172 星銀の地底湖
目の前に広がる星銀の漂う湖にあっけにとられていたが、チアの声で我に返った。
「見つけたねー。やっぱり穴を掘るのが正解だったんだよ! きれーい!」
そういえば、最初にそんなこと言ってたな。
でも今はそんなことより……
「ウソでしょ!? なんなのこの量!!」
黒水銀の量もだけど、星銀の密度がすごい。
湖がそのまま光っているんじゃないかと思えるほどだ。
「本当にありましたね。なんでこんなに……」
「ここで昔何があったのかは気になるけど、とりあえずどれくらい奥まであるのか見てみようか……」
明かりの魔術を付けると、元の洞窟の風景に戻った。
光をいくつか湖の奥の方へ飛ばしていく。
こちらも飛んで見にいかないともう見えなくなるかな、という辺りで天井が段々低くなって壁に行き当たった。
「地形的に水面より下でまだ先まで続いてそうだね」
「全部でどれだけあるんでしょう。これだけあれば、町だって買えるんじゃないですか」
「国でも買えそう……」
「じゃあ、毎日お腹いっぱい食べれるね」
「それは今も食べてるでしょ」
回収するだけでもかなり時間がかかりそうだな。
そして、作業が終わった時には大富豪になっているわけだ。
「そういえば、上から見えたのはどれだったんだろ」
「角度的にこれは見えないですよね」
「ちょっと明かり消すね」
ふと気になってもう一度明かりを消してみた。
よく見ると、湖の外、わたしたちが立っている辺りも少しだけ星銀が光っている。
後ろを振り向くと、下りてきた穴の真下、小さな岩の影だった辺りに星銀が一つ光っていた。
「上から見えたのはあれみたいだね」
「なんで、あんな位置にまであるんでしょうか。よく見たら湖の外にも散っていますし」
「迷い込んだ生き物がうっかり触って歩き回ったとか?」
その時、後ろで波のたつ音がしてびくりとして三人同時に振り向く。
同時に横でチアが剣を抜いた音がした。
「風ですかね……どこか他にも入口があるとか」
「いや、何かいる!」
さっきまで敷き詰められたように湖で光っていた星銀には筆で線を引いたような黒い隙間ができていた。
すぐに最大光量で明かりの魔術を発動させる。
盛り上がった真っ黒な湖面に、かすかにその姿が見えた。
「……魚?」
「今の魚……見間違いじゃなければ星銀を食べてましたよね」
「髭とか背びれとか、魚というよりは龍っぽかったような……」
星の力を食べる、龍のような魚……。
星は、それが一つの世界でもある。
神聖を得て竜王になったバハムートという存在が頭をよぎった。
「星銀の魔力を食べてるにしては、ピン打ちに引っかからなかったのは妙ですね。もう一度やってみましょうか」
「……いや、やめとこ」
引っかからなかっただけならまだいい。
向こうが何らかの方法で打ち消したり、探知魔術に反応しないよう対処した可能性もある。
いつからいるのか知らないけど、ずっと星の魔力を貯めこんでいるのだ。
水銀に住んでいるものがただの魚の変異種なんてもののはずがないし、下手に手を出すとヤバい相手かもしれない。
「今のがなんなのか、知ってるんですか?」
「知らないけど、魔物じゃないと思うから。敵意がないならあんまり刺激したくないかな。わたしたちの目的は星銀……と黒水銀だしね」
今は恋月期対策の魔導具のために黒水銀も必要になったんだった。
一応付け足す。
「ねえねえ、じゃあ釣ってみるのは?」
「いや、刺激したくないって言ったよ。それにミミズなんかじゃ釣れないでしょ」
「だって、どんなのか見てみたくてー。それに、食べてみたらおいしいかも」
「やめて」
「そうですよ、水銀は毒ですよ」
「慣れるから大丈夫」
「だから、人の話を聞く。それと、なんでも食べようとしない。毒だからとかいう問題じゃないし、そんなものにまで適応しなくていいから」
「餌付けするのは?」
チアがなんかまだ言ってるけど聞こえないふりをした。
「じゃあ、今のが住んでるみたいだから星銀を取り尽くして帰るってのはナシね」
残念ながら、億万長者の夢はなくなってしまったようだ。
まあ、特にお金には困ってないし、いいけれど。
「にゃ!? おうちまで温泉をひく夢が……」
「ええっ!? 王都のお菓子の買い占めが……」
おりんとチアが思ったよりショックを受けている。
二人ともそんなこと考えてたのか。
「ここのヌシさん、星銀と黒水銀少し分けてもらうよ」
それに答えるように、遠くで水の跳ねる音がした。
さすがに洞窟の中で家を出して泊まる気にはならないので、適当な場所を探さないとな。
「チア、なにやってんの?」
「星の魔力で星銀に変わるんだよね」
「そうだけど、すぐに変わるもんじゃないよ」
星銀に変わる瞬間を見てみたいらしいチアが、余っていたコップに黒水銀を汲んでいく。
先に外に出ると、空をおおっていた雲はだいぶいなくなっていた。
後ろからコップを持ったチアが飛び出してきて、そのまま勢いよく上空まで飛んでいく。
「あーっ、こぼれたぁっ」
上から声が聞こえてきた。
◇ ◇ ◇
家にこもって無事に黒水銀を使った改良版のペンダントを完成させてから、再び町に戻った。
冒険者ギルドで、タイミングよくギルドにいたレフィたちに声をかける。
前にみかけた別パーティーもいて、合わせて十人ほどだ。
なぜかシルカだけいないけど、それを除けばこれでこの町に滞在している全員かな。
朝の依頼に行く前を狙って来たのだが、ちょうどよかったみたいだ。
「いたいた。ちょうどよかった」
「あら、星銀探しは進んでるかしら?」
