17 リンカーネイト(猫)との再会
醜く笑った化け猫を見て、ため息をつく。
「何やってんの、このコは」
魔物じゃない可能性もあるかもしれないと思ってやって来たけど、どうやら大正解だったらしい。
呪われた上に討伐されてしまうなんてかわいそうだ、と思った自分を褒めておこう。
マジックバッグから、呪われている何かと知った時からすぐに出せるよう準備しておいた、バズーカ砲にしか見えない物体を取り出す。
強制解呪・浄化・物理除去用魔道具・試作型。
通称、お掃除砲。
昔、呪いと怨霊で凄まじいことになっていたとある貴族屋敷を強制的に更地に変える為に作り上げた魔道具、その試作型である。
これがあるからこそ、呪われている存在がいるというダンジョンの奥までわざわざやってきたのだ。
こちらに向かって一直線に駆けて来る、その黒い獣目掛けてぶっ放した。
真正面から命中すると、巨人も歩き回れる巨大ダンジョンの中を、彼方へと吹き飛んでいく。
飛んでいった先を見に行くと、粉々になった呪いの残滓と共に、尻尾と耳の先の白い、白靴下の黒猫が目を回して転がっていた。
◇ ◇ ◇
リンカーネイト。
それが今の私の名前だ。
元々は、狩猟を生業とする獣人の村に住む、どこにでもいる子供だった。
魔物によって村の人たちがみんな殺されて、自分も身体が抉られて、もうすぐ死ぬのが分かっていた。
村の誰一人敵わなかった魔物をあっという間にやっつけた豪奢な服を着た老人は、私を見て言った。
「運が良かった。お前は助かるぞ」
起きたら、半分精霊になっていた。
ヒドい爺だと思う。
名前は、思い出せなかった。
「なら、再誕でどうじゃ」
お前は、生まれ変わったんじゃからな。
爺がそう言った。
その日から、私はリンカーネイトになった。
爺の家にはお手伝いさんがたくさんいて、私もその中の一人になった。
休みには、爺に魔術を教えてもらった。
いつからか、成長が止まっているのに気付いた。
半分精霊になったせいだろう、と言われた。
そのうち、ネコの姿になったり、見た目の年齢を変えたり出来るようになった。
行きたいところがあるなら好きにしてもいいと言われたが、特に行きたいところもなかった。
気がつくと、爺のそばで一番長く仕えてるのは私になっていた。
爺は三百才を越えた頃から衰えてきて、そして死んだ。
また、家族を失った。
その後は、爺の妹の子孫たちの家で子守りをやったりしてのんびり暮らしていた。
だけど、私も長く生き過ぎたみたいだ。
いつの間にやら恨みつらみをかい、最後は呪いをかけられた。
理性を壊し、ただの狂える獣へと変える呪い。
誰にも迷惑をかけまいと飛び出して、遠く遠くに駆けに駆けて、洞窟の奥へと閉じこもった。
入り口も塞ぎ、ただ解呪を試みた。時間を掛けて少しずつ少しずつ、解いていく。
時々、呪いの苦しさにもがき、暴れた。
いつの間にか、私の呪いと魔力が澱んで、そこはダンジョンになっていた。
半分眠りながら、少しずつ呪いを削る。
呪いに耐え切れなくなると、私はダンジョン内で暴れ、魔物を殺した。
逃げ回るものもいたが、どこにも通じていない穴の中だ。いつも全ての魔物を殺し尽くした。
どれくらいの時間が経っただろう。
呪いによって、昼も夜も分からなくなる日々。
私の呪いと魔力から生まれ、そして殺される。それを繰り返す魔物たち。
ある日呪いに耐えきれず、苛立ちにまみれていると、不思議なことにいっせいに魔物たちが暴れだした。
魔物たちは、岩盤を割り、ついに他の洞窟へと繋がる道を作り出した。呪いで暴れる私のように、狂ったように外に飛び出そうとしていた。
それを押し止めようとしたのは、ダンジョンだ。
このままだと、私も逃げ出すと思ったのか。
ダンジョンコアは、澱んだ魔力と呪いにまみれた私をエネルギー源として手放したくなかったのだろう、最後のチャンスとばかりに、ダンジョンボスのレッドドラゴンと共にダンジョン内の魔物たちを私に殺到させた。
