170 泉の町の獣人冒険者たち
星銀の泉を見物をして、宿で遅い時間にベッドに入ったわたしたちは、次の日冒険者ギルドへ向かった。
「なんでギルドに行くの?」
「他に採れるところがあって実は売られてる可能性もあるし、近くのどっかで見つかったことがあるとかないとか、聞いてみたいからね」
高額なものなので冒険者ならダメ元でも狙う者はいるだろう。
ギルドならいくらか情報があるはずだ。
向かう途中、獣人の女性冒険者のグループが町を出ていくのを見かけた。
依頼を受けて今日の仕事に向かう人たちだな。
行ってみると、大きな町でもないので、冒険者ギルドもかなり控えめなサイズだった。
雰囲気は落ち着いている……というか、遠慮なく言ってしまえば、暗い。
日当たりだけの問題ではなく、いつもの王都の冒険者ギルドに比べると活気があまり感じられない。
中には、これから仕事に向かうところらしい雰囲気の獣人の冒険者が四、五人だけだった。
さっき来る途中で見かけた人たちと同じようにこちらも女性ばかりだ。
妙な雰囲気と、獣人の女性ばかりという偏った冒険者たちに、おりんと顔を見合わせる。
「どうした、ちびっこたち。この町のことを聞いてきたのか?」
見ていたこちらにきづいて、その場にいる中で一番年下っぽい若い冒険者が話しかけてきた。
外見上はおりんより少し上くらいだ。
「シルカもたいして変わんないじゃない」
「ここでは一番下だから、先輩風吹かせてみたいんでしょ」
その後ろから他の冒険者たちのあきれたような声が聞こえた。
「この町がどうかしたの?」
「ああ、知らないできたんだな。えーっと、お前……」
「ロロだよ」
話しかけてきたシルカと呼ばれた冒険者が、顔をぐいっと寄せて、声を落とした。
「ロロ、恋月期ってのは知ってるか?」
いきなり、あらぬ方へ話が飛んだ。
恋月期は有り体に言えば、獣人に訪れる発情期である。
月の魔力の影響でなるもので、王都の冒険者仲間のカティアは、月の女神の加護だか祝福だとからしいと言っていた。
去年はそのせいで、危うくおりんとキスする直前までいってしまった。
横でおりんが小さく咳払いをする。
「知ってるけど」
「この町にいるとな、ソレがないんだ」
「え? なんで?」
「なんか星銀の泉のせいらしいけど、よくわからん。まあ、そんなわけで恋月期が苦手な獣人が春になると集まるんだ」
雑な説明だが、つまりは恋月期とうまく付き合えなくて苦痛に感じるような獣人の女性冒険者の集まりのようだ。
「でも恋月期はもう春までないでしょ。ずっとここにいるの?」
今はもう夏だ。
恋月期はもう終わっているし、次の恋月期はかなり先になる。
「大半は次の春までどっか行く。いや、あたしもそうすりゃいいってのはわかってんだけど、春までにはここに戻ってこないとってずっと考えながら旅をするとか……なんか嫌なんだよ」
言いたいことはわからないでもない。
理屈じゃなく、気分の問題だ。
気の向くままに、いつでも自分の好きな方へ。
実際にそうするかは別として、そんな風に自由な心持ちでありたいのだろう。
「村を飛び出して、これであたしは自由だ! ……って思ってたんだけどなあ」
カティアを思い出させる雑な口調の少女が、ため息をついた。
横にいた少し年上の冒険者が落ち着いた声で話す。
「私たちもこの子と同じような感じ。ここが住みよい町ってわけでもないんだけど、なんだかんだで、ずっとここに住んでるの」
そう言いながら、他の獣人冒険者たちに軽く目を向ける。
別に仲間やパーティーというわけではなく、ただこの町に居残っている人たちの集まりだったらしい。
「獣人への扱いが悪そうな感じはなかったですけど」
スリに気を付けろと言ってくれた警備兵の人や、星銀の泉近くにあった食べ物屋も露店商も獣人だからと一歩引いて警戒しているような感じはなかった。
