183 国王たちを案内する その2
しばらくの移動を経て、無事に星銀の地底湖へ到着した。
穴をふわふわと下におりていく。
「こんなところよく見つけたな」
「すごいでしょ」
「ああ、これに関しちゃ素直にすげえ。……しかし、今日聞いた地図や地下資源の話といい、これといい、さっきの長距離移動といい、お前は人に言えない実積や特技ばかり増えていくな」
国や、国に及ぶような大きな権力を持つ宗教団体なんかに知られると、表から裏から手を回してくるやつだろうね。
知られると面倒なことに巻き込まれるのは間違いない。
「いい女は秘密が多いもんだって、隣のメイド長のおばちゃんが言ってた」
「それはちょっと違うやつだろ……。実積で思い出したが、お前まだギルドカード凍結したままだぞ」
「仕事する暇ないんだもん」
「あんまり止めてるとランク上がらねえだろ。どうせ目立っちまうなら、さっさと上にいっちまった方が案外自由に動けるぞ」
ランクが上がれば色々隠し玉を持っているのが当たり前になっていくし、同時に余計なちょっかいをかけるような者も減っていく。
戦力になる大事な人員となると、ギルドも本腰入れて守ろうとしてくれたりもするだろう。
Bランクだったリーガスも、トラブルよけになるので便利だと言っていた。
「ギルマスの言うとおりなんだろうけど、わたしあんまり強くないからね」
ついでに言えば、今自由がないのは稲荷神への借りを返すためなのでランクとかとはまた別の話である。
「よく言うぜ」
「術の発動に時間がかかるんだよね。魔力ないのに魔術で戦ってるから」
「それでなんで使えるんだよ」
「今はマナを変換して魔術を作ってる。これだと、オオカミにかじられるまで魔術が出せないくらい遅いね。魔石の魔力を使えばまだマシかな」
手ぶらの時だとストレージから取り出したりもあるから、やはり魔石でもワンテンポは遅れる。
加えて、使い切った魔石が割れたり、とっさに使った時の感覚のズレなんかもあるので、高ランクの魔物を相手にするにはやや不安が残る。
「……やってることはいちいちバケモンじみてるのにな。魔石の魔力なんて扱いにくいもの、普通はまともに使えんだろ」
乙女にバケモンとか言うな。
ギルマスの扱いが雑なのは、そういうとこのせいだぞ。
口にする前に底に着いた。
あとで覚えていたら日記に書いておこう。書いたことないけど。
「ほい、到着です」
「下は思っていたより広いのだね」
穴の底は当然月明かりもない。
今は魔術師長とわたしの出した魔術の明かりだけだ。
もっとも、魔術師長はかなりの輝度の明かりを複数出しているのでそれなりに明るいが。
「向こうの方だよ」
「おおっ、あれか」
国王が地底湖の縁まで走って行ったのを見て、明かりを消す。
それを見た魔術師長も続けて明かりを消した。
ただの黒い池から、星の浮かぶ湖にその姿が変わる。
「ほう!」
「これは見事ですね」
「こりゃすげえ」
みんなが口々に驚きや感心の声をあげる。
「ふむ、たいしたものだな」
宰相も驚いた様子は見せなかったが、一言だけ感想を言った。
「これはすごい。想像していたものよりよほど大きいね。かなり遠くまで続いているようだ」
「あそこから先も壁の下で見えないだけで続いていますよ。むしろ、見えないところが大部分だと思います」
「マジかよ……。売ったらいくらになるんだ、これ」
売らないから金貨ゼロ枚分だよ。
そういう意味じゃないのはわかってるけど。
「なんでこれ回収しなかったんだ? きれいだからか?」
なかなかロマンチックな発想だけどハズレだ。乙女かな。
「王様から聞いてないの? ここ、住んでる生き物がいるからね」
「ああ、水の層もあるのか」
「そうじゃなくて、黒水銀の中を泳いで星銀食べてる魚っぽいなにかがいるの」
「……なんだそりゃ。魔物か?」
今までと違って、ギルマスの声に緊張感があった。
魔物という言葉に国王以外が反応して、すぐに戦闘に移れる体勢になる。
「水棲型モンスターの特殊個体ですか?」
「武装しとけってのはこういうことかよ……」
「いや、魔物じゃないと思うよ。ピン打ちに反応しなかったからね。それに、一度見たけど敵意もなさそうだったから多分大丈夫」
みんなの緊張が少し解けた。
わたしも最初は魔物を疑ったし、気持ちはわかるけどね。
「しかし、当たり前ですが普通の魚……ではないですよね」
「わからないけど、なにか魔物とは別の……幻獣種とか神性生物じゃないかなって思ってます」
「……手を出すとヤバいやつか。ヤバいやつだな」
「ずっと星の魔力を食べてるような生き物だから、暴れると危険な可能性はあるね」
「うーむ、実物を見てみたかったが難しいかのう。明かりをつければ星銀が見えなくなるし」
