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175  久しぶりにお城へ

 次の日、遅くまで起きていたせいでお昼前にようやく目が覚めた。

 さすがに寝すぎたと焦って起きたんだけど、普通にみんなまだ寝ていた。


 朝食か昼食かわからないご飯を食べると、早速お菓子と紅茶をおともに、トランプやオセロを用意して遊んですごす。

 この手の遊びの理解が早いおりんは普通に強く、一番負けていたのに一番楽しそうだったチアは、そのあとジェンガで妙な強さを発揮していた。


 そのあとはフィフィからの催促もあって、夕方からまた弾き語りという名のカラオケだ。

 疲れた頃には今度はフィフィが代わって各地の伝承や旅の歌、恋の歌などいろいろな歌を聴かせてくれた。


 次の日も、その次の日も同じ調子で、一度スイッチが切れたわたしたちは、完全に休暇モードに入ってしまっていた。


 毎日がエブリデイ。


 パントスもちょくちょく食事やお菓子など差し入れを持ってきてくれて、更にだらけるのに拍車がかかる。

 大柄であれだけ存在感がある男なのに、気配をあまり感じさせないような振る舞いもできるらしい。

 ふと気付くと食事やお菓子がおいてあったりしていた。



 ◇ ◇ ◇



「さすがにそろそろ一度バルツを見てくるよ。心配させてても悪いしね」

「うん、いってらっしゃい。わたしもちょっとお城に顔出してくるよ」


 数日間の突発休暇をすごしたわたしは、フィフィを見送ったあと、あくびをしながら出かける準備を始めた。

 わざわざフィフィに宣言したのは、自分で自分をサボらせないためでもある。


 気合いを入れるために、洗浄ではなくシャワーを浴びてから十五才くらいのロロナリエの姿に変身して服を着替えた。

 視点が高くなるのは何度やっても新鮮だ。


 元の姿を不便だと思ったことはないが、視点が高くなるところはこちらの姿の方が好きだ。

 それでもおりんと並ぶには背伸びしないと足りないんだけどね。

 モデル体型め。


 パントスが急ぎで手配してくれた馬車で王城へ向かう。


 チアとおりんもわたしがお城に行くなら、と久しぶりにエライア姫を訪ねることにしてついてきた。


 二人ともエライア姫に懐かれてるからな。

 とはいえ、ギルドに顔を出してくると言わなかったあたり、二人もまだ休日気分は抜けてなさそうだ。


 まずは王妃に会い、化粧の話や化粧師の育成について聞く。

 それから王妃の仲介で何人かの貴族から蜘蛛神製のドレスをお願いされた。


 王妃に仲介依頼できるということからも、有力な貴族ばかりだろう。

 知らない相手ばかりだが、蜘蛛神様ならうまく仕上げてくれるに違いない。


 次は宮廷魔術師長のところだ。


「やあ、ロロナ君。今は他にいないから楽にしてくれていいよ。錬金肥料の生産は順調だ。使用方法などを各領主へ伝えるための資料はできているかね?」

「ええ、これです。優先的にお願いしたい地域もありますけど、製造量を把握している魔術師長に他の配分はお任せしますね」


 国内の化学肥料を一括製造をしている魔術師長に、更にその采配という今後大きくなりそうな利権を適当に投げ渡す。


「発案者は君だろう。さらっと押し付けないでくれたまえ。私は配分を考えられるほど農業の地域事情にまで詳しくない」

「ワイロの多い順にでも配ればいいんじゃないですか」


 放っといても優先的に回して欲しい地方貴族から贈り物がやってくるはずだ。

 地域の配分がどうなろうと、国としての収穫量が上がればわたしにとってはどうでもいい。


 ついでに言うと、わたしの頭は半分以上いまだに休暇中である。

 そこまで頭を悩ませる根性はない。


 あんまり格差がでて錬金肥料を持ち込んだわたしへ逆恨み、なんてのは困るけどね。


「君ね……人がいないとは言ったが、そんなことを言って、誰かに聞かれたらどうするんだ。国王権限にしてもらい、実際の差配はエルヴィンに任せるよ」


