173 スケルトン・モグラの剣
壊した剣を作り直すための材料については、幸運もありスピード解決できた。
王都に戻るとそのままドワーフの鍛冶師、バルツの店を訪ねてみた。
材料面は解決したが、あとは場所がいる。
おりんやチアの剣は普通に錬金術の合成っぽく作っていたので不要な気がするのだけど、なぜだか今回は鍜治場まで要求されていた。
「おじゃましまーす。フィフィ、バルツさんいる?」
「あら、いらっしゃい。今日は仕事の依頼?」
「うーん、微妙なとこ」
「よくわかんないけど、とりあえず呼んでくるね」
特に作業中ということもなかったらしく、すぐにバルツが出てきた。
「今度、作業場借りれない?」
「おいおい、なんだそりゃ。俺だって暇じゃないんだぞ」
「それはたしかに依頼と言うのか微妙なところだねえ」
バルツが戸惑い気味に答える横で、フィフィが納得顔でうなずく。
「すぐ終わると思うんだけど、鍛冶師の知り合いなんていないし、他に頼める相手もいなくてさ」
「何に使うんだ?」
「言わないとダメ?」
「当たり前だろ。仕事場で変なことをされても困る」
まあ、それはそうだ。
魔道具の製作などと強引にごまかす手もあるけど、この感じだと立ち会おうとするだろうし正直に言ってしまった方がいいかな。
「ため息をつくなよ。俺の方がわがまま言ってるみたいだろ」
「一本、剣を打ちたくて」
「……お前がか? 素人が剣を一本打つのがすぐ終わるわけないだろ」
「わたしといえば、わたし。で、間違いなくすぐに終わるよ」
普通に考えればバルツの言うことの方が正しいのだけど、今回は製作者が普通じゃないからな。
そもそも、そんなに長時間召喚したまま維持してられるとも思えないし。
「剣の形の魔道具とかの話か?」
「一応は普通の剣……だと思う。ただ、剣を作るのがわたしが喚ぶ鍛冶神なんだよね」
「ほうほう、なるほどな……なるほど。なに言ってんだ、お前?」
「日国の奉納刀っぽい刀の修復をすることになって、鍛冶神の力を借りることになったんだよね。それで、材料をいくつかと場所を要求されて……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。鍛冶神? 話についていけん。順番に説明してくれ」
「えー、結構長くなるんだけど」
「だからってはしょるなよ。……フィフィ、表を閉めといてくれ。俺は奥をちょっと片付けてくる」
「うん、わかった。私も聞きたいから話は待っててね」
あら、営業妨害しちゃったな。
そういえば、バルツは親のボッツに一人前だと認めてもらうための物はもう打てたのかな。
フィフィと結婚するためにも今年中になんとかする約束だったはずだ。
しかし、今の二人のやり取りは鍛冶屋夫婦っぽくていいね。
結婚はまだだけれど、長く二人でやっている感じが出ていた。
うんうん、と一人うなずいているわたしにチアが不思議そうな顔をしている。
それから、わたしは今までの経緯を長々と話すことになった。
おりんの正体も知っているフィフィたちには今更隠す必要もない。
「聖女ねえ……。おりんさんの仲間だけあって、お前らもただものじゃなかったんだな」
「まあね」
複数形になっている理由は、暇だったチアが売り物の巨大なハンマーを片手で振り回していたせいだろう。
前に創造魔法の話をしたことがあるフィフィは気がつくかなと思ったが、今のところ気がついてなさそうだ。
バルツも鍛冶神を降ろすと伝えたおかげか、やろうとしていることが創造魔法であることには幸い気がついていないようだ。
まあ、普通は力を召喚するだけだしね。
「それで喚ぶってのはどういう感じなんだ?」
「試したときの反応的に、本当に文字通りの召喚になるかなあって……。わたしの体に宿すのか、なにか依代でも用意しとくのかまで決めてないけど」
「宿す……なるほど、そういう感じなのか」
武神の時のことを考えると、無茶をされて体がダメージを受ける可能性もありうる。
あまり自分でやるのは気がすすまないところだ。
「宿したとしたら、その間の意識はどうなるんだ?」
「んー、夢見てるみたいだったり、記憶がなかったり、意識があることもあるし、色々だね」
条件や喚び出す相手にもよるからな。
蜘蛛神や武神を喚んだ時のことを思い出しながら答える。
「そうか……。それって、俺の体に宿らせたりできるのか?」
「は?」
心配して言ってくれたのかと思っていたけど、なんか違うようだ。
「できそうだけど、バルツさんって信心深いタイプ?」
神を自分に宿すなんて名誉なことだから是非やりたいって感じ?