「観光客のお客さんだからな。住んでるとまた話が変わるんだよ。近くで盗みがあれば、最初に警備兵がやって来るのはあたしらのとこだよ」
それもそうだ。
通り過ぎていく観光客と、ずっと居続ける相手じゃそりゃ扱いは違うだろう。
「恋月期を抑える魔道具ってのも見せてもらったけど、値段もするし、使うのに結構魔石がいるってんで、あたしの今の稼ぎじゃどうしようもないしよ」
「え? カティアが来たの?」
恋月期を防ぐ魔道具というのは、わたしが作ったペンダントのことだ。
知り合いの獣人に渡したいと言っていたのでいくつか作ってあげたのだ。
「ロロ、カティアの姐さん知ってるのか?」
「同じ町に住んでる冒険者仲間だよ。一緒に依頼受けたこともあるし」
「友達ですにゃ」
「遊んでもらって、お風呂一緒に入ったー」
シルカがうんうんとうなずく。
「お守りは嫌いだっていうけど、カティアの姐さん結構面倒見いいんだよな」
「お守りはされてないよ」
チアの発言だけ聞くと完全に子守りだけど。
向こうもそう判断したようだ。
「……ってことは、ロロたちもヴェルミチェリ王国の王都住まいか? カティアの姐さんが前来た時に、今までいたところの中じゃ一、二を争うくらい居心地がいいって言ってたけど」
「んー……」
たしかに、あからさまに差別意識を表に出してくる者はめったにいないな。
冒険者に至っては人族かどうかなんて気にもしないバカばっかだ。
都会派の貴族は嫌な顔をするけど、貴族のトップである国王や宰相は元冒険者のせいもあって偏見がないし……。
「言われてみると……そうだね。住みやすいと思うよ」
「東西南北に交易路があるから人の出入りに慣れているのか、よそ者をあまり毛嫌いしないですしね」
おりんが補足してくれた。
「そっか、すぐ隣の国なのにずいぶん変わるんだなあ……」
彼女は少しうらやましそうに言った。
ギルドに活気がなく暗く感じたのは、居心地がよくもないのにここにいる獣人の女性冒険者たちのせいか。
自分で言っていたように住みやすいわけでもないようだ。
大きくもない町だし、仕事も地味なものばかりで種類もないだろう。
どこかほかの国にでも行って、また帰ってくればいい。
そう理屈ではわかっていても、滞在するうちにこの町に変に慣れてしまって、どこかに移動するのも億劫になってしまっている。
そしてこの町の生活自体が他の場所へ行って違う生活をしようという気概を削いでいる。……悪循環だなあ。
恋月期が苦手という気持ちはよくわかる。
ここにいる女性の獣人たちのためにも、ペンダントは改良の必要がありそうだ。
わたしは腕を組んでうなった。
「うーん……。しかし、やっぱり必要な魔石量がネックかあ」
「……いきなりなんの話だ?」
「カティアの持ってた恋月期を抑えるペンダントはわたしが作ったの」
「……ロロが!?」
シルカが大きな声を出したが、どうせギルド内にはわたしたちと彼女たち以外にはギルドの職員だけだ。
ギルドの職員はさして興味もないらしく、こちらを見もしなかった。
「お前、その年であんなもの作れるほどの魔道具師だったのか」
「恋月期は色々大変だから、あると便利かなって思ってね」
掘り返されると恥ずかしいので、自分のためだとは言わないでおく。
それはともかく、黒水銀は星の光や魔力を集める性質があり、魔力が貯まると結晶化して星銀に変化する。
月に対しても同様の働きをすると考えると、さっきシルカが言っていたように、月の魔力が原因で起こる恋月期を抑えるのはありえそうな話だ。
ってことは……。
「黒水銀を使えば、材料費は上がっちゃうけど魔力も黒水銀が集めてくれるし、結界ももっと弱くていい。魔石もほぼいらなくできるかな……」
「ロロ様、目的からだいぶそれていますが……」