 魔術師長はさっさと宰相をしている友人に押し付けることに決めたらしい。

 面倒ごとに巻き込まれたくないのなら、それが無難なところだろう。


 わたしは自分に回ってこなければどうでもいいので、押し付けるという目論見自体は成功している。


「それより、まだ他にも必要な肥料があるんだろう? 灰の代わりになるものや、ビリョウゲンソとか言っていたかね。それらについても教えてもらいたいのだが、いいかね?」

「はいはい……」


 来年の準備を考えるとあまりこれも先延ばしにはできない。またそのうちに、というわけにもいかないか。

 必要なこととはいえ、結局結構な時間つかまってしまうことになった。


 当たり前だけど、わたしがのんべんだらりとすごしている間もみんな普通に仕事をしていたようだ。

 頭も起きてきたし、そろそろ休日モードから切り替えていかないとな。


 大きく伸びをしながらアリアンナ姫のところへ向かった。


「やっほー、アリア。借りてた本を返しにきたよ」

「あ、ロロ。なんだかすごいことになってるみたいね」

「……なにが?」


 すごくだらけてならいたけど、アリアンナに驚かれるようなすごいことには心当たりがない。


「毎日演奏会してるんでしょ」

「そんなのはしてないけど……友達と遊んだり歌ったりはしてたよ。夜遅くまで騒いでたから、もしかして近所迷惑だったかな」


 一応配慮して夜はあまりうるさい系の曲は歌わないようにしていたけど、結構響いていたんだろうか。

 夜は音が遠くまで響くからね。

 

「知らないの? すごく評判になってるのよ」

「評判? なんで?」


 アリアンナから聞いた話によると、まず演奏を始めた初日に隣の子爵家で奥様方のお茶会があったらしい。

 故郷を思いながらも前向きに生きていく歌が聞こえて話が止まり、そのあとの恋の歌がたくさん続いて、盛り上がったんだとか。


 声慣らししていたあたりかな。

 てか、聞かれてたのか。

 ちょっと恥ずかしい。


 その晩には裏の伯爵家でパーティーがあったため、バルコニーにいた者たちが歌に気付き、段々とそちらに人が集まったそうだ。

 国軍に所属している息子の出世祝いを兼ねたパーティーに、運命と戦う英雄の歌などが流れ、その中には運命に翻弄される男女の歌もあり、よもや聖女様はなどと一部で更に盛り上がったりしたそうだ。


「ちょちょちょ、待って待って」


 多分、ゲームのテーマソングやアニソンばっか歌っていたあたりかな。

 叙事詩っぽかったりする歌もあるし、フィフィにもなかなかウケがよかったんだけど……。

 そんなに大勢に聞かれてたのか。


 ええっと、他に何を歌っていたっけな。


 あ……女児向けアニメや戦隊もののテーマソングをノリノリで歌っていた。

 それも全部聞かれていたってことか。


「ぐあぁぁぁ。くっ、殺せ……」

「ロロ、なに言ってるの?」


 身内のカラオケだと思っていたら、知らないうちにネットで配信されていたくらいのショックだ。


 ついでに昼に奥様方のお茶会が開かれていた子爵家では、試験のために息子が連日遅くまで勉強していて、そこに毎日のように歌が聴こえてきた。

 そこから学園の方にも広まっていったらしい。


「あう……もう好きにして」


 わたしたちのお泊まり会結構長かったもんな。

 長かったというか、今も継続中だし。


「それで、今では結構な数の方々が聞きにいっているという話らしいですよ」

「え? お客を招いた覚えはないけど……」


 訪ねてきた人なんていないし、屋敷の中にはわたしたち以外だと、日中にパントスがいるくらいだ。


「いえ、周りの家々にです」


 裏の伯爵家を特に用事もなく訪れる者がいるし、隣の子爵家の男の子の家には学生の友達が集まるし、流行に敏感な貴族の中には、わざわざ馬車を屋敷前の路上に止めて聞いていた者もいたとか。