わたしは信仰に薄い性質なので、そういうことを気にしたことはない。
バルツの父親もそうだったので、バルツにも信心深そうなイメージはないけど、それはわたしの勝手なイメージだ。
驚いてしまったが、失礼だっただろうか。
「いや、実を言うとスランプなんだよ。親父を納得させられるものを作ろうと思ったらプレッシャーでどうもな……。なにかキッカケにならないかと思ったんだ」
だからって、鍛冶神を自分に降ろしてみてくれなんてなかなかのチャレンジ精神だぞ。
よっぽど行き詰まってるのか、フィフィへの愛情の賜物なのか。
からかうのはあとにして話を続ける。
「なんにも収穫ないかもよ」
「それならそれで仕方ないさ」
「そういうことならこっちはいいよ。それで、いつやる? 今からでもいいけど」
「今から!? いや……まあ、急ぎの仕事はないから、心の準備以外は大丈夫と言えば大丈夫だけどよ」
「じゃあ、こっちも用意があるし、その間になんとか心構えしといて」
「できるだけゆっくり頼む……」
軽く流れを説明してから、まずは作業場で複雑な魔術の術式を描き始める。
日国には対になるものが描かれていて、その上にいる骨モグラと壊れた刀をこちらに転移させるためのものだ。
普通なら空振りしないように転移させるタイミングの打ち合わせがいるが、今回は相手がアンデッドなので同じ場所でいくらでも待っていてもらえる。
かなり時間をかけて完成させると、早速起動してこちらへ転移させた。
「うおっ」
「大きいねえ」
先に説明してあったとはいえ、作業場に突然現れた骨モグラにバルツとフィフィが声をあげる。
「む、ここで打ち直すのか? 突然すまぬな、店主どの。世話になる」
「あ、ああ……」
スケルトンの外見からは想像できない丁寧さで骨モグラがあいさつをする。
それを横目に、星銀を含めた材料をどかどかストレージから出して適当に置いていく。
「こんなもんかな」
「も、もうか?」
「こっからメインだよ。時間かかるから、楽にしてて」
創造魔法の術式を、どうせそうなるんだろうからと、その力と共に存在そのものを喚び出すように作り変えながら、描きあげていく。
バルツはゆっくり手を握ったり開いたりしながら、深呼吸している。
気合いをいれてもあまり関係ないと思うけどね。
「まだか……?」
「細かい調整ならともかく、一から作り直すレベルで改変してますからね。普通は即興でやる作業じゃないんですよ」
そうなんだよ。えっへん。
そもそも必要な作業なのかは謎だけど。
「バルツ、身を清めたりした方がいいんじゃない? まだ結構かかりそうだよ」
「そ、そうだな」
フィフィの提案にバルツがうなずいた。
おりんがこちらに目で問いかけてきたので、肩をすくめてみせる。
体が汚れていようがいまいが関係ない。まあ、それで気が落ち着くなら好きにすればいい。
バルツが水の入った桶とタオルを持って出ていった。
フィフィはお茶を淹れにいき、おりんも手伝いについていった。
チアは小腹がすいたのかその場どころか、屋台を見てくると言い残して鍛冶屋から出ていく。
おい、一人で作業しているわたしが寂しいだろ。
唯一残っている骨モグラに見守られながら作業を続ける。
みんなが順に戻ってきて、最後にチアが安物のスライム紙に包まれた塩味の木の実焼きをボリボリ音を立てて食べながら戻ってきたところで術式が完成した。
人の仕事場で食べながら歩いちゃダメでしょが。
あとで叱っておこう。
頭の端にメモしながら、続いてマナを魔力に変換する術式も別に発動させる。
「じゃあバルツ、そこに立ってて」
「こ、この辺でいいか?」
「うん。そこでいいよ」
魔法を発動させた。
「成功した?」
「うん。手応えあり」
バルツの気配が、力強さを伴った大きなものへと変わった。
「む、これは……ドワーフの体か。ほうほう、材料は揃っておるようだな」
バルツに降りてきた鍛冶神が周りに積み上げた材料を見回しながら、ペタペタと宿っているバルツの体を触って確認している。
「うむ、この刀じゃな」
こちらに目もくれずに折れた刀を手に取ると、鍛冶神は刀身を更にバラバラに砕く。
それから、星銀を含めた材料をいくつか手に取った。
「おい、お前のアバラ、一本もらうぞ」
