179 騎士団長とモグラの魔剣
「珍しいな、どうした?」
「あ、レザルさん」
骨モグラの刀を持って、今日は城にいるとチアから聞いていたアルドメトス騎士団長を訪ねた。
というか、休みの日にチアの相手をしているだけで仕事上むしろ大抵は城にいる。
演習場にいる騎士団長にどう声をかけようかなーと考えながら見に行くと、たまたま近くの方にいた副団長のレザルがやってきた。
「今日は聖女様に付いてなくていいのか?」
「そのご主人に頼まれた用事を片付けにきたの」
わたしたちはロロナリエの従者ということになっているからね。
レザルはネコ姿で頭の上に乗っているおりんに手を伸ばそうとして一度やめると、指一本をおりんの鼻先に突き出した。
篭手をはめているから撫でるのはあきらめたらしい。
「アルドメトス騎士団長に用があって来たんだけど、急がないんで呼べるタイミングでお願い」
「なんだ、面白い話か?」
「おもしろいよー」
冗談半分で言ったレザルにチアが代わりに横で答える。
「お、本当にかよ」
急がないと言ったのに、レザルが団員たちの方にいくと、すぐに休憩に入った。
面白い話と聞いてか、アルドメトスと一緒に何人かの隊員達もわらわらとついてきた。
「誰です?」
「私の魔眼の技師だ」
アルドメトスに骨モグラの剣のいきさつを説明する。
どうやったのか聞かれると面倒なので、倒したという部分は言わないでおいた。
「ってわけで、それがこの魔剣です」
「私にか?」
「騎士団長の剣は正統派だと最初にあった頃に聞きましたから、いけるんじゃないかと思って。あと認められるくらいの実力者って他に思いつかなかったから」
「今よりも強くなれる可能性があるというのなら試してみたくはあるが……」
「しかし、モグラのスケルトン? そりゃまた変わり種すぎる異国の剣士だな。命のやり取りじゃないなら、俺らも普通に戦ってみてえ」
レザル含めた団員たちも魔剣と聞いて興味津々である。
人が多いけど大丈夫かな。
骨モグラの刀をぺしぺしたたく。
「出てきてもらっていい?」
ところが、骨モグラはもう骨だけではなくなっていた。
つまりはでかいモグラになっている。
「なんで!?」
「すまぬ。あれから姿を見せておらんかったからな」
騎士団長のところに持っていくとだけ事前に話はしていたが、剣としゃべっている感じで骨モグラの姿は見ていなかった。
「打ち直された刀に宿ったからかと思う。チカラが戻ったようでな。忘れておったことも色々と思い出したのだ」
「じゃあ、生前のことも?」
「うむ……まあ色々とな。なに、やることに変わりはない」
巨大なモグラが刀を持っているのは、ある意味で骨だった時よりもシュールな光景だ。
「さて、まずはお主に我が剣を振るう資格があるか、試させてもらいたい。なに、命をとるような真似はせぬ。それと、見ての通り今は刀そのものゆえ、こちらが死ぬ心配もない。手加減は無用だ」
「ほう、おもしろい。では、早速一つ手合わせといかせてもらおうか」
「ししょー、がんばれー」
やる気になったアルドメトスに、のんびりしたチアの声援がとぶ。
立ち会いは、アルドメトスの一撃で始まった。
誰が見てもわかる速く重い一撃を、悠々とモグラが受け止める。
そういやモグラは名前あるのかな。
あるならもう思い出しているかもしれないけど、聞くのを忘れていた。
まだまだ暑い、夏の終わりだ。
しれっと自作のチョコアイスをくわえながら観戦する。
アルドメトスの放った基本に忠実な連続技と、さらにそこに混ぜ込まれたタイミングを外した一撃までモグラが危なげなく受け止めた。
これがアルドメトスの本気か。
普通の連撃なのに、その一振り一振りどれもが必殺になり得る速度と重さを兼ね備えている。
打ち合うたびに重い音が響いた。
「チアもアイスいる?」
返事はなかった。
チアはこちらの声に気づかないほど、二人の戦いに集中していた。
「おいおい、自分だけかよ」
「ネコも食べてるよ。……大人は我慢したら?」
言いながら頭の上のおりんにも食べさせる。
「そう言うなよ。たまにそこのチランジアの相手もしてやってたんだからよ」