 他にも、聞きつけた宮廷音楽家たちが屋敷の前に立っていたなんて話もあったそうだ。


「そんなことになってたの……? 一緒にお菓子作ったり、歌ったり、楽器弾いたり、カードやゲームで遊んだりのまったりお泊まり会だったんだけど」


 そこまで影響があるのはさすがにおかしいだろ。

 そもそも、窓を開け放してるとはいえ、そんなにも周りに聞こえるものだろうか。


 これは……もしかして喚んでいる音楽神の影響かな。


 フィフィから教えてもらった話でも、騒いだり目立ったりするのが好きなエピソードが多かった音楽神のことだ。

 歌の聞こえる範囲を広がっているとか、聞いた相手の心を揺さぶりやすくなっているとか、そんなところだろう。


 それに加えて、わたしが持ち込んだ歌や音楽はこの世界のものに比べると間違いなくレベルが高い。

 音楽に触れる人の数も段違いだからな。


 ついでにいえば、交代で演奏していたフィフィもその道で生きているプロで、疑問を差し挟む余地のない実力者である。


 というか、フィフィで思いだしたけど、演奏中に不思議なくらい調子がいいとか言ってたっけな……。

 今思えばそれも音楽神の仕業な気がしてきた。 


「えー、そうなんだ。いいなあ。楽しそう。ねえ、明日は学園お休みだし、私も行っていい?」


 お姫様がそんなに気軽にお泊りに行っていいものなのかな。

 あの国王の娘だからと思えばすんなり納得できてしまうのは、いいのか悪いのか。


 うちは対外的には聖女様のお屋敷なので、行き先的には問題にならないだろうけど。


「うちは別にいいけど、使用人もろくにいないし普通に平民の友達と同じ扱いだよ」

「もちろん、大丈夫よ」


 その後はアリアンナ姫の妹のエライア姫と遊んでいたチア、おりんと合流して家に帰った。


「エル様、大きくなったら冒険者になりたいって言ってたー」

「なんでまた? 帰るときもすごくはしゃいでたけど、何かあったの?」


 普通の王族や貴族視点だと、冒険者なんて育ちの悪いゴロツキ集団である。

 エライア姫の周りの環境も普通とは言い難いけどね。

 なついているおりんとチアも冒険者だし、父親もお忍びで冒険者やってたからな。


「チアちゃんが抱っこして飛んでいたからでしょうね」

「ああ、浮いてあげたんだ」

「浮かぶというか……城より高く、かなり上空まで飛んでいってました。冒険者は空が飛べるものだと思われたみたいです」

「チアちょっとやりすぎじゃない? おりんも訂正してよ」


 冒険者がみんな空飛んでたら変だろ。

 そんなだったら、そりゃみんな冒険者になりたがるだろうけども。


「チアちゃんが、なんで飛べるのか聞かれて、冒険者用の特別な靴だからって言っちゃったものですから」


 国王はおもしろがるだろうけど、教育係なんかは方向修正に困りそうだな。

 会ったことのないエライア姫の教育係に同情しておく。


 帰ってくると、出かけるときはいつもの風景だったはずの屋敷の周りには、夕方になって妙に人が増えていた。


 アリアンナから聞いていた、わたしやフィフィの歌を聴きにきている人たちだろう。

 昼間はお菓子を焼いたり、ゲームをしたりして、夕方から夜にかけてカラオケやってたからな。


 警備詰め所の人たちも様子を見ているのか全員が外に出ていた。

 隊長さんらしい人が腕組みをしながら通りを見回している。


「昨日より更に増えてないか……? 大丈夫だとは思うが、応援を頼んでおくか」


 速度を落とした馬車に、かすかにそんな声が聞こえてきた。


 なんか、ごめん。



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