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182  国王たちを案内する その1

頭にネコ姿のおりんを乗っけたまま、お城の正面から入る。

ただし、面倒な問答を避けるために姿は周りから見えなくしているけれど。


()()に行くんじゃぞ」


 国王はそう言っていたけれど……冒険かなあ。

 観光という気がするが、正体不明の黒水銀を泳ぐ魚がいたりする洞窟だし、ギリギリ合っているような気もする。


 国王に加えて、昼も会った宰相、それから宮廷魔術師長と冒険者ギルドのギルドマスター、トニオ司祭がそろっていた。


 渋い顔をしたギルマスは剣と小さな盾を腰に下げている。


「まったく、突然呼びつけられてなにかと思ったらよ……」

「まあまあ、たまに集まるのもいいじゃないか」


 そういう司祭も腰に剣を履いていた。

 軽装備ではあるが、全員が一応武装をしている。


「なんだかんだ結構顔を合わせているような気がするがね」

「魔術師長もわざわざ杖持ってきたの? 別に物騒なことにはならないと思うんだけど」

「そう言われたからね。仕方ないだろう」


 魔術師長の視線の先には偉そうな顔をしている国王がいた。


 わかりやすい答えありがとう。

 そうだとは思ったけどね。


「ほぼ観光なんだけどなあ……」

「万一の事態を想定しておくことは悪いことではないからね。そう言われると、こちらも否定しづらくて」

「聞こえておるぞ。冒険にいくなら相応の格好というものがあるじゃろ。それで、どうやって行くのだ?」


 冒険気分の国王は、これから遠足に行く子供のようにウキウキしている。


「言ってたとおり、空を飛んでいくよ」

「それなら、風の魔術か。そんなに速度を出すのは厳しいんじゃないかね。手を貸そうか?」


 気を回した魔術師長が、向こうから手伝いを申し出てくれた。


「ううん、大丈夫。横向きというか……前に向かって落ちる感じだから」

「……すまないが、説明を頼めるかね」

「窓から飛び降りたら下に落ちますよね。その、落ちる方向を変えるんです」

「聞かないやり方だな。そんなことができるのかね」

「わたし、神様なので」

「……そういえば、そうだったね」


 重力だなんだと話始めると長くなりそうなので、魔術師長への説明を神様だからの一言で説明を片付ける。

 正確にいえば、速度調整もしないと速くなりすぎるし、風除けの結界なんかも使うけどね。

 今回は結界はおりんに任せる予定だ。


「足元が透明じゃ落ち着かないだろうから、目印的にそこの絨毯(じゅうたん)でも使いましょうか」

「空に浮かぶという時点で不安なんだが……。落ちないよな。落ちても助けてもらえるよな」


 ギルマスのセリフは聞こえないふりをして準備を進める。


 落ちるかもしれないような移動手段を用意するわけないでしょうが。

 言っても聞きゃしないだろうから放置だ。


 全員が乗ったところで、そのままふわりと空に浮かぶ。

 おりんが頭の上でにゃごにゃご鳴くと、風が感じられなくなった。結界を張ってくれたようだ。


 途中で障害物にぶつからないよう、高度を上げていく。

 街の明かりがすぐに小さくなった。


「おおっ、見てみろ。空に上がっていくぞ。ロロナ、今度よく見えるよう昼間にもやってくれんか」

「目立ちますよ」

「別に目立っても困らん。それに、見えんようにする魔術の類もあったじゃろ」


 そうなんだけど。

 変に知識があるのもごまかせないのでやっかいだな。


「浮くだけなら魔術師長でもできると思いますけど」

「こやつはなんだかんだ理由をつけて逃げるからな」

「暇ではないですから」


 すました顔で魔術師長が答える。

 それだと、わたしが暇みたいじゃないの。


 十分な高さまで上がってから、別の術式を描いて魔力を走らせる。

 重力の一部の働く方向を変えると、絨毯は前方に移動を始めた。


 動き始めは当然ながら慣性の法則が働き、後ろに体を引っ張られる。


「おっと」

「落ちる! 落ちる!」


 ギルマスの焦った声に、おりんがわたしの頭の上でにゃーと鳴いた。うるさいですねぇとでも言っているんだろう。


