192 獣人の冒険者たちとの再会と、王都の孤児院
最近は施療院を回っていて出ずっぱりだったのだけど、珍しく家で料理をしていると門の呼び鐘が鳴った。
「見てくるねー」
そう言って出ていったチアが、見覚えのある冒険者たちを連れて戻ってきた。
星銀探しのときに知り合ったレフィとシルカたちのパーティーと、オークキング退治のときに助けたカティアのいとこという獣人の冒険者たちの二つのパーティーメンバーたちだった。
「なんで一緒に?」
「王都に来たから会いにきて、たまたま一緒になったんだ。ここのことは、カティアって冒険者に教えてもらった!」
「そういうこと。借りを返しにきたわよ!」
まあ、冒険者でここにわたしたちが住んでいることを知っているのはギルマスとカティア、あとはフラレリーニさんくらいしかいないからな。
聖女ロロナリエの住んでいる屋敷は前の演奏会扱いされていた女子会とかもあって知られているが、そちらは主に貴族の方だ。
「いらっしゃい。貸しはもうカティアに返してもらってるから、うちの方はいいよ」
対価はカティアに払ってもらったので、彼女たちはむしろカティアに返すべきところのはずだ。
「聞いたけど、かなり負けてもらったそうだからね。姉さんにも返すけど、あんたにも借りはあるままさ。金はそうないけど、人手のいる依頼やクエストの手伝いなんかならなんでもやるよ」
なるほど。
そういうことなら、頼めることはある。
「借りはないつもりだけど、お願いしたい仕事はあるからそっちの気が済むのなら引き受けてくれてもいいよ」
「お、なんだい?」
「なんだ、人手がいる仕事なら私も手伝ってやるぞ? ねえ、姐さんたち」
シルカも手伝いを申し出てくれた。
元々冒険者ギルドに依頼を出すつもりだったので手間が省けて助かる。
聖女モードでわたしが治療した元冒険者たちもいるが、人数的に少し不安があるからね。
知らない冒険者が来るよりは、元から知っている彼女たちの方がこちらもやりやすい。
運悪くけが人はだしたが、カティアのいとこたちはハイオークを含めたオークの集団を三人で倒せるくらいの腕はある。
シルカたちの方も全員獣人なので、身体能力は普通の人間より高いはずだ。少なくともてんで弱いということはないだろう。
実力的にも問題ない。
「新しく作る村を守る仕事。念のため人手は欲しいけど、それなりに長期的な仕事になるからどうするかは任せるよ」
「開拓地か……となると、かなりの辺境か?」
「ううん、王都から南の平原。ただ、魔物は少なくないよ」
王都南に広がる平原は、冒険者の狩場としても人気の場所だ。
「なんだ、近場じゃない。退屈よりは忙しい方が歓迎よ。いつまでとかって区切りはあるの?」
「うーん、まずは春までかな」
春までは様子見を兼ねて移住は少人数で開始するつもりだ。それ以降はもう少しテコ入れしたいので、警備体制なんかも変わるだろう。
冬になると活動するのに条件が厳しくなり冒険者としても本格的な仕事は難しい。
これから秋を迎える今なら、こちらも気分的に頼みやすい。
「いいよ、引き受けてやる」
「おう、任せな」
「こっちもいいぜ」
「ええ、私たちもかまわないわ」
まだ報酬の話もしていないのに、全員が肯定的な返事を口にしてくれた。
「オーケー。じゃあ、冒険者ギルドで指名依頼だしとくよ。よろしくね。ってか、シルカたちは知ってるけど、そっちはカティアのいとことしか聞いてないし、名乗ってないでしょ。名前教えてよ」
「あれ、そうだったかしら。ファラよ、ファラ。ま、どこにでもある名前ね」
思わぬところで、護衛冒険者の確保ができた。
あとは孤児院も回って希望者を募ったら、まずは一区切りだな。
◇ ◇ ◇
そんなわけで、午後からは孤児院を訪ねた。
そして、そこに住んでいる人数は想像をはるかに超えていたのだった。
数百人規模だとはね……。
ナポリタの孤児院とは規模がまるで違う。
村での受け入れもある程度は出来るが、それだけじゃカバーしきれない数の子供が暮らしている。
近くの村とかからも集まってきてるんだろうなあ。
