174 フィフィの演奏とカラオケと休暇
「あとで改めて見てみたいから、二本とも一日貸してくれ。すぐに返しに行くから……」
鍛冶神が去った後、バルツはそれだけなんとかしゃべると疲労困憊して倒れた。
いや、一晩で復活は無理じゃないかな……。
そう思っていたが、翌日の午後バルツが剣二本を持ってフィフィとともに訪ねてきた。
回復魔法を使ったわけでもないのに、本当に一日で復活したらしい。
ドワーフは頑丈だなぁ。
「それで、なにか収穫はあったの?」
「おう、口での説明は難しいけどよ。すまんが、俺は作業に戻るんでまたな」
それだけ言うと、バルツは駆け足で戻っていってしまった。
「バルツさん、急ぎの仕事でも入ったの?」
「ううん。昨日のでなにかつかんだ……というより、つかみかけてるみたい。感覚を忘れないうちにって、朝から作業してたよ。ここに引っ張ってくるのも大変だったんだから。私じゃ重くて持てないし」
チアの剣は打ち直されて前よりも更に大きく重くなっている。
骨モグラの剣もあるし、フィフィが担いだらつぶれてしまうだろうね。
「そうなんだ。完成まですごく早くて、剣を打ってる時間もほんのちょっとだったのにね」
鍛冶神を喚んだ恩恵は幸いバルツにもあったようだ。
無駄に疲れるだけにならなくてよかった。
「それなんだけど、バルツにはかなり長く感じてたみたい。お茶も淹れられないくらいの時間だったよって言ったら驚いてたもの」
「あれ、そうなんだ」
宿った鍛冶神が何かしらしたのか、あまりの体の負荷に交通事故の瞬間に周りがスローモーションみたいに見えるようなやつが発現してしまったのかはわからないが、とにかく体感時間に変化があったらしい。
「それで、作ってる間も言葉をかけられたわけじゃないけど、鍛冶神様が教えようとしてくれてる感じがあったんだって」
そういうことなら、鍛冶神のサービスと考えて前者の方かな。
「神様は親父よりも優しいって感動してたよ」
「わかるけど、そこが感動ポイントでいいのか……」
バルツの父親であるボッツは見て学べとか自分で感覚をつかめとか、見事なまでに昔ながらの頑固職人タイプだ。
職人として名を馳せてからも、俺はまだ教えられるほどの腕じゃないとずっと弟子をとらなかったくらいだし。
あれに比べれば大抵の相手は優しいだろう。
すぐに帰るのかと思っていたフィフィは、バルツを見送ったままのんびりしている。
「フィフィは買い物でもして帰るの?」
「ううん。集中してるし、邪魔しちゃ悪いからね。店も閉めちゃってるからどこかで時間潰そうかなって」
バルツもゆるそうな感じに見えて結構職人気質らしい。
「それならうちにきたら?」
「いいの?」
「うん。日国のことも昨日話したのがもちろん全部じゃないし、星銀探しに隣の国まで行ってきたんだよ。せっかくだから土産話にでも付き合ってよ」
「歌の種になりそうな話なら大歓迎だよ。一番は恋バナね」
フィフィがウィンクする。
それは他をあたってもらおう。
それから夜までのんびり日国の話をして、夕ごはんも一緒に食べた。
せっかくなので作った夕ごはんは、数カ月ぶりに近くの警備詰め所にも差し入れしておいた。
ずっとせわしなく動き回っていたから、ゆっくりするのは久しぶりだ。
やらないといけないことは色々あるが、すぐにすぐにというものはない。
「バルツさんはいいの?」
「今のバルツだと、邪魔にならない程度にお腹に詰め込んだらどうせすぐ作業に戻っちゃうからね。放っといても自分で適当に飲み食いしてるはずだから大丈夫」
「じゃあ、このまま泊ってく?」
「ありがと。甘えさせてもらうね」
夜はいつものビッグサイズのベッドで雑魚寝する。お泊まり会っぽいね。
おりんは狭くならないようにネコ姿で寝ていた。
◇ ◇ ◇
「バルツが頑張ってるからってわけじゃないんだけど、たくさん話を聞いたり、おいしいもの食べてると、わたしも歌を歌いたくなったり新しい歌を作りたくなったりするんだよねぇ」