「……え? なんで?」
「ここしばらくなかったが、ちょくちょく団長が連れてきてたからな。基本見てるだけだが、たまに暇なときに相手してやったこともあるぞ」
チアは最初もレザルの三段突きを一度見ただけで真似したりしてたしな。
見てお勉強というところか。
しばらく来ていなかったのは、わたしと一緒に日国へ行っていたからだ。
「団員蹴散らした?」
「それはちょっと俺らをなめすぎだ。……たしかに結構な連中がのされてたけどよ」
一人でオークキングを斬り伏せたチアだが、それでも勝てない団員がそれなりにいるらしい。
国の最高戦力の一角なだけのことはあるようだ。
「そうなんだ。レザルさんから見てどう?」
レザルが腕組みをした。
その目線はアルドメトスとモグラに向いたままだ。
「速度もパワーもあるし、思い切りもいい。空中を飛び回る変則的な戦い方も初見じゃ対処しづらい。対応できない連中はコテンパンだ」
さすが成長率オバケ。
ついでにかわいいってのも付け加えておいてね。
レザルはこちらを見てはいないけれど、とりあえずドヤ顔しておいた。
「ただし、その速度とパワーについていけるだけの身体強化を扱える、一部の団員には勝てねえぞ。読み合いや駆け引きとなると、経験じゃ俺らにかなうわけないからな」
「あー……」
見るだけで技術や技を覚えて使えてしまうチアだが、まだまだ経験不足なのは間違いない。
騎士団員の技を見真似で使えても、その場面でなぜその技を団員が選択しているのかまでは理解できていなかったりするのだろう。
ただ、今レザルから聞いているのは日国へ出発する前の話である。
「靴の魔導具は今の速度が限界って言ってたから、当分団員相手にゃ勝ちは増えないだろうな。むしろこっちが速度や戦い方に慣れてきてたくらいだ」
「この前、靴の出力上げたけどね」
レザルの顔色が変わり、その目線がアルドメトスからチアに移動した。
「……いやいや、それくらいでまだ負けたりは……」
「あと、日国でも向こうの名のある剣士さんに鍛えてもらってたよ」
横にいる若い騎士がレザルの肩を叩く。
「副団長、もし負けたらわかってますよね」
「ふん、そう簡単に俺が負けるかよ」
団員とレザルの間でよくわからないやり取りがなされた。
「なにかあったの?」
「負けた連中を盛大に煽った」
そんなことしたのか、あんた。
「チアはまだまだこれから伸びるだろうし、いずれ負けるんじゃない」
「それでもなんとか、五年……いや、三年はもたせてみせる!」
「わりと弱気!」
追い越される気満々か。
もう少しがんばりなよ。
「それじゃ、これね。他の人にも配ってあげて」
うちの妹がお世話になってるならサービスしないわけにはいかないだろう。
とはいえ、さすがに人数分のアイスはないな。
「おう、ありがとよ。おら、早いもの勝ちだぞ!」
「副隊長、自分の分確保しといてそれはズルいですよ。くじ引きにしましょう」
「バカヤロウ。んなことしてたら溶けちまうだろうが」
レザルたちがアイスの取り合いをしている後ろで、モグラが反撃に転じた。
「そろそろ、こちらからもいかせてもらうぞ!」
自分を上回る剣速で放たれたモグラの攻撃を、それでもアルドメトスはそつなくいなして更に反撃をねじこんだ。
剛剣でもあり、変化も用い、柔らかくいなす技も持っていてそれが高レベルにまとまっている。
正剣とまで呼ばれるアルドメトスの剣技と戦い方はまるで教科書のようだ。
「まだまだ!」
「思った以上にやる! さすがは女神が推すだけのことはあるな!」
アイスをくわえた副団長と騎士団員たちの目がこちらを向く。
「女神……?」
「言葉のあやでしょ」
「ああ、救いの神的な」
本当に女神だなんて言っても信じてもらえないだろうからね。
その間に、剣速と技巧に勝るモグラの剣に段々とアルドメトスが押され始めた。
それでも魔眼による先読みもあってなんとか食らいついている。
「ほう。お主、わしの動きを読んでおるな。では、こんなのはどうだ。飛鳥落とし!」
「ぬおっ!?」
おお、振った刀から斬撃が飛んだ!