そういえば、なぜか恋月期の話になっていたけど、元々は星銀の情報を探しにきたのだった。
これから依頼をこなしに出発するところだったろうし、あまり引き留めても悪い。
「あ、ごめん。えっと、元々聞きたかったのは別のことで……星銀はあの泉以外にもあるかな。この辺りで採れる場所が他にあって、売ってたりとかする?」
「素材にでも使うのか? 街の真ん中にある泉しかないぜ」
「専門に探してるような人とかもいない?」
「道端で金貨を探すようなもんだぞ。そんなもの狙っても食えないだろ」
「金貨はおいしくないもんね」
チアが横からズレたツッコミをいれる。
「そういう意味じゃないから」
というか、おいしくないってなんだ。
食べたことあるのか。
うーん……しかし手掛かりになるような情報はなさそうだな。
念のため、最後にもう一度だけ確認しておく。
「たまたま見つかることもないの?」
「あたしは一年以上いるけど、聞いたことないな」
シルカに完全に否定されたが、横にいた先輩冒険者が首を振った。
「あるよ。川の底に落ちていた黒い粒が黒水銀だったとか、ごくたまにね。星銀も含んでいたかまではわからないけど」
「え、あるんですか? レフィ姐さん」
――あたりだ。
どこかにあるな。
採り尽くされた残りがたまたまあったにしては不自然な見つかり方だし、ごく少量だけという存在の仕方は普通しない性質のものだ。
「また次があるかもって思うから、みんな案外場所はしゃべらないの。それでも、わたしの知っている限りだと見つかるのはたいてい北の山にある湖の近くね」
「助かるけど、そこまで教えてもらっていいの?」
「あなたたちなら見つけてくれそうだって思ったから」
みんなしゃべらないと言いながらもそこまでつかんでいるとなると、偶然耳にしたってわけじゃなさそうだ。
こちらが聞く前にシルカがたずねた。
「……姐さんも探してたんですか?」
「昔はね。でも、私には見つけられなかった」
もし見つけられれば、それを持っていたら恋月期の影響を受けなくてすむ可能性があるし、普通に売っても大金になる。
冒険者だし、探したことがあっても別に不思議ではない。
「……もし見つけられたら、その時は今あなたの言った、黒水銀を使った魔石のいらないペンダントってのをなんとかしてもらえるかしら」
「……なるほどね」
「さすがにタダでくれとは言わないけど、私たちが払えるくらいにしてもらえると助かるわ」
レフィと呼ばれた冒険者が他の獣人冒険者たちを見回した。
こちらも、恋月期の辛さがわかる身としてサービスしてあげたいところではある。
「うん、たくさん見つけられたらおまけしてあげるよ」
「いやいやいや。姐さん、本気でロロたちが見つけられると思ってるんですか? 姐さんにも見つけられなかったんですよね」
シルカが慌てた様子で割って入った。
あっさりと自分の持っていた情報をわたしたレフィに他のメンバーも驚いている。
「ええ、思ってるわ。こういう、見つからないなんてこれっぽっちも思っていない子が見つけるの。そういうものよ」
レフィの言葉にシルカは納得いかなさそうな顔をする。
まあ、気持ちはわかる。なんで教えてくれたのかわたしにもよくわからないし。
ただ、人を見る目があったということになるかな。
「オーケー。期待しといて」
「姐さんや今まで探した誰も見つけられなかったんだぞ」
「今まで誰も見つけていないから、わたしが見つけるんだよ」
無いものを見つけることはできないけれど、存在するのさえわかれば、なんとでもなるのだ。
地の底だろうが、ドラゴンの腹の中だろうが、幻想魔法もある今なら、絶対に見つけだしてみせる。
お礼を言って冒険者たちと別れた。
ギルドを出る最後まで、シルカはずっと不服そうな顔をしていた。