腰が引けているギルマスとは対照的に、無警戒の国王がのぞき込む。
「星銀がなくなっていくところがあったらそれだから、見ていればわかるよ。少し待ってみる?」
「そうじゃな」
しばらく待ってみたが、結局あの魚っぽい生き物が出てくることはなかった。
一度、明かりを付けて休憩していると、ギルマスが真っ黒な湖を指さしながら口を開いた。
「これ、記念に少しもらっていったらマズイか?」
「それくらいは大丈夫だと思うけど」
「そもそも、これは発見者であるロロナ様のものでは……」
「トニオ司祭、ギルドにも報告してないし別にそこはいいですよ。じゃあ、せっかくだから記念のお土産もらっていきますか。……少しもらうよ」
一応、どこかにいる湖のヌシに声をかけておく。
それから錬金魔術を使い、黒水銀に少しばかりの水銀と銀を混ぜ合わせて魔力を流しながら黒色の合金を作った。
この状態なら融点が下がって常温で固まるので加工できる。
五枚のコインを作り、星銀一粒を糸のように伸ばしてそれぞれに本人の顔を描いてみる。
「こんなんでどう?」
「お、うまいじゃねえか。ちゃんと誰かわかるぞ」
「……ふむ。裏にも頼めるか?」
「裏に? 王妃様でも描く?」
「いや、全員分にロックと入れてくれ」
「ロックって、ロック鳥?」
ロック鳥といえば、ありえない巨体を誇る、伝説的な巨鳥のことだ。
「わしらのパーティー名じゃ」
「ああ、そういうことね」
パーティーメンバーで来た記念だからってことね。
注文どおりに仕上げ、小さなお土産が完成した。
五人が口々に礼を言ってコインを受け取る。
「じゃあ、帰ろっか。そろそろ眠いし」
ギルマスの顔が曇る。
「また空か……」
「朝までには帰れるのだろうな。明日も仕事がある」
寝不足で仕事をすることを考えてか、宰相がやれやれとため息をついた。
「来るときよりは早く帰れるよ。準備するから、しばらくこれでも食べてて」
サンドイッチと飲み物を押し付けて、平らなところを選んで更に魔術で整地する。
さて、やるか。
「なんの準備だね? 地面を掘って帰るわけでもないだろう」
サンドイッチをパクつきながら、魔術師長がやってきた。
「うちの地下に準備しておいた魔方陣まで一気に飛ぶつもりです」
「……まさか、転移か!? キミ、そんなものまで使えるのかね!?」
「こちらにも魔方陣を残しておけば、また必要になってここまで来る時に便利そうですしね。もう来ないかと思ってたけど来ちゃったし、念のためです」
ここなら、術式を残しておいても他の人に見つかることもないしね。
「空間転移は、かろうじて実在が確認されている程度の伝説級の魔法だ。便利だとかそういう次元のものでは……」
魔術師長は、落としかけたサンドイッチを空中でなんとかキャッチしなおすと、ゆっくりと息を吸って吐き出した。
「正直、今日一番驚いたよ。術式を盗み見るような真似がマナー違反なのは百も承知だが、見ていてもよいかね。技術的な興味というより好奇心の部類だ。どうせわたしは空間系の魔術は門外漢だからね」
「応用の効く術式でもありませんし、別にかまいませんよ。転移系魔法の危険性は……」
「ああ、言ってもらうまでもない。試そうなんておもわんさ」
魔術師長は一度戻って両手にサンドイッチを持ってくると、そのままそこで立ったまま食べ始めた。
分析している様子もなく、本当にぼんやり眺めているだけだ。
「ふーむ……。さっぱりわからないが、たまにわかる部分もあるのがおもしろいね」
よく知らない外国語で、知っている単語をたまたま見つけて嬉しいみたいな感じかな。
そのまま、わたしはしばらく術式を描き続けた。
「ごっそさん。とっくに食べ終わって、そろそろお茶も冷めちまったぞ。いつまで準備してんだ? そろそろ出発しないと夜明けまでに帰れないだろ」
ギルマスを先頭に魔術師長以外の四人がやってきた。
夏の今、夜明けは早い。
「準備はもうできてるよ。最終チェックしてるところ」
「よくわからんが、ずいぶんと気合い入ってるな」
「そりゃ、失敗したら危ないからね」
「……どれくらい危ないんだ? てか、何をするつもりだ」
あ、しまった。
うっかり正直に言ってしまった。
危険性を説明したら、ギルマスなら自分は歩いて帰るとか言い出しかねないからな。
「まあ、見てのお楽しみ。失敗しないから問題ないよ。来るときの魔術だって、調整を失敗しちゃったら危ないのは一緒だし」
眉毛がハの字になったギルマスに、にっこり笑ってみせる。
おりんが頭の上でにゃおにゃお言いながらうなずいている。
「お前な、それは危機管理の考え方としてダメなやつだぞ」
「だって、言ったら逃げようとするかもじゃん」
「……俺、ちょっと観光してからゆっくり帰ろうかな」