 もう結界を張っているので、壁がある状態になっている。落ちることはない。

 そのまま加速していく。


「相変わらず臆病じゃのう」

「俺は慎重派なんだよ! 普通、いきなり空飛んで行くとか言われたらこうなるだろ!」

「まあまあ……ドゥラティオ、見ろ。風がないと思ったら、壁のようなものがあるぞ」


 国王とギルマスの言い合いをトニオ司祭が間に入って止めた。

 多分だけど、いつもこういう感じなんだろうな。


「結界張ってますからね」

「早く言えよ!」


 一人だけ四つん這いで絨毯を掴むようなポーズだったギルマスが、ようやく座り直す。


「ギルマスはどうせ、穴が空いてないかとか、壊れないのかとか言い出すじゃん」

「……空いてるのか? 壊れるのか?」

「空いてないけど、硬い魔物とぶつかったら壊れるね」

「避けれるよな?」

「そういう機能はないよ。落ちてるだけだし。そうそう空でぶつかりゃしないでしょ」

「そういうのは起こらないと思ってると起こるもんだろ」

「ああ言えばこう言うんだから……」

「ドゥラティオ、落ち着け。不敬だぞ」

「いや、別に不敬とかはいいですから」


 トニオ司祭だけは、わたしをまともに神様扱いしてくる。

 これはこれでちょっとやりくにい。


 ギルマスは四つん這いには戻らなかったが、いつでもつかめるように絨毯に両手を置いた。


「まったく……ネコの方が落ち着いとるな」


 地上を見ていた国王が、下を覗き込むのをやめてこちらを見た。

 明かりが見えなくなれば地上を見ても暗いだけでおもしろくないからだろう。


「ネコは高いところから落ちても平気だろうが!」

「いや、この高さではさすがにそうもいかないと思うが……」


 普通のネコならさすがに厳しいかな。

 おりんは自力で飛べるネコなので大丈夫だけど。

 

「そういえば、鉱山の件だがなかなかおもしろい方向に進んどるぞ」

「金山、銀山あたりからやるんじゃないの?」


 手っ取り早く収入になるのは金、銀だろう。特に金はかたまりで出たりすることもあるし、製錬や加工の難易度も高くなかったはずだ。価値は言うまでもない。

 もちろん場所や領主との兼ね合いもあるだろうけど。


「うむ。まず炭鉱、鉄、宝石鉱山だ。それからミスリル。さすがに財政基盤を安定させるためにもまずは金山銀山を並行して行うよう修正させたがな。ロロナに言われたことを気にしすぎじゃ」


 炭鉱? なんでまた。


 家庭での燃料は火の魔石があるし、工業面でも大量生産的なことは行われていない。

 大量の燃料が必要になるといったことはないのだ。

 使うとしたら鍛冶師だとか……。


 鍛冶師……。

 鉄やミスリル、それから宝石……。 


「まるでドワーフが決めたみたいだね」

「ドワーフが決めたわけではないが、ドワーフというところは当たりじゃ」


 国王が意味ありげに笑う。

 ギルマスはわたしの答えに少し感心したような顔をした。


 さすがにそれくらいはイメージできるよ。

 冒険者は武具の関係もあるから、結構知ってるんじゃないかな。

 それ以外のほとんどの人はドワーフなんて縁がないだろうし、ろくに知識もないだろうけど。


 ドワーフが当たりで、わたしの言ったことを意識してるとなると、単純な輸出用ではない。


 ドワーフとつながりをもつ……。

 いや、むしろこの国にドワーフを呼ぶとか?

 となると、その技術を学んでドワーフの国に次ぐ職人街を作るくらいだろうか。


 地下資源の採掘量が減っても高い技術を獲得しておけば周囲の国から材料が持ち込まれる。

 今のドワーフ王国の採掘量は知らないが、加工の難しい素材や宝石、貴金属などが大量に持ち込まれているのは周知の事実だ。


 この国は元々流通的にも立地は悪くない。

 同じ大陸西側にあるとはいえ、ドワーフの国まではかなり距離があるので、技術は落ちるがわざわざドワーフ王国まで運ぶよりは……というくらいの立ち位置を確保できれば産業として成り立ちそうではある。


「技術力のある職人街を作ろうってとこ? ドワーフ王国までの距離と立地を考えると需要はありそうだけど、先にしっかり時間をかけて職人ギルドと折衝してからじゃないと、揉めちゃったら元も子もないんじゃない?」


