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189  スラムでの治療 2日目


 昨日に引き続き、今日も炊き出しと洗浄、けがや病気の治療を貧民街で行う。

 母親の三姉妹や赤ちゃん、イオナンタたちも一緒だ。

 粉ミルクやほ乳瓶の扱いなど、まだまだ不慣れなので彼女たちだけで家に置いておけず同行している。


 今日はまず手始めに貧民街の掃除からである。


 やっておかないと、匂いとかがやっぱりしんどいからね。

 昨日はさすがに初日なので遠慮したけど、もう一日我慢する気にはなれなかった。

 もちろん、地道に手作業で掃除をするわけではない。


「昨日一応お知らせはしましたし、問題はないそうなのでやってしまいましょう。おりん、よろしくお願いします」

「わかりました」


 そんなわけで、貧民街全体に洗浄をかけておく。


 おりんが洗浄を広範囲に向けて使用すると、広場を中心に建物の汚れなどが落ちていく。


「さすがにそこまできれいにはなりませんにゃ」

「貧民街ほぼ全部洗浄してるんだから、十分以上でしょ。何回かやればだいぶ変わるんじゃない」

「あの辺キレイになってるよ」


 見渡せた方が都合がよいので、今は近くにある家の屋上に登っている。

 チアとおりんしか横にいないので、今だけは普通の口調でしゃべれる。


 実際のところ、指定する汚れなんかの知識はわたしの方があるので、わたしがやった方が早いし効率はいい。

 ただ、手持ちの魔石がないのでわたしがやるとマナを使わざるを得なくなる。

 空っぽになったら地脈まで充電しにいかないといけないし、無駄遣いは避けたい。


「すげぇな……虫やネズミもこれなら湧きようがねえ」

「表通りみたいにピカピカになってる……」

「匂いもほとんどなくなったね」


 下から住民や、昨日治療したお礼に手伝いに来てくれている人たちの声が聞こえてきた。


 今日は、昨日やり残した人だけなので、治療を希望する人は多くない。

 今日まででもう十分だな。


 最初はそう思っていたのに、いざ始まってみると列が途切れない。

 途中で気が付いたのだが、明らかに貧民街の外からもやってきている。


「どんな病気も治してもらえると聞いて、北区の方の施療院から……」


 それらしき人に確認すると、少しバツが悪そうに答えた。


 施療院も、治療を行える神官が時々ボランティア的に巡回して治療は行っている。

 時間が経って固定化してしまう前の傷は治せるし、病気に関しても祝福で毒素の除去を行ったり生命力を増すような処置はできる。

 逆に言うと、それでなんとかならない者はどうしようもないわけだ。


 追い返すわけにもいかないし、今日も手伝ってくれているディンさんも列を整理しながら困惑気味だ。


「神殿にかかれないとか、かかっても治らない連中が話を聞いてあちこちから集まってるのか」

「そのようですね。これは一度、こちらから各施療院にも出向いておいた方がよいのかもしれませんね」


 やれやれ。またやることが増えた。

 村に人を勧誘できるチャンスが増えたとでも思うことにしておこう。 


「下手すると、家にまで押しかけられないか?」

「貴族街に住んでいますので、それは大丈夫です」


 ディンさんは心配そうだが、貴族街でそんな騒ぎを起こせばすぐに警備兵がやってきて連れていかれる。


「少しずつは減っていますから、なんとかがんばりましょう。効率をよくするために、病人とケガの人を分けておいてください」

「ああ、わかった」


 今日の赤ちゃんたちの世話は、母親たちと一緒になってイオナンタも手伝っていた。

 もっとも下の洗浄とお湯の用意などはおりんが魔術でやっているが。

 わたしはまったく暇がなく、それどころではない。


 数時間後、夕方になっても列に並ぶ人はまだ残っていた。


「かなりの人数治療していたんだがな……」

「さすがに全員は無理でしたね」


 仕方がない。

 もうこれ以上は無理だな。

 優先度の低い、後回しにした者を中心に治しきれずに残ってしまった。


「申し訳ないですが、わたしの治癒の力は使い果たしましたので今日はここまでとします。また各施療院もまわらせていただきますから、地区の施療院をお訪ねください」


 まだマナが尽きたりはしていないが、体力と集中力的にそろそろ辛い。


 不満の声もないではないが、無理なものは無理だと元冒険者たちが散らしてくれた。

 わたしは見慣れてるが、一般の人たちにとっては冒険者は少々怖いのだ。


 片付けていると、身なりのいい老人が散っていく人たちの流れに逆らうようにして現れた。

 側には護衛らしき者がついている。


「初めまして、聖女様。(わたくし)、パールディル伯爵家からの遣いでございます。当家のリベルチカ様の治療をお願いしたく迎えに参りました」


 治療することはもう決定事項でこちらが断るという頭はないらしい。

 考えるまでもなく、貴族だからだろう。

 一言言ってやってもいいのだが、ケガ人か病人を連れてこいというのもかわいそうではある。


 今後住民を増やしていく時には何かしら役に立つ可能性もある。作れるコネは作っておこう。


 前向き、前向き。


「少し時間をおけば、一人くらいならなんとかなるかもしれません。あとでお訪ねしましょう」

「それならば、当家で休んでいただいても結構でございます。馬車を向こうの通りで待たせておりますので、どうぞ」


 なかなか強引にきたな。

 先に冒険者ギルドに寄ってからと思っていたんだけど仕方ない。

 それなら先に片付けるか。


「おりん、子供たちを連れて帰っておいて。こちらが終わってから向かいますので、ディンさんは冒険者ギルドにいる者たちへそう伝えてください」

「チアはー?」

「わたしの護衛です」

「りょ! です!」


 馬車の中で症状などについて、伯爵家の遣いを名乗った年配の執事さんから説明を受ける。


「お嬢様は少し前に湿疹が出て以来、痛みが続くようになりましてな。神官を呼んでもほんの一時しのぎにしかならず、困り果てておったところです」


 聞く限りでは可能性が高そうなのは帯状疱疹の類かな。

 神経が破壊されてしまうので、治ってからも神経痛が続く。

 治療は他の固定化されてしまった傷と同じようなものだ。


 帝国にいた頃にも何例か見た。

 こうなると、薬で痛みを抑えるしかない。

 わたしが死んでいた間に劇的な進歩をしていなければ、今も変わりはないだろう。


 伯爵邸でリベルチカお嬢様とやらを治療する。

 ダメージを受けている神経を描きかえると、あっさりと痛みは消えた。

 ものすごく感謝された様子から、かなり苦しんでいたようだ。


 執事が謝礼金を用意していたが、そういったものは今まで治した人たちから一切受け取っていない。

 お金が絡むと、たくさん出すから優先しろとか混乱を招くからね。


 断ったのだが向こうも引かず、結局今回は娘さんが治った快気祝いの恩恵にあずかったという形になった。



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