次の日、朝ごはんを食べながらフィフィが言った。
それを聞いて一つ思い出したことがあった。
「そうそう、わたしもフィフィにお願いがあったんだった」
「お願い?」
「音楽の神様について教えてもらいたくって。わたしもピアノ弾いたりするし、歌も好きなんだけど音楽の神様ってよく知らないから一度聞きたいなって」
創造魔法のためなんだけど、そこははしょっておく。
フィフィは創造魔法が使えるのはおりんだと思ってるし、鍛冶神を喚んだのも魔法だと気付いていなさそうだからね。
音楽神の力を召喚できるなんて話がハーフリングに出回っても困る。
フィフィを信用していないわけじゃないけど、音楽がらみとなるとフィフィはいつもよりテンションがあがるので少し不安がある。
そんなわけでしばらくフィフィの語りと独演会になった。
朝から食べすぎていたせいか、チアは難しそうな話になると、うとうとしていた。
午後からは、本館へ移動した。
頼んでいたとおり、パントスが商人ギルドあたりに掃除の者を依頼してくれたのだろう。
隅々までしっかり清掃されていた。
本館がなんとなく小綺麗になっているのは感じていたんだけどね。
門の近くにある使用人ハウスに直行してしまっていたのでしっかりとは見ていなかったのだ。
「遅くなりましたが、おかえりなさいませ」
「あれ、パントスさん今日いたんだ」
「お嬢様にお仕えしておりますので。……お疲れで帰ってきておいでだったり、ご友人と一緒でしたので挨拶を控えさせていただいておりました」
仕事がろくにないから普段はいないのかと思っていた。
夏の日差しの中で、巨躯の男が笑う。
暑さのせいか、元々濃い顔をしたパントスの顔は更に濃く見えた。
「フィフィ、この人は使用人のパントスさん。今は屋敷の管理くらいしかしてもらってないけどね」
「パントスと申します。私のことはお気になさらず。ただの歩く壁くらいに思っておいてください」
「はい、よろしく……。でも、ちょっと壁にしては顔が濃……じゃなくて、存在感がありすぎるかな」
わたしも壁扱いは無理があると思う。
背の小さなハーフリングとの身長差も余計に手伝ってか、フィフィは大柄なパントス相手にちょっと引き気味だ。
「ちょうどよかった。ピアノ使える?」
「はい、問題ありません。必要でしたら、教える者の手配などもいたしますのでお申し付けください」
「わたしはそういうのはいいや」
チアがやりたいならお願いしてもいいかな。
一番上の階にあるホールに移動する。
暑いのでまずは窓を全開にしておこう。
わたしはピアノの前に座ると、フィフィの話を聞きながら構成を練っていた魔術式を描いていく。
うん、こんなもんかな。
「じゃあ、フィフィの次はわたしの番だね」
「おっ、どんなのかな。楽しみだね」
地球の音楽がピアノから流れ始めた。
曲はもちろん知ってはいるけど、わたしの実力的に即興で弾くなんてとても無理な曲だ。
音楽の神に手伝ってもらう系カラオケである。
何も無い空間から音楽を流すこともできるだろうけど、今回は演奏の補助だけだ。
動いているのはわたしの手指だけだし、幸い魔力消費は少ないな。
見た目的には、わたしが弾き語りしているみたいになっている。
まずはカラオケの十八番から、数曲。
頭に浮かべている曲を勝手に弾いてくれるので、わたしは歌っているだけだ。
「すごいすごい。聞いたことないような曲調の曲ばっかりで楽しいよ。ねぇもっともっと!」
ハイテンションのフィフィが次の曲を催促してくる。
わたしも久々のカラオケで楽しくなり、調子に乗って歌いまくった。
そろそろご飯の支度をしないとかな、と思っていたら、パントスが食事を買ってきてくれていた。
おかげで、フィフィとたまに交代しながら夜遅くまで歌ったり弾いたりしながらその日は過ごすことになった。
休暇、休暇。