190 快気祝いの使い方
パールディル家で金貨の袋を押し付けられたあと、ようやくギルドに向かう。
先にギルドに行っていたディンさんが出迎えてくれた。
なぜか貧民街で治療した冒険者の面々も揃っている。
視線で問うと、ディンさんが肩をすくめた。
「お前さんの村への勧誘の手伝いだそうだ」
「実際に村を見てもいないのに、それは無理があるような……」
治した恩を感じているのはわかるが、そもそも村はまだ作っていない。
ギルド内にはもう遅めな時間のわりに、結構な数の冒険者がいた。
お願いしていたとおり、引退した者に声をかけてくれたようだ。固定化されてしまった傷らしきものを持つ者の姿も見える。
「ちょっと休憩させてください。今日は治療した人の数が多すぎました……」
「貧民街に人がつめかけていたからな。明日にするか?」
「明日また集まってもらうのも手間ですので、少し休んだから治します。チランジア、なにか飲み物をお願いします」
カウンターにチアがてとてと歩いていった。
あの子の好み的にあえてお酒は選ばないだろうけど、ここ、お酒以外もメニューにあったっけかな。
「そういや、昨日はいい飲みっぷりだったな。一杯いっとくか?」
「治したあと、腕が三本になっていたりしても知りませんよ」
「そりゃ便利そうだ」
冒険者が笑う。
わたしが来るのが遅かったから、すでに飲んでいるな。
「しかし、あんたは昨日来た時も思ったが、俺たち冒険者をまったく怖がらねえな」
「そりゃ、チランジアちゃんやロロちゃんなんかも冒険者やってるもんな。なあ、聖女さん」
わたしやチアのことを知っている冒険者もいたようだ。
「そうですね。わたし自身も頼まれて魔物を倒すことは少なくないですから。聖女の加護も魔物退治の功績で得たものなんですよ」
「なんだ、それであの子たちも冒険者登録をしていたのか」
「日国の神殿騎士ってところか。魔物を倒すって意味じゃ、俺たちともお仲間だな。どんなヤツを倒したんだ?」
最初は、世間知らずのお嬢さんが乗り込んできたとでも思われていたのかもしれない。
魔物退治をする同業者のようなものだと聞いて、冒険者たちはうれしそうな様子を見せた。
「加護を得た時は、王城くらいの大きさがある大蛇……巨大なヒュドラでした。大物でしたら、あとは寄生タイプの水棲の魔物や、アンデッド化した地脈の主らしきものなどでしょうか」
「ヒュー」
「やるじゃねえか」
「どうやってそんなヒュドラ倒したんだ?」
うーん……ぐだぐだだし、記憶は飛んでるし、とても褒められた倒し方じゃないんだよなあ。
「もしかして、あまり楽しくない話だったか?」
わたしが難しい顔をしているので、死人がたくさん出たような暗い話かと思わせてしまったらしい。
「いえ、格好のよい倒し方ではなかったものですから」
「魔物を仕留めるのに格好もなにもねえだろ。生き残ったやつの勝ちさ」
そうだそうだと野次が飛ぶ。
「誰も死ななかったし、みんな褒めてくれてたよ」
チアがジュースらしきものを持って戻ってきた。
褒めてくれた全員、もれなく苦笑交じりだったけどな。
「そうは言いますが、おりんは無理しすぎて後遺症で死にかけていましたし、チランジアもわたしをブレスからかばって利き腕の骨が粉々になってたじゃないですか。おまけに、そのあとも……」
正直、大蛇退治よりも、そのあとのおりんを治すのが大変だった記憶の方が強い。
チアもその時に死にかけたし。というか、あれはほぼ死んでいた。
テーブルに肘をついて半眼で視線を送ると、チアが自分のジュースを買うためのような顔をして、カウンターの方へ逃げていく。
チアが派手に負傷したことやおりんが死にかけたと聞いて、知り合いの何人かの冒険者が眉を寄せた。
「で、どうやって倒したんだ?」
「口から大量のお酒を流し込んで、酩酊したところを結界に閉じ込め、そのまま焼き殺しました」
さっきまで神妙な顔をしていた者も含めて、冒険者たち全員バカ受けである。
もし他人に言われたら、わたしも普通に笑うかあきれるし、やったヤツは絶対アホだと思うだろう。
残念なことに、今回やったのはわたしだが。
「どんな倒し方だよ」
「いや、話が本当ならそんな方法で死人出さずに倒したのはすごいだろ」
「酒もったいねえな……」
「そういう発想は、さすがロロちゃんたちの雇い主なだけあるわ」
そりゃ、どうも。
酔わせて倒すことについては、日国の伝統的な手法だったのでわたしが考えたわけじゃないけどね。
強硬策で魔術を使って直接口に流し込んだのはわたしだけど。
さて、そろそろここの人たちも治しておこうかな。
傷の治療をサクッと終わらせた。
今治療した人たちも、貧民街で治療した人たちも、元冒険者たちは結果的に今ここに揃っている。
当然ながら、みんな苦しい生活を強いられていたのが見て取れた。
そういえば、ちょうどよくさっきお金をもらったばかりだな。
「みんな、冒険者に戻るんですか?」
「それしか取り柄がないからな。恩返しがてら、もうあんたの村へ行くつもりのやつもいるぜ。俺はしばらく考えさせてもらう……。行くにしても、装備が欲しいし、勘を取り戻してからだな」
「では、欲しい方々はこれを。治療した方々全員へ支度金です。冒険者だった方が全員揃っているので、ちょうどいいですね」
パールディル伯爵にもらったお金をそのまま机の上に置く。
硬貨の重い音がした。
今話していた冒険者が確認するように周りに視線を送ってから、代表して袋を開ける。
「すべて金貨か……豪気だな。もらってもいいのか?」
「はい。ただし、無料では渡しませんよ。立派な体があるんですから、しっかり返してもらいます」
「欲しけりゃ、村に来いってことか?」
「いえ、そこは強制はしません。村を守る冒険者としてしばらく働いてくれる方や、住民として来るけれど有事に備えて装備を整えておきたいという方はもちろん歓迎ですが」
「そうでないやつは?」
「村に来ない方は、貸したお金を返す代わりに孤児院に寄付を。利子は銅貨の依頼にでもしておきましょうか」
まあ、こんなところか。
お金ををわたしに返してもらう必要はない。どうせあぶく銭だし。
「そういうことなら、受けとらせてもらおうか。余った金貨も孤児院でいいか?」
「そうですね。パールディル伯爵家のリベルチカ様の快気祝いだと言っておいてください」
「……それ、絶対あんたが治したやつだろ」