意識を手放し、破壊の衝動に任せて、向かって来た全ての魔物を殺し尽くす。
破壊衝動が少しだけ薄れ、意識が少しずつ戻ってきた。ダンジョンコアはどうやら諦めたみたいだ。
暴れたい私と、引きとめたいダンジョンの綱引きが終わり、ダンジョンの入り口付近でまごついていた魔物たちがいっせいに暴れまわろうと走り出す気配がした。
それから、ダンジョンの外で何か圧倒的な力の奔流を感じた。気付けば外は静かになっていた。
意識がある程度はっきりと戻ってくる。
しばらくすれば、ダンジョン内の死体は消える。待つか、それとも、場所を変えて眠るか。
大量の魔物の死体の中で立ちつくしていると、岩の陰から、誰かがこちらを見ているのに気がついた。
衝動に塗りつぶされ、意識は再びそこで途切れた。
途切れる意識の向こうで、不思議なことにいつ以来か分からない爺の姿を思い出した。
「まあ死にはせんじゃろ」と、爺が言った気がした。
◇ ◇ ◇
気絶して、通常の猫サイズに戻ったリンカーネイトを適当にそこらに寝かせると、周りのモンスターの死骸を回収していく。
損傷の激しいものが多いけれど、強力な魔物ばかりだ。できるだけ回収しておいた。
回収が終わってもまだ気絶したままのリンカーネイトを抱いて、地上を目指す。
地上に出て夕陽を浴びると、ようやく目を覚ました。
「あれ、明るい? ……ここは、外……?」
「おはよう」
「もしかして、助けていただいた感じでしょうか」
「……まあそうだね」
「ああっ、やはりそうでしたか。どうもありがとうございます。昔死んだはずの、もうろく爺を見た気がしたんですが、助けてくれたのはあなた様でしたかあああーーーーっ!」
べちょっ、と地面に、リンカーネイトが落っこちる。
「な、なんで投げたんですか……?」
「ごめん、手がすべって」
「えいって言いませんでした?」
「言ってない、言ってない。ところで、もうろくってどういう意味?」
思わずイラッとして手がすべってしまった。……うん、きっとわざとじゃないよ。
「え? ああ、はい……昔、私がお仕えしていた人のことですけど。年をとって死ぬ間際に、高価なものや大事なものを、山ほど無くしてどこにやったのか……」
それ、転生用に色々ストレージにしまっていた件だな。
もうろく呼ばわりはイラッとしたが、これは仕方ないところだ。
「やっぱり三百年も生きてると……長生きし過ぎるのも考えものですよねえ」
器用に腕を組んだ猫が続ける。
どうやってんの、それ。
あと、今のセリフはブーメランだからね。
時間感覚が無かったんだろうけど、言ってる本人ももう三百年以上生きてるはずだから。あとで頭に突き刺さるやつだよ。
「おまけに、最後の頃は下も我慢がきかなくなって、大変でしたよ。あの尿もれ爺の世話は、本当にもうにゃあああああーーーーーっ!!」
もう一度、ぼてっ、と音を立ててリンカーネイトが墜落する。
「……りぃーんーかぁー!? 誰が尿もれ爺だってええぇぇぇ!?」
「…………え? あれ? 名乗ってませんよね……もしかして、ご主人……ですか? 本当に?」
リンカの首の後ろを掴んで顔の前にぶら下げた。
黒猫の鼻を人差し指でぐりぐり押してやる。
「年をとると、体も言うことを聞かなくなったりして色々と大変なんだけど。それを、ほんの一度や二度の失敗をあげつらって尿もれ爺呼ばわりするとか……」
「一度や二度!? 嘘を言わないでください! 洗浄魔術をかけて、無かったことにしていただけですよね! 残念ですけど、私は鼻がいいからすぐに分かっちゃいますから。ご主人は、知らない振りをしていた私の優しさに感謝して下さい!!」
「な、なんだってー!?」
びたん、と音を立ててリンカが潰れた。
「……なんでまた投げたんですかにゃ」
「なんか、つい」
理不尽ですにゃ……とつぶやいて、リンカは力尽きた。