「失敗せんと言っとるんじゃ。観光はまた今度にしておけ」
逃げようとしたギルマスが国王に捕まった。
「じゃあ、みんな集まって。飛ぶよ」
「待て、心の準備が……」
一瞬後、無事に転移が発動し場所が変わった。
暗くて何も見えないが、匂いが違うのでわかる。
「よっ」
明かりを付けると、床に魔方陣が描かれた部屋が照らし出された。
「なんだ、ここ!? どこだ!? 何がどうなった!?」
「王都のわたしの家に作った地下室だよ。転移したからね」
「て、てててんい!? 隣の国にいたのに、一瞬で王都まで戻ってきたのか!? ウソだろ!?」
夜中だからあんまり騒がないで欲しい。
今はまだ地下室だからいいけど。
国王たちもきょろきょろと部屋を見まわしている。
「実際に体験すると、案外あっけないものだね」
何が起こるか知っていた魔術師長は、落ち着いた様子だ。
ここで話していてもしょうがないので、部屋から出て階段を上り、使用人ハウスの一階に出た。
「いい加減、屋敷の方に引っ越せ」
「気が向いたらね」
出てきた場所が屋敷じゃなく、使用人ハウスの方だったことに気付いた宰相が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
自分の家の地下だと言って使用人ハウスの地下に出てきたということは、わたしはここに住んでいるってことだもんね。
「……本当に王都のようだな。こりゃすごいのう。まだ夜明けまで時間があるな」
「夜中にうろうろするのも無用心だから、朝まで屋敷で寝ていったら?」
「では、そうさせてもらうか」
外に出て屋敷へ向かおうとしたところで、トニオ司祭だけは門の方へ向かって一歩踏み出した。
「お申し出は気持ちだけいただいておきます。夜明けとともに朝の礼拝がありますので、私は失礼させていただきますね」
「うむ。またな」
「わかりました。お気をつけて」
門の開閉のためについていこうとしたら、トニオ司祭に止められた。
「申し訳ないですから、ここで結構ですよ。それでは、失礼」
門に向かっていったトニオ司祭は、そのままひらりと門を飛び越えて音もなくきれいに着地すると、闇の中へ静かに消えていった。
「危なくないかな?」
「心配いらねえよ。たとえ不意打ちでも、トニオに勝てるやつなんてまずいねえからな」
あの人、そんなに強いのか。
国王の仲間だから、冒険者もやってたことがあるのはわかるけど……。
元々神殿騎士だったりするのかな。
「魚は見れんかったが、王都の外の空気も久々に吸えたし、こういう案内役のおる楽な冒険も悪くないのう。やはり、早く息子に任せて自由の身にならねばな」
「そう思うなら、なおさらもっと仕事をしろ」
伸びをする国王に、宰相が仏頂面で文句を言う。
「しかし、あの空を横に落ちるとかいう魔術は便利じゃな。速度はあれが限界か?」
「んー、結界の形を調整すればまだ速くできるはずだけど」
今回おりんが張った結界は直方体だった。
進む方向に対して平面だったので、空気抵抗の少ない形にすれば速度はもっと出るだろう。
「ふむ……。モンストローサ、わしが引退するまでに使えるようになっておいてくれ」
「そんな暇は……。やれやれ、私ももっと部下に仕事を任せられるようにしないといけないか」
「魔術師長なら悪用はしないでしょうから、ある程度の理論はお教えしてもいいですよ」
「ありがとう。しばらくは使わなくてすむことを祈りたいがね」
国王と宰相、魔術師長は屋敷の譲り渡しの際、一度建物の中まで見て回っている。
案内するまでもなく、自分たちで客室のある方にずんずん進んでいく。
「じゃあ、適当に好きな部屋を使ってください」
「うむ」
普通なら立場を考えると丁寧に案内しないといけないわけだけど、国王たちは冒険者だったおかげで雑に扱ってもまったく文句を言わない。
これに関しては助かるな。
「なんだ、意外にちゃんとしてあるじゃねえか」
適当に選んだ部屋のドアを開けたギルマスが、問題ないと判断したらしく中に入っていく。
ずっと放置していた以前とは違い、ベッドなどもパントスがきれいに整えてくれている。
「じゃあ、また朝にな。ところであの一瞬で帰ってきた魔法、失敗するとどうなるんだ?」
……まだ覚えていたのか。
「運がよかったら、死なないですむかも」
「……死ぬんだな? 失敗したら死ぬんだな?」
「成功してるんだからいいじゃん。うっかり馬車に跳ねられたって、人間死ぬもんだよ」
「まったく……俺はもうごめんだからな」
うーん……何が起こっているかわからないから、余計に怖いのかな。
まあギルマス相手に講義をする気もないけど。
軽く眠り、朝食をとってから国王たちは帰っていった。
わたしとおりんは、もちろんそこから二度寝である。