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185  ロロナリエ、スラムへ行く

「元々貧民街(スラム)に来るつもりだったというのは、どういうことだ?」


 歩きながら、ディンさんが話しかけてきた。

 仕事で荷物を背負って朝から歩き回っていたはずだけど、その足取りは確かだ。


「新しい村の住民探しに孤児院は回るつもりでしたし、それなら孤児院に入っていないような者も……で、貧民街もと考えていました」


 ロロナリエの侍女ということになっているわたしとチランジアは孤児院出なので、孤児院にはこちらも声をかけやすいし、向こうも安心感はある……と思う。多分。

 

 明確な区分けがあるわけでもないけど、貧民街の入口の辺りまで来た。

 普段、救貧院などの行う炊き出しはここで行われている。


「ここから先はもう貧民窟だと思っていい。ここで待っていてくれ」

「いえ、中央の広場までいきます。元々その予定でしたから」


 あっさり言うと、ディンさんともう一人の冒険者がギョッとした顔になった。


「やめとけ。何かあったときに守りきれん」

「大丈夫です。うちの者は強いですから。入口だけよりは、あちらの方がより深く声が届くので都合がいいです」


 貧民街には今日来るつもりでなかったのもあり、もめ事を想定していなかったのでおりんとチアは二人とも和装メイドさん姿である。かわいい。

 それでも、武装した素人が山と来た程度で、どうこうできるような二人ではない。


 奥で貧民街を仕切っている連中の拠点まで踏み込むわけでもないし、たいした面倒ごとは起こらないはずだ。


 起こってもまったく問題はないけどね。

 どうせ叩きのめしてそれで終わりだ。たいした混乱は起きないだろう。

 この手の場所は、潰したところで取り仕切る勢力が変わる程度でそれほど影響はないのが常だ。


 しかし汚いのはまだいいが、匂いがヒドいのは高性能な鼻を持つ獣人には辛い。

 貧民街全体に洗浄魔術をかけてやりたいが、今日のところは驚かせすぎるだろうからまだ我慢だ。


 冒険者は足をなくした男を探しに行き、ディンさんとわたしたち三人はそのまま奥へ向かう。


「おい、ここはお前らみたいなやつらが来るとこじゃ……」

「はいはい、また今度ね」

「キレイな服着てんじゃねえか。わざわざ売られに……んごふ!」


 いちいち相手にしていたらきりがない。

 警告してくれたおじさんを袖にして、ゴロツキをノシて、貧民街の真ん中にある広場まで向かう。


 魔物を相手にしている者が、今更ナタを突きつけられたくらいでいちいち怖がるわけもない。

 そもそも基礎スペックの違う獣人相手に、鈍らの刃物でなんとかなると思っていたのなら認識が甘すぎる。


「今の道は危険区域です。普通は隣の通りですよ。わざわざ調べておいたのに、進んでもめごとを起こさないでください」


 貧民街といってもどこもかしこも危険というわけではない。より危険なところと比較的安全なところがある。

 それなりに秩序もあるし、子供だっている。危険が多いのは間違いないが。


「遠回りするのが面倒でしたからね。ほら、着きましたよ。洗浄、洗浄」


 やれやれといった表情でおりんが広場全体に洗浄をかけた。

 わけのわからないゴミや、謎の液体の水たまりなどがさっぱりと消え、割れた石と土ばかりの地面になった。


「上手になりましたね。えらい、えらい」


 精霊化して魔力が増え、魔力の操作も無駄がなくなっているな。

 ロロナリエになってもまだおりんよりは背が低いけど、前よりは頭をなでやすい。


「メイドですから」


 喜んでいるみたいなのでいいけど、それは関係あるのだろうか。


 広場にいた者たちが騒ぎ始めたが、それを無視して魔術できれいな石畳に敷き直した。


「うおっ……貴族街の大通りみたいだな。一体、なにをする気だ?」

「炊き出しですよ。足元が汚いの嫌じゃないですか」

「……それだけか?」

「それだけです」

「それだけでこんな……」


 衛生的にと言ってもあまり伝わらないと思われるので、さらっと流しておく。