言うが早いか、手を伸ばしたかと思ったら、もう骨モグラの肋骨を軽々と素手でへし折っていた。
「な、なにを……」
骨モグラが困惑している。
アンデッドなので痛みの心配はないけれど、そりゃそうだ。
作ること以外はどうでもいいのか、見ればわかると思っているのか、鍛冶神は骨モグラに返事もしない。
「なかなかよい道具を使っておるな。手入れもよい」
鍛冶神の握るバルツの手槌が淡く光った。
「あとは……うーむ、召喚主よ、これでは炉の火が足りぬ。なんとかならぬか」
鍛冶神が炉を指差した。
ようやくこちらを向いたかと思ったら、火力の要求である。
「おりん、お願い」
すぐにおりんが火を投げ入れる。
おりんの魔術特有の、ねっとりとした真っ黒な炎が炉を満たす。
「この火は……東の火山の精か。ほう、炉の中だけに完全に熱を留めておる」
火の性質からか、一目でおりんの正体を見破った。
さすがは鍛冶神だ。
炉の中の温度は上がっているのだろうけど、おりんが制御しているので鍛冶神が言うように、周りにいるわたしたちは暑くなっていない。
「お前さん、この世界を離れるときは炉の神にならんか?」
「はあ……考えておきます」
気に入られたのか、おりんが再就職先の候補を提案されている。
わたしが死ぬまではやめてね。
「まだ足りんな。もっとだ。もっと温度を上げてくれ。うむ、いいぞ。さてさて、では始めるとするか」
そこからはあっと言う間だった。
迷いもなく星銀を含めた材料をいくつか選び取ると、刀や折り取ったあばら骨と一緒にそれを重ね、叩く。
早送りでも見てるみたいだ。
ものすごい速さで適当に乱打しているようにしか見えないし、他の操作も異常な速度だ。
作業している間は、鍛冶神が使っている道具がどれも淡い光をまとっていた。
「うむ、できたぞ。見守り育てるのもよいが、やはり自分で作るのは格別の楽しみがあるわい。召喚主、感謝するぞ」
バルツの顔をした鍛冶神が完成した刀を差しだして笑う。
「おい、剣士。この刀はもうお前と同じものじゃ。この刀に宿ってみるがいい」
剣士って誰のことだろと思ったら、鍛冶神に刀を差しだされているのは骨モグラだった。
「刀と……?」
骨モグラが剣に触れると、そのまま吸い込まれるようにしてその巨体が消えた。
「こ、これは……!?」
刀から骨モグラの声だけが聞こえてくる。
「わかったか? 刀に刻まれた技もお前と共にあり続けるじゃろう。その技を多くの者に伝えるも、磨き続けるも好きにせよ。あとはお前の自由じゃ」
骨モグラは、鍛冶神のおかげで不死者から刀の精にまさかのジョブチェンジを果たしていた。
そのために骨モグラのあばら骨を使っていたのか。
これなら不死者として退治される心配はもうないし、魔物として自分を倒せる者を探して歩くなんて真似もしなくていい。
アンデッドが宿っている剣ってのもどうなんだという説もあるが、魔剣と言えばそれなりに聞こえはいいかもしれない。
刀に宿っている存在として、眼鏡にかなう使い手を見つけて技を伝えていく、骨モグラが望んでいた生き方(?)ができるはずだ。
相手をもう一人に限ることなく持ち主の数だけ技を存分に伝えていけばいい。
「魔剣・骨モグラか……」
「せめてもう少しよい名前にしてもらえんか……?」
「ロロちゃん、名前の付け方いつも見たまんまだよね」
鍛冶神が残念そうな顔で言い、意外と名付けのセンスはそれなりのチアに笑われた。
うるさいっての。
「では、わしはこれでの」
「あ、待って待って~」
チアが鍛冶神を引き留める。
「ん、なんじゃ」
「これもいーい?」
打ち直された刀を見てうらやましくでもなったのか、チアが自分の剣を差し出した。
その剣も一年ほど前に作ってもらった鍛冶神の作だ。
鍛冶神が剣に目を落とした後、チアの手と顔を見つめる。
「ふむ、なるほど。たしかに打ち直した方がよさそうじゃ」
チアは修行して戦い方も変わってるだろうし、腕力や身長も成長している。
今のチアにはもうその剣ではベストではなかったらしい。
「召喚主よ、よいか?」
「うん、お願いします」
魔力的にはまだ余裕がある。
先程のように、鍛冶神があっという間にチアの剣を打ち直す。
完成した剣の表面には不思議な紋様が刻まれていた。




