴から空気が弾け、水球を破壊してただの水に戻した。


 きょとんとしたチアの動きが不自然に止まっている。

 どうやら自力でやったわけじゃないみたいだ。


 ということは……。


「私です」


 姿を消して付いてきているストラミネアの声だけが聞こえた。


 チアの風精霊の靴は、正確には精霊の力を借りた精霊具と呼ばれるものだ。

 中に入っている精霊は、出力を上げるためもあって今はストラミネアの分霊である。

 それを操作したらしい。


「剣が違うせいで対応を間違えたか。しかし思わぬ切り札を持っているな」


 辺境伯もまさか外部から魔導具を操作したとは思ってないらしく、気付いてはいないようだ。


 少し不思議そうにしていたが、気を取り直したチアが辺境伯との戦いを再開した。


 魔術を使い始めてからは辺境伯にチアは終始押され気味だった。


 牽制に、隙を消すために、フェイントに、辺境伯の魔術の使い方は巧みだ。

 手加減のためか水球しか使ってはいないが、その戦い方は強さよりもむしろ上手さを感じる見事なものだ。


 それに対するチアの対処能力も目に見えて上がっていった。

 いつもの剣を使っていないため結果的に叩き落とす精度や、回り込むために速度が更に上がり、かわしすり抜ける動きがスムーズになっていく。


「私の戦い方にもう対応してきているか。アルドメトスが逸材だと言ってはいたが、たいしたものだな。とはいえ、手合わせはもう十分だ。ここまでとしよう」


 息をついて、辺境伯が構えを解いた。


 これについては辺境伯のチアへの見解はおそらく違う。

 元々持っている能力の使い方を変えて対応しているというより、対応できるように成長しているのだと思う。


「はい、ありがとうございました!」


 チアが元気よく頭を下げる。

 チアの方が体力的にもまだ余裕がありそうだな。

 

「あの娘、何者だ?」

「ガトランド伯爵の秘蔵っ子らしいぞ」

「王都の冒険者って子供でもあんなに強いのか……?」


 訓練場にいた者たちがまだざわついている中、辺境伯は木刀をさっさと片付けている。


「明日中に急ぎの仕事を片付けて、明後日の朝出発する。それまでは街で好きに過ごしておくといい」

「わかりました。そうさせてもらいます」


 木刀を返して戻ってきたチアが、早速さっきの風精霊の靴からの攻撃について尋ねてきた。


「ねえ、さっきの靴のはロロちゃんがやったの?」

「ストラミネアだよ。靴に入ってるのはあの子の分霊だから操作したんだってさ」

「そうなんだ。それってミネアちゃんじゃないとできない?」

「さあ……どうなの?」


 そんなことまではわたしも知らない。

 そこらにいるだろうストラミネアに聞いてみる。


「難しい術は無理ですね。風刃か、さっきの衝撃波程度なら靴の分霊にチア様が声をかければ撃てますが、あまり使うと出力が落ちてしまいますし、威力については期待しないで下さい」

「そうなんだ! ありがと~」


 核を取っ払ってから、以前より強くなりできることも増えているとは言っていたが、ストラミネアの分霊は前と比べるとかなり高性能なようだ。

 以前は本体との連絡くらいがせいぜいだった。


 さて、言われた通り今日はもう宿でのんびりさせてもらうとしよう。

 この辺の料理も気になるし、明日は適当に街をぶらつくかな。


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