184 聖女、冒険者ギルドへ行く
「全員にエールをお願いします」
わたしの声に一仕事終えた冒険者たちから歓声が上がる。
「いいぞー!!」
「わかってる!」
「さすが!!」
冒険者ギルドで、うちの者がお世話になったお礼ということでその場にいた全員に一杯おごったところである。
そのうちの者というのは、チアとおりんに加えてわたし自身ということになるのだけれど。
定番だが、口を軽くするお酒は情報集めにもってこいだ。
なにがさすがなのかはわからないないが、盛り上がってはいる。
「それでさっきのお話ですが……」
「引退を考えているような冒険者がいれば、か……」
加齢で体力的に辛かったり、なってみたものの合わなかったというような冒険者がいればと探しに来たのだ。
冒険者は、新しい村の旗印が獣人のわたしでも気にしない人種の筆頭である。
次点は獣人の集落とも付き合いがあるような田舎の村に住んでいる人か、危険人物が多く人種までいちいち気にしないスラムに住んでいる者たちあたりだ。
「そうだな……。俺の知ってる冒険者だとディンさんくらいかな」
王都を中心に活動してる人でも、わたしが知っている冒険者なんて所詮はほんの一部だ。
当然と言うべきか、今聞いた名前の冒険者も知らない人である。
チアとおりんの方に目をやるが、二人も知らないようだ。
「どんな方なんですか」
「元々Cランクの冒険者だったんだが、魔物にやられた傷のせいで左手が不自由なんだ。それでEランクに落ちて、それ以来荷物持ちをやってる」
「……治療が間に合わなかったんですね」
「王都を離れるとそう都合よく治癒の力を持つ神官なんていない。ポーションが足りなかったりすると、どうしてもな」
「引退を考えているというのは、荷物持ちだと生活が苦しいってことですか?」
「いや、そろそろ四十近いから、田舎に帰って畑でも耕すかって言ってたのを聞いたことがある」
ああ、年齢的な限界の方ね……。
「ディンさんのいるパーティーも、そろそろ戻ってくるところだと思うぜ」
そう言って冒険者が窓の外に目をやった。
「おい、聖女様よお。あんたは飲まねえのか」
「はい?」
横から突然、赤い顔をした冒険者が割って入ってきた。
「全員につったろ。ならあんたも飲めよ。それとも俺たちと同じ酒は飲めねえのか、なあお嬢ちゃん?」
後ろで仲間と思われる連中がゲラゲラ笑っている。
「おい、お前やめとけ! ロロナリエさん、ガラの悪い連中だ。気にしないでくれ」
今まで話を聞いていた冒険者が止めに入ってくれたが、冒険者ギルドの酒場なので、この程度は想定内である。
いきなりセクハラかましてこなかったあたり、そこらの酒場よりはお行儀がいい。
「いえいえ、たしかに全員と言いましたからね。後ろの二人は仕事中ですので、わたしがまとめていただきましょう」
ちょうどドでかい木製のピッチャーのようなものを持って現れた店員さんから、それをひったくった。
重すぎて片手では持てなくて、あわてて両腕で持ち直す。
「お客さん!?」
「では、いただきます」
「ロロナリエさん!?」
「お、おい。やめとけ!」
そのまま巨大なピッチャーから口を離すことなく一気に飲み切った。
少々はしたなく、口を手の甲で拭う。
「ふう」
ギャラリーからおおー、っと声が上がる。
わたしにからんできた、ぽかんとした顔をしている冒険者ににっこり笑顔のサービス付きだ。
空になったピッチャーを机に置くと、ドンと大きい音が鳴った。
「それで、あなたはわたしにどなたを紹介してくださるんです?」
「へ? あ、ああ……」
からんできた冒険者の顔色から赤い色が抜けていく。
後ろにいる二人に、こっそりブイサインを送った。
おりんはやれやれ顔で軽く肩をすくめている。
チアが苦そうな顔をして舌を出した。
あんなマズいものよく飲むなって顔だな。お子ちゃまめ。
「え、えーっと……その……いや、引退を考えてる冒険者なんて連れてっても役に立たないだろ」
「はい?」
「開拓だろ? 普通に冒険者を雇って連れてったらどうだ? 土地を切り開いて耕すのなんて、元気な連中がたくさんいないと話にならないだろ。運が良けりゃ、そのまま居ついてくれるやつだっているんじゃないか?」
苦し紛れかと思ったら、意外にまともな意見が返ってきた。
農村出身者だったりするのかもしれない。
土地を実際に切り開く苦労を知っている実感がこもっていた。
「ああ、それは大丈夫です。切り開くのは、当面わたしが一人でやるので」
「はあ? あんたが一人で?」
「はい、豊穣の加護を持つ聖……御使いですから、そういう力もあるんです。それでも農業自体がかなり重労働なのは否定しませんが……。後続の人たちに続いてもらわないといけませんし、先にできるだけ環境は整えるつもりです」
「それなら、いや……」
ぶつぶつ何か考え込み始めた冒険者が顔を上げ、言いにくそうな感じで続ける。
「なあ、手じゃなくて、足が悪い。いや、悪いなんてもんじゃねえ、片足がなくて義足だ。そんなやつでも……」
「ああ、問題ありませんよ。だって――」
そこまで言いかけたところで、ギルドの入口の方にいる冒険者の声で話をさえぎられた。
「おーい、ディンさんが戻ってきたぞ」
ギルドに戻るなり、突然自分の名前を呼ばれて、ディンさんとやらが不思議そうな顔をしてこちらの方にやってきた。
「なんだ、どうした?」