「おかげさまで、見つかったよ」
「え!? もう!?」
「うん。だから、約束どおりお礼をしにね」
パクパクと口を開けたあと、レフィは大きくため息をついて薄く笑った。
「やっぱり、持ってる子ってのは違うわね。あっという間に見つけちゃうんだもの」
なんだか、よくわからない買い被り方をされているな。
今回は上空から探してみた結果、発見できただけだ。
「ちょっとした探し方と、それに必要な技術がたまたまあったおかげでね。それでも、レフィさんの話を聞いてなかったら、こんなに早く見つかってないよ」
「情報がなくても、いずれは見つけたでしょ?」
「それを言ったら、探し続けてたら誰でもいつかは見つけたと思うよ」
地道に地図を埋めていけば、いずれどこかで地下への穴の存在に気付けただろう。
「あら、あなたが特別なんだって思わせてくれないと、見つけられなくて諦めた私が抜けてるみたいじゃないの」
「あ、ごめん」
レフィの口調は冗談めいていたけれど、その声は強かった。
見つけられなくて諦めた自分がみじめになるような謙遜をしてくれるなと言っているのだ。
「……まあ、わたしたちは文字通り空を飛んで探したから、普通に探したんじゃたしかに十年はかかったかもね。じゃあ、約束どおりペンダントを……」
「あ、ロロ! 姐さんたちも! もうそんな時間でしたか!」
ドタドタと慌てた様子でシルカがギルドに現れた。
「シルカ、朝からいなかったけどどこに行ってたの?」
「へっへっへ。まあ見て下さい。姐さんたちも驚きますよ」
得意満面な顔をしたシルカが光を反射しない黒い液体が入った容器を差し出した。
「これ……」
「どうだ! あたしも探してやろうと思って最近は朝に一人で湖の方へ行ってたんだ! 先に見つけてやったぜ! ぐうの音もでねえだろ!?」
「ぐう。……これ、どこで見つけたの?」
「これがなんと、木の上にあったんだよ! たまたま黒いものが見えてよ、もしかしてってな!」
木の上ってことは……。
「それ、チアちゃんがこぼしてたやつじゃ……」
目を向けると、チアはあさっての方を向いて顔をそむけていた。
そっちは壁だけど。
「ロロ、これで全員分の恋月期をなくすペンダント、どうにかなるか?」
「……うん。これだけあれば十分だよ」
すでに大量に見つけていて、どっちみちお金を取る気はあまりなかったんだけどね。
「シルカ、いいの? あなたが見つけたんでしょ」
「水臭いですよ、姐さん。ここに来てからどれだけ世話になったと思ってるんですか。それに、姐さんもロロにみんなの分まで安くしてもらうよう言ってたじゃないですか」
「……そっか。ありがとね、シルカ」
他の獣人冒険者たちも口々にシルカにお礼を言う。
「じゃあ話はまとまったみたいだし、人数分のペンダントね」
「もうできたのか? めちゃ早いな」
そんなわけないだろと思ったけど、シルカはわたしたちが見つけていることを知らないのでこういう反応になったのだろう。
「よっしゃあ! これで、もうどこに行くのも自由だ。こんなにせいせいするのは、村を飛び出した時以来だぜ」
大げさな気もするけど、彼女たちは恋月期関係でなにかよほど嫌な記憶があるんだろう。
それが原因でこの町から歩きだせなかったくらいだし。
わたしたちは自分たちですぐに対策してしまったのでそこまでトラウマのようにはならなかったからな。
シルカからペンダントを受け取りながら、獣人の冒険者たちはこの町を出てこれから自分はどこに行きたい、行くんだと言い合っている。
「シルカ、ありがとう。……でもこの町を発つのはちょっと寂しくもあるわね」
「姐さん?」
シルカからペンダントを受け取ったレフィが感慨深そうにつぶやいた。
「この町にずっといたおかげで、知り合いが増えたり冒険者の仲間ができたからね」
「はあ。冒険者ギルドにまで足元みられるような町なのに、姐さんは変わってますね」
レフィの情緒をシルカがぶった切った。
それから、壁に貼られている大雑把な地図に視線を向ける。
「だってまた一人旅に戻ると思えば――」
「そんなことより、ウィーラさんたちは南に行くらしいっすよ。姐さん、あたしらはどこに行きます?」
「え?」
「ミヤメさんはドワーフの国に行きたいって言ってましたっけ」
「武器に見合う実力も金も足りない。……まだ早いよ。リッタ、あんたも南の料理を食べにいきたいんじゃなかった?」
「うーん。行くなら、ウチは西周りの方が味付け的に好みだねえ」
「それなら、ひとまず西のヴェルミチェリ王国でよさそうですかね」
シルカがレフィの方を見たが、レフィはきょとんとしている。
「姐さん、聞いてます? とりあえずあたしらは西に行くんでどうですか?」
「え? あ、うん……うん! もちろんそれでいいわよ!」
これからも一緒に行動するのが当然のように話しをするシルカたちに、レフィが嬉しそうにうなずいた。
どうやら、馴染みの冒険者たちがパーティーになる瞬間に立ち会ってしまったようだ。
レフィは同じような境遇の者がただ集まっているだけのように言っていたけれど、雰囲気をみるに結構いい関係を築いていたらしい。
「わたしたちは先に帰るけど、王都に来るなら歓迎するよ。なにかあったら気軽に声かけて」
「おう、ありがとよ。ロロたちのパーティーの名前はなんて言うんだ? 連絡とりたい時のために教えといてくれよ」
「Cランク以下混合90番だよ」
「それ、臨時でパーティー組む時の割り振られるやつじゃねーか……」
にこにこしているレフィと半眼のシルカに見送られて、わたしたちは王都への帰路についた。




