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181  母のおめでた


 国王から星銀の湖へ行くメンバーを聞いて、それならチアはお留守番でいいかなと思い両親の屋敷に泊まらせることにした。

 エライア姫が行かないのなら、わざわざチアまで夜中に連れ出す必要もないだろう。


 屋敷にいき、執事さんたちに中へ通してもらう。


「なんか匂いがする……?」

「そうですか? 私どもは何も感じませんが……」


 前にもどこかで嗅いだことがある気がする。

 なんの匂いだったっけ。


「これは獣人にしかわからないものですよ。ロロ様はこれ初めてですかね」

「そうなの? 知らないけど、なんか覚えはあるよ」


 そこまで話していたところで、奥から母が現れた。

 父は少し前に領地に帰ったそうだが、母はまだ体調が万全でないのもあり王都に滞在している。


「おかえり、クレア、チアちゃん、おりんちゃん」

「セレナマ……むぎゅ!」


 予想していたのか、飛びつこうとして走り出そうとしていたチアの襟首をおりんがつかんだ。

 走るのはたしかにマナーがよろしくないけど、なかなか容赦ないな。


「ダメですよ」

「あらあら、少しくらいはいいわよ」

「いえ、お腹の子に障るといけませんから」

「へ?」

「え?」

「は?」


 わたしや母、周りの使用人たちがいっせいに間の抜けた声を上げた。


「もしかしてお気づきじゃなかったんですか?」

「いや、なんでひと目見ただけでわかるの?」


 いくら子守のプロとはいえ、そんな特技はないだろう。


「さっきの匂いですよ。あれはご懐妊されてる方の匂いです。使用人のどなたかの可能性もありましたけど、セレナ様からしていますから間違いないでしょう」


 あっさりおりんが断定する。

 たしかに匂いの元は母のようだ。


 人間には感じないということは、ホルモンの変化なんかを匂いとして認識しているのかもしれない。


 言われて気がついたが、同じ匂いを前にかいだのはアルドメトスの奥さんから妊娠していることを聞いた時だ。


「セレナママのお腹に赤ちゃんいるの?」

「ええ、そういうことです」


 きょとんとしていたチアの顔が嬉しそうなものに変わる。


「わー! セレナママ、おめでとー!」

「え? あ……ありがとう」


 遅れて、使用人たちの喜びとお祝いの声が響いた。


「すぐに旦那さまへの手紙を用意しましょう。それから、神殿へも連絡を」


 執事さんが他の使用人へ指示を出す。

 神殿への連絡は、無事に生まれるよう大地神へ祝福をしてもらうためだ。ここらでは恒例の行事である。


「わたしがやっちゃうから、神殿はいいよ。これでも一応大地神の眷属だから」

「え? あ、ああ……そうでございましたな。クレア様、ありがとうございます」


 母は喜びよりも驚きが先にきているらしく、まだ目をしばたかせている。


「おめでとう、お母さん」

「え、ええ。クレアもありがとう」

「祝福の前に、ちょっと確かめさせてね」


 魔眼と鑑定魔法を併用して母のお腹に宿っている存在を確認する。


 あれ、これって……?


 少しびっくりしたわたしに、母が少し不安そうな顔をした。

 心配しないで、と軽く手を振る。


「うん、たしかにおめでた。それから……」

「それから?」

「双子だね。男の子と女の子」


 使用人たちから二度目の歓声があがる。

 執事さんは書き始めたばかりの手紙を横に投げ捨てると新しい紙を取り出した。


「クレア、そんなことまでわかるの?」

「まあね」


 男の子が生まれるということは、そのままお世継ぎということになる。

 今更貴族にも戻れないし、戻る気もない家を投げ捨てたわたしにも、ありがたいことではある。

 継ぐものがいなくて家がなくなるってのは、仕方ないといっても少し申し訳ないと思っていたからね。


 それから、母のお腹に触れて祝福をする。


 植物の成長をうながしたり、丈夫に育つようマナをこめるのとやっていることは同じだ。

 豊穣神にとっては初級スキルである。

 基本中の基本として最初に空狐に教えられた。


「ん、こんなもんかな。やりすぎて、急成長してこの場で生まれてきても困るし」

「困るなんてものじゃないわ。怖いこと言わないで」


 やろうと思えばできると思う。やらないけど。


「双子と聞いて少し心配だったんだけど、クレアが祝福してくれたからきっと大丈夫よね」

「もちろん。わたし、成り立てだけど、実りを約束する豊穣神だからね」


 十年ぶりの妊娠だし、双子だ。

 不安はあるかもしれないが、わたしが付いている限りは万が一なんてことにはなりえない。

 安心させるように笑ってみせた。


「ふわー。ロロちゃん、お姉ちゃんになるんだね」

「わたしは十年も前からチアのお姉ちゃんだけど。お姉ちゃんになるとしたら、チアの方でしょ」


 わたしのことをなんだと思ってんだ、この子。


 チアの頭をぺしぺしたたく。


「んに? あー、そっかぁ」

「チアちゃん、生まれたら優しくしてあげてね」


 嬉しそうな顔で母に頭を撫でられているチアを、使用人たちが暖かく見守っていた。


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