19 リンカーネイト、おりんになる
「と、いうわけで呪いをかけられちゃったんですよね」
遺跡もどきに向かいながら、リンカと今までの話をする。
話をしているリンカは、一度頭の上に戻っている。
ネコの姿の方が楽という発言と、まだ本調子じゃないだろうからということで、遺跡もどきの近くまではネコの姿にさせておいてあげたのだ。
あと、わたしは風精霊の力を宿した靴を使っているので、この状態にならないとスピードを出せない。おりんをマラソンさせないといけなくなってしまう。
そして、リンカが呪いをかけられてしまった経緯を聞いた。
リンカは私の妹の子孫の家で、主に子守りメイドをやっていたらしい。
ただ、私の功績もあって、一族からは皇后も輩出したりしている。
つまりは、公爵家や、場合によれば皇太子のお守りまでしていたわけだ。
リンカはわたしの前世や、歴代の皇帝についても実際にその目で見てきた生き字引だ。
皇太子が小さな頃に、賢帝と呼ばれたあなたのご先祖様はこんな方でした、なんて話をした。
その皇太子が悩んだときに、リンカに愚痴った。
「もし、賢帝様ならこういう時どうしたかな……?」
昔オムツを替えていたお坊ちゃんの愚痴に、きっとこんな風にお考えになったでしょうね、とリンカが答える。
そんなやり取りが増えていくうちに、リンカが皇太子を操っているだのと言い出す輩が出始めた。
本人はただ愚痴に付き合っていただけのつもりだったらしいのだけれど……
そしてその皇太子が、リンカを妻に迎えたいと言い出したのが事態を一変させた。
こっそりと自分も相談相手になってもらっていた皇帝も、それに賛成した。
皇家に入り、長く国を支えて欲しいという建て前だったが、詳しく話を聞いてみたところ、どうもそのお坊ちゃんはリンカに本気で恋心を抱いていたようだ。
ただし、周りは当然大反対だ。
リンカは長寿種族並みに生きている。更にこれからどれだけ生きるのかわ分からない。
それでも、意外にも賛同者はそこそこいたらしい。
リンカはわたしの弟子だったので、他の弟子の子孫だったり、メイド働きをしている間に縁のできた者だったりしたそうだ。
リンカは兄弟弟子や、私の甥っ子姪っ子の子孫たちからも、ずいぶんと慕われていたみたいだ。
皇太子とリンカの結婚を、確実に阻止するにはどうするか。
暗殺は難しい。リンカは強いのだ。
毒も厳しい。感覚の鋭い獣人で、半分は精霊だ。
「それで呪いね」
「ええ、もうあの坊ちゃんのおかげでヒドい目に遭いましたよ。私は結婚する気なんてないって言ってるのに」
頭の上にいるリンカが、心底迷惑そうな声を出した。
まあ懸想された結果、あんな大層な呪いをかけられることになったわけで、当たり前と言えば当たり前だけど。
「ちなみに、それはどれくらい前の話?」
「今がいつなのかわからないんですけど」
「わたしが死んでから、百五十年経ってるらしいよ」
えーっと、それなら大体……と、リンカが指を折る。
「じゃあ、八十年は経っていますね」
「なんだ。それなら、もうやり返す相手はいなさそうだね」
残念ながらと言うべきか。
まだ生きていたら、呪いのフルコースくらいはプレゼントしてあげたんだけど。
リンカの尻尾がゆっくりと揺れる。
どうも、わたしが怒っていることが嬉しかったらしい。
「呼び方ですか?」
「調べたらすぐに孤児だってわかるわたしを、ご主人呼びはちょっとね。今の名前はロロナだよ。大体ロロって呼ばれてるけど」
遺跡もどきに段々と近づいてきているが、そろそろ日も沈みそうだ。
できれば、明るいうちにたどり着きたい。
リンカについては、今回のスタンピードでたまたま助けたということにさせてもらおうかな。
「命の恩人だからってことでは、駄目なんですか?」
「それでいきなりご主人呼びしてます、は無理があるでしょ」
じゃあ……と、リンカが口を開く。
「ご主人様」
「パワーアップした!」
「ロロナ様」
「もう一声!」
「お嬢様」
「本気でやめて」
うーん、と頭の上のリンカがうめく。
無意識なのか、揺らしているしっぽがさっきからぺしぺし後頭部に当たっている。
「ロロさんか、ロロちゃんでしょうか」
「それでいいよ」
「二人きりの時は、ロロ様でもいいですか?」
「……その辺は好きにして」
二人きりの時はご主人でも犬でも好きに呼べばいい。
いや、やっぱり犬は嫌だな。
「今更ですけど、ロロ様は魔法候だと名乗り出る気も、帝国に戻る気もないんですよね?」
「うん、もう十分働いたし、宮仕えはこりたよ。のんびり好き勝手して生きていこうかと。リンカは帝国に帰りたい?」
「いえ。全然。全く。これっぽっちも。……そうではなく、ロロ様と一緒にいるなら、私も自分がリンカーネイトだって知られない方がいいですよね」
なんかすごい勢いで否定したな。
最初は戻って腹いせに暴れてこようとするんじゃないかと心配したけど、むしろ関わり合いになりたくなさそうな感じだ。
そして、気にしていたのはそこか。
わたしの事を直接知っている人間は、一部のエルフやドワーフを除けばもういないと思って間違いない。
とは言え、リンカは普通の人間よりは有名だ。対策はしておくに越したことはないだろう。
「その方がよさそうかな」
「じゃあ、新しい名前を下さい」
「へ?」
「リンカーネイトだと名前として珍しすぎますし、元々ご主人につけてもらった名前ですから」
確かにそうなんだけど、ネーミングセンスにはあまり自信がない。
気軽にホイホイ頼まないで欲しい。
「じゃあ、リンでいいんじゃない」
「リン、ですか?」
そのまんまじゃないですか、と不満が顔に書いてある。
「おりんって呼んであげるから。かわいくない?」
「何ですかそれ」
リンカが首を傾げる。
「日国では、二文字の名前の女性は、名前の上におを付けて呼ばれるんだよ」
「おろろ様ですね!」
「それはなんか違うな!」
そもそも、わたしの名前は一応ロロナだからね。ロロって呼ばれることのが多いけど。
そういえば前世の名前は、りえだから二文字か。でも、おりえでも変だな。
そんなことを考えながら歩いていると、ようやく遺跡もどきが見えてきた。