数日分のつもりで大量に用意しておいたので、差し入れの食事とお菓子はなんとかいきわたらせることはできた。
「村? そんなこと言って、オレたちを食べるつもりなんだろ! オレは冒険者になるんだから、騙すとやっつけてやるぞ!」
「それはすごいですね。でも、それなら普通に今配ったクッキーを食べますよ」
「じゃあ、ギシキのイケニエとかにするんだな!」
「え、こわ……そんな野蛮人みたいな発想は、ちょっと引いちゃいますけど」
「え」
こちらがドン引きしたような態度を見せると、生意気な少年は焦った顔で周りの仲間を見回している。
くっくっく。
勝った。
ちょっとからかってやりながら、一応真面目なアドバイスもしておく。
「冒険者になると人族以外と組むことだってありますから、妙な偏見は持たない方がいいですよ。獣人以外にも、たまにドワーフやエルフ……まず組むことはないでしょうが竜人なんかの冒険者もいますから」
危険な魔物が現れて、緊急招集されるなんてことだってある。
そんな時に、やれこいつは耳が長いだの、尻尾がはえてるだの言ってる暇はない。
「竜人……? カッケーな! でも、一緒に冒険することがないってのはなんでだよ」
「数が少ないですからね。わたしも冒険者では一人しか知りません。彼女はSランクの冒険者ですし、あなたが大陸有数の冒険者にでもならなければ出会う機会はありませんよ」
「なるかもしれないだろ。決めつけんなよ!」
冒険者志望も勧誘する候補としてはアリだな。
そのまま居ついてくれたり、冒険者が肌に合わなかった子が出戻ってくる者もいるかもしれない。
「それなら、なおさらうちの村に来るといいですよ。元も含めて十数人の冒険者がいますから、暇なときに鍛えてもらえます。せっかくなので、装備代くらい稼いでいけば、何の準備もなしに冒険者になるより安心でしょう」
「う……うーん」
「獣人の冒険者もいますから、ついでに他種族に慣れておいたらどうですか? 大体、この耳ともふもふ尻尾のよさがわからないとか人生一割くらい損してますよ」
もっとも、今は尻尾は服の下なので見えていないのだけど。
いつもくっついて眠る尻尾ファンのチアが向こうで高速でうなずいている。
「俺は冒険者になっていつかリサ姉とケッコンするからいらねーんだよ!」
単にもふもふ愛を説いただけで別にそういうつもりで言ったわけじゃないのに、恋愛視点で返ってきた。
おマセさんかな。
「リサってどの子?」
「ここにはいねーよ。Cランクの冒険者なんだぜ! すげーだろ!」
「へー。そりゃすごいね」
結婚するなんて言っているんだから、そんなに年は離れてないだろう。
それでCランクまで上がってるのはなかなかたいしたものだ。
憧れのお姉さんって感じかな。
「翡翠の爪ってパーティーのリーダーやってるんだぜ!」
なんか聞き覚えのあるパーティー名が出てきたな。
『翡翠の爪』は、わたしやチアの姉であるミラドールの入った女性ばかりのパーティーである。
「そういえば、剣士の方が孤児院出身だと言っていましたね。少し背の高い、赤毛の人ですか?」
「そうだけど、なんでお前が知ってんだよ」
「翡翠の爪にいる見習い魔術師は、わたし……の侍女と一緒に孤児院で育った姉妹なので」
「ホントかよ!?」
「そだよー」
離れたところで小さい子と遊んでいたチアが答える。
交代要員なんかを考えると、村を守る冒険者はもう少し欲しい。
「そうか、彼女たちもいましたね。冬はどうせ暇でしょうから、冬の間に短期ででも村の警備をお願いしてみましょうか。休みの交代要員もいりますからね」
「リサ姉たちも来るのか!?」
男の子はうれしそうだ。
「どうでしょうね。依頼は出してみようと思いますが」
「私は街から出たくないから関係ないわね。そんなことより、ラシクス。あんた、食べないんならそのクッキーよこしなさいよ」
「あ、コラ! それはオレんだぞ!」
まあ、そういうふうに王都から出たくない子もいるよね。
孤児たちのことを考えると、他にももっと仕事が必要そうだな。
仕事がないわけではないが、安定した孤児の働き口というものは足りていない。