格闘ゲームみたいだ。
そんなことまでできたのか。
記憶が戻ったせいかな。
「おお、すげー!」
「さすが魔剣!」
「団長負けるなー」
おもしろがっている感じもあるが、団員たちも盛り上がっている。
「今のはなんですかにゃ?」
頭の上のおりんがそっと話しかけてきた。
「かまいたちだったけど、魔術じゃないね。法術じゃない?」
「なるほど……って、モグラがですか?」
神殿騎士みたいなことを魔物がするなんてという疑問はもっともだけど、実際にそうなんだからしょうがない。
「ぬん!」
モグラが剣先で地面をえぐったあと、一泊おいてアルドメトスのいた場所から四方八方に土の柱が勢いよく生えた。
魔眼で着弾点を見ていたのか、アルドメトスはそれを余裕を持って避ける。
「今のは分類的に魔術だね。魔物の使うやつ」
わたしの解説に、おりんがしっぽで返事をした。
地属性だし、モグラの魔物っぽい感じはあるな。
モグラが優勢のままアルドメトスはなんとかしのぎきり、決着無しで手合わせは終わった。
騎士団員たちは団長が勝てなかったので残念そうだ。
もっとも、モグラはまだ本気ではやっていなかった。
ケガをさせないためか、団員たちの前で叩きのめすのを避けたのか知らないけど、わたしと戦ったときの方が速かったし、動きに鋭さがあった。
あの時は骨だけだったから軽かったという可能性もあるが。
「あのモグラ強えな……。まだ動きに余裕があった」
レザルも気づいていたようだ。
だてに副団長じゃないな。
「ここまでできるとは、見事。望むなら、お主を持ち主として認めるぞ」
「貴公も魔物とは思えぬ見事な太刀筋だった。ところで改めて聞くが、その魔剣を持つとどう強くなれるのだ? お主が稽古の相手をしてくれるというだけでもないのだろう? 貴公の使っていた技を使えるようになるのか?」
あれ、それだけじゃないの?
魔物が宿ってるから魔剣扱いしていただけで、別に変わった機能はないだろ。
そう思っていたら、意外にもモグラは困った様子一つも見せずに鷹揚にうなずいた。
「無論。先ほどの飛鳥落としは風賀の技の奥義。この刀に込められた技の一つでもある。お主に刀が馴染めば使えるようになるであろう」
なるほど、そりゃそうか。モグラの魔物が加護を受けていたとは思えないもんな。
あの法術の出元は刀に込められた技や記憶とやらの方だったらしい。
「地面を操るわしの技も、実際に使うのはわしとなるが、呼吸を合わせられれば戦いで使うこともできよう」
「おお!」
喜んでいるけど、アルドメトスは魔術師でもあったはずだ。
「騎士団長って、魔術師だったよね。自分でもああいうのって使えるんじゃないの?」
「斬り結びながら、あの速度であれほどの術は繰り出せんよ。そもそも詠唱短縮できるほどの腕はない。私は魔術が使える止まりだからな」
「ああ、そういうこと……」
おりんがしっぽで頭をぺしぺし叩いてきた。
ネコモードなので口には出さないけど、自分を基準で考えちゃダメですよとか、そんなとこだろう。
「うーん。フウガ……フーガ、フーガ……なんだっけ?」
「チア、どうかした?」
「どっかで聞いたなーって思って……」
「そう?」
聞いたとしたら、日国だろうけど何も思い当たらない。
わたしには聞き覚えのない単語だ。
「あっ、コジロウさんの名前だ。フーガコジロウって言ってた」
「ああ、あの大斧使いの」
一緒に大蛇退治をした、規格外の大斧を振るう、声も体もバカでかい少し抜けた人だ。
コジロウが本番でタイミングをミスり、おかげで大蛇退治は危うく失敗するところだった。
わたしはコジロウとしか聞いていないので、それ以外の名前は知らない。
モグラがそれを聞いて身をせり出した。
「本当に、そう名乗ったのか?」
「うん。他の人にそう呼ばれてたー」
「そうか……」
モグラがつぶやいて空を見上げた。
もしかして、あの滅んだ里の関係者ってことになるのかな。
「……会いたいなら、会わせられるけど」
「なに、昔の話だ。わしのことなど知るまい。偶然にも生き残りの子孫がおったと知れた。それだけでよい」
魔物であるモグラの表情はわたしにはわからない。
ただ、その声は満足げだった。