 いや、金山銀山を優先させるようにさせたというのは、そちらの時間稼ぎの意味もあるのかもしれないな。


 魔術師長がうなずいた。


「お見事。君は聖女をやめてもいくらでも宮廷に席が用意してもらえそうだね」

「宮仕えはお断りかな」

「神殿の席もいつでもご用意しますよ」

「そっちも今のところ予定はないです。それで職人たちが受け入れてくれそうとか、目算はあるの?」


 そういう自由のきかない立場はごめんだということはみんな知っているので、特に誰も意外そうな顔をしたりはしない。

 今は稲荷神たちとの約束の関係で王都や日国からあんまり動けないけどね。


「宝石加工技術は低いからな。それは宝石職人たちも自覚はあるので仕方ないかという感じだ。ドワーフの鍛冶師が住んでいるおかげで、鍛冶職人たちの方も感触は悪くないらしい」


 話をしたのは今日の昼間なのに、もう各ギルドに実際にあたってみたらしい。

 行動が早いな。


「ドワーフの鍛冶師って、バルツさんのことだよね。評判いいの?」

「知ってるのか。ああ、お前も冒険者だもんな」


 そう言うギルマスは、ずっと絨毯に手を置いたままだ。


 武器や防具の話となると、冒険者たちはたいてい一家言もっているものだ。

 お店の情報もギルド内で冒険者たちの間を行き来するし、どこがいいだの悪いだの、それなりに耳に入る。


 わたしたちに関しては創造魔法でわたしが作ってしまったので、あんまりお店の評判なんかを気にしたことはないけれど。


「他と比べると、やっぱり頭一つ、二つ抜けてるぜ。それでも自慢の一つもしないし、職人にしちゃ珍しいくらい温厚な人だからな。おまけに職人で一番年上だ。鍛冶師の連中もそうそう頭が上がらねえよ」


 あら、意外。

 まだまだ半人前みたいに自分で言ってるし、実際に店のものを見ても、良いものではあったけど……。


 他のお店はそういえば見たことないな。あれより更に一段落ちるってことなのか。


「ホントに? 親父さんに比べると素人目でもわかるくらいまだまだ…………コホン。って、本人が、言ってたけど」

「お前な、あの人の親父さんはドワーフ王国でも一番って言われてる伝説級の鍛冶師だぞ。それと比べりゃ大抵の職人はひよっこみたいなもんだろ」

「えっ、そうだったんだ」


 そんなことになってたんだ、あのガンコ親父。


「いやあ、驚くよなあ」

「うん、驚くねえ」

「にゃにゃん」


 ギルマスがうんうんとうなずく。

 驚いてるポイントは違うんだけどね。


 しかし、思わぬところに着地しようとしているなあ。

 十年二十年で枯れるものじゃないし、鉱業に傾倒しすぎないようにという、念のため程度の警告だったんだけど。


 正直、採り尽くしたあと発案者のわたしのせいにされても嫌なので、適当にそれっぽいことを言っておいたというのが大きい。責任逃れとも言う。


「他の産業を育てることも、頭のすみっこに置いといてねくらいのつもりだったんだけどね」


 わたしのぼやきに、宰相が腕を組んだままこちらを一瞥した。


「思い付きではあるがうまくいけば利はあるし、失敗してもそうひどいことにはなるまい。せっかくの機会なので経験を積んでもらおうといったところだ。別にお前に文句を言うものはおらん」

「それならいいけど」


 国王や宰相は、王太子たちに任せて様子見を決め込むつもりらしい。 


「暇だな。着いたら教えてくれ」


 国王がごろりと横になる。

 宰相もどっかりと腰を下ろし、魔術師長や司祭も絨毯に座った。


「よく寝る気になるな。起きたら飛竜の腹の中かもしれねえのに」

「そりゃおもしろい。期待しとこう」

「期待しないで」


 ぶつかったら壊れると言ったが、実際のところはおりんの張った結界は頑丈だ。

 鳥系の魔物や飛竜くらいに一度衝突したくらいではあっさり壊れたりはしない。


「……落ちねえよな」

「わたしが寝さえしなきゃ大丈夫。心配なら子守唄でも歌っといて」

「それじゃ反対だろ」


 そんなこんなでしばらくの移動を経て、無事に星銀の地底湖へ到着した。



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