 机と用意しておいた大鍋に使い捨て系容器……と、必要なものをドカドカ出していく。

 シチューなんかいいなと思ったけど、夏なのでショートパスタ入りのスープパスタにしている。


 風の魔術で拡声しつつ、匂いを振りまく。


「臨時の炊き出しでーす。キレイにもしますよー。傷の治療なども行いまーす」


 匂いにつられてすぐにわらわら集まってきた。

 広場の地面がなぜか整備されているせいで戸惑う者も多いが、みんなおいしそうな匂いには勝てないようだ。


「チアはこれを順についであげてください。おりんは端から洗浄を。ディンさんは列の整理をお願いします」


 薄汚れ、悪臭を放っている者たちが洗浄をかけられていく。

 汚れで変わっていた服の色が戻っていくのは、見ていてわかりやすい。


「なんだなんだ!? お前、服が白くなってるぞ」

「あんたこそ、なんだいそれ。髪がサラサラになってるわよ」

「おおっ!? キレイにするってのは、こういうことか!?」

「水浴びなんかを期待していたならすみませんが、魔術で汚れをとらしてもらいます」

「いやいや、服までなんて助かるよ」


 衛生観念はザルでも、臭い汚い水なんかは病気の素になる程度の感覚はあるのだ。

 それを除いても、単純に汚れているよりはきれいな方がいい。


「おおっ、うまそうだ」

「こりゃいけるな」


 思ったより人が多いな。

 匂いと声を振りまきすぎたかもしれない。


「ロロちゃん様、間に合わないよー」

「ロロナリエです」


 チアの注ぐスピードはやたらと早いのだが、受け取る相手までそうではない。

 わたしも手伝いたいが、そろそろ別件がくるはずだ。


「おーい」


 片足がない者を連れた冒険者が戻って来た。

 安酒の匂いを振りまき、杖を持った片足の男がよたよたとこちらに近づいてくると澱んだ目をこちらに向けた。


 酒におぼれて痛めた肝臓まで面倒みないぞ。


「こいつだ……頼む」

「ほ、本当に……あんたがこの足を治せるのか……?」

「お酒くさいですね。おりん、洗浄」

「む……ブロット、水をくれ」

「お、おう」


 おりんが洗浄をかけるより早く、片足の男は水をひったくるように手に取ると躊躇なく頭からそれをかぶる。

 頭をふって顔を拭うと、最後に残った水を一気に飲み干した。


「すまん。みっともない姿を見せた。足を治してもらえるかもしれないと聞いて慌てて来たもんでな。チャンスがあるなら、(わら)にもすがらせてもらいたい」


 言いたいことはわかるが、それだとわたしが藁みたいじゃない?


「先に言っておきますけれど、足は治しますがお酒でやられた体は治しませんよ。死にたくなければ、酒は断つことですね」

「また両の足で歩けるというのなら、酒なんぞ一滴もいらんよ」


 朗らかに男が言い切る。


 それならこちらも請け負うのに異存はない。

 すぐに死ぬような酒びたりを治す気にはならないからね。

 それくらいはこちらも相手を選ばせてもらいたい。


 ディンさんの手を治した時と手順は同じだ。

 どうしたどうしたと炊き出しに集まっている人たちの見守る中、足を再生させた。


「あ、足だ! 俺の足が!!」

「元の足とは少し感覚が違うかもしれません。無理はしないようにしてください」


 残っていた方の足がベースになっているからな。


「いや、まったく問題ないな」


 足の感覚を確かめていた男の横で、もう一人が突然土下座をした。


「さっきは失礼な態度をとってすまな……いや、申し訳なかった。治してくれてありがとう……ございます」


 それを見て、片足だった男も同じように地面に頭をつけた。


「礼を言わせてくれ。できることならなんでもやろう」

「では、まず頭を上げてください。それから、食事を配る手伝いでもやってもらいましょうかね」


 わたしの視線の先ではチアが機械のようにスープを注ぎ続けていた。


「まだー? はやく手伝ってよー」


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