「もしかして勧誘ですか?」
同じパーティーらしき若い冒険者も一緒についてきた。
勧誘と言えば勧誘ではある。
「雇うなら、あなたのような若い方にはおススメですよ。長い冒険者経験があるので勉強になるし、片手でも自分の身を守れるくらいの強さはあります。僕らはそろそろお守りを卒業するのでぜひどうぞ」
「おい、やめてくれ。もう引退しようってところなんだからよ。今だってお前らが言うから……」
もっと後ろ向きな感じで仕方なく荷物持ちをやっているのかと思ったら、後輩の指導も兼ねていたらしい。
結構慕われているようだ。
ディンさんに事情を説明する。
「なんだ、つまり田舎で畑を耕すなら、せっかくだからうちの村の畑を耕さないかってことか?」
「そういうことですね」
「わざわざ声をかけてくれたのはありがたいが……。知っているかもしれんが、俺の左手はほとんど力が入らない。足を引っ張って、他の者に迷惑をかけちまう。知らない者たちばかりのところとなると、ちょっとな……」
ああ、そういえばその話があったな。
自分の中で解決した気になっていたので忘れていた。
「ああ、先にそちらを片付けるのを忘れてましたね」
「片づける?」
「ちょっと左手を見せてください」
差し出された左手の手首付近には大きな傷跡があった。
手首の角度もおかしい。
変な骨のくっつき方をしたんだろう。
右手は無事なので、こちらを反転コピーした状態をベースに治せばいい。
健常な左腕を、特殊な術式で描き出す。
普通の魔術の術式ではない、幻想魔法と呼ばれる万物の根源たるマナを操る、神々の力。文字通りの魔法だ。
マナを直接流しこんで、生命力を活性化させて治すような治療法もあるが、それはわたしがやるととてつもなく効率が悪いのでやらない。
経験が少なく、単純に下手なのだ。
マナを流し込まれて発動した魔法が、ディンさんの左腕を改変する。
「ぐああ!? いでででで!! な、なにすんだ!」
左腕を押さえてうずくまったディンさんが、涙目で文句を言った。
そういえば、痛覚の遮断とかそういうことは何もしていなかった。
「すみません。まだ痛いですか?」
「ん? あ、いや……ああ、もう痛くはないな」
そう言って、左手をぷらぷらと揺らす。
「あれ?」
「ディ、ディンさん。それ、治ってません!?」
「手が動くぞ!? 力が入る……!」
そう言って、私が飲み干して空になったピッチャーを持ち上げた。
「筋力は落ちたままですよ。重いものはやめてくださいね」
「あんた……いや……ええと、あなたが治してくれたんですね。ありがとうございます!」
「さすがに万病を、というわけにはいきませんが、固定化された傷を治すくらいはできます。ダテに聖女認定もらっているわけではないので」
さっきディンさんを売り込んできた若い冒険者が、ディンさんの背中を強く叩いた。
「おめでとうございます! これなら、冒険者に復帰もできるんじゃないですか!?」
「え、ああ……そうか。しかし、治してもらってそういうわけにもいかないだろう。それに、年は変わっちゃいないんだぞ」
「別に来てくれないなら治さなかった、なんて言うつもりはありません。冒険者に戻るも、荷物持ちを続けるも、田舎に帰るも好きにしていただいてかまいませんよ」
治してもらったから仕方なく、と嫌々来られても、むしろこっちが困る。
ギルドにいた冒険者たちはわたしがディンさんの古傷を治療したのを見て、さっきまでとは打って変わって、興奮した様子で候補となる人間の名前を上げはじめた。
あいつはどうだ、こいつは今どこにいる、と知らない冒険者の名前が次々にあがる。
ケガで引退を余儀なくされた冒険者たちだろう。
その声も熱を帯びている。
「なあ、ええと……聖女さん。もうないものを生やすことはさすがにできない、よな……?」
不安と期待の混じった様子で、さっき難くせをつけてきた冒険者が恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「さっきの、片足がないという方ですか? できますよ。問題ありません」
「本当か!? 待っててくれ! すぐに連れてくる。裏通りの貧民窟にいるはずだ!」
ああ、スラムにいるのか。
ちょっとやさぐれすぎじゃないの。
「施療院や救貧院じゃないんですね」
施療院は主に病人の、救貧院は生活困窮者の駆け込み寺である。わりとこの辺の区別はあいまいだが。
「……酒びたりさ。死んだも同然だからと」
「それなら、わたしも行きましょう。元々貧民街には行こうと思っていたのでちょうどいいです。……皆さん、また紹介できる方がいれば、お願いします。明日また来ますので」
あちらこちらから返事が飛んできた。
期待してよさそうかな。
「すまん。恩に着る」
「さすがに女子供ばかりじゃいかんだろ。俺もついていこう」
ディンさんも礼のつもりか、そのまま一緒についてきた。
気が急いているのか、足早に歩く冒険者を追いかける。
冒険者ギルドを出て向かう道すがら、おりんがこっそり話しかけてきた。
「さっきのエール、ホントに飲んではいませんよね?」
「飲む前に錬金魔術でアルコールを分離して飛ばしたよ。量が多いから、飲みながら水分も大体飛ばした。飲んだのはただの麦水を一杯分ってとこかな」
「ま、そんなところだろうと思っていましたにゃ」




