169 鍛冶神の依頼と星銀の泉
骨モグラと戦った次の日は、体中の痛みでまったく動けずひたすら寝ていた。
更に翌日、神聖魔法も使って体を回復させてベッドからようやく抜け出す。
「ほんの数秒だったじゃねえか。たったあれだけで丸一日動けなくなるとか、強いんだか弱いんだかよくわかんねえな、お前……」
顔を合わせると、ラウにものすごくあきれられていた。
ソファでごろごろしながら答える。
「限界超えて力を出すから反動が激しいんだよ」
「戦ったあとそうなるんじゃ、俺とも戦ってみてくれとはさすがに言えねえな……。しかし、神様ってのはぽんぽん家を出せたりするものなのか? こういうのは野営とは言わねえだろ」
ラウが机を軽く叩いた。
一昨日はキャンプ宣言をしたが、実際にはいつものストレージに入っているログハウスに泊まっている。
「楽な方がいいじゃん」
「まあ、そりゃそうだが」
そして、朝の支度を終えてから骨モグラの刀の修復を試みたところ……。
「……直せない」
「そんなこと今までありましたっけ?」
「それは困る。なんとかならぬのか」
骨モグラが焦った声を出す。
「正確に言うと、打ち直すのに材料を要求された」
「そんなこと今までありましたっけ?」
おりんが同じセリフをもう一度言って、わたしは肩をすくめた。
「ないよ。魔法を使う対象から意思表示的なことをされるっての自体、転生してからのことだし」
「神様同士対等になったから気軽になったんですかね」
「どうだろ。前世の記憶が面白いから神様たちにサービスされてるって言われたことはあったけど」
その材料を使って打ち直したものがわたしの役に立ったり希望に沿うようなものだということなんだろうか。
あと、神様成り立てのわたしと有名どころの鍛冶神が同格ってことはないんじゃないかな。
「それより、その材料ってのは何なんだ? 俺が手に入れられそうなものなら、なんとかしてやるぞ」
横で話を聞いていたラウが焦れて尋ねてきた。
「ああ、星銀だよ」
「……すまん。聞いたことねえや」
ラウが頭をかく。
「希少品だからね。まあ、アテはないでもないから」
アテがあるというか、それしかアテがないんだけど。
おりんの精霊核にも使われている関係で、修理に欲しくて探していたこともあった。
その時に聞いた話によると……
「たしか王国の隣の国にあるって」
「じゃあ、一回帰らないとですね」
「うん。国をまたぐし、ギルドで休止してた冒険者資格を復活させて、そのまますぐ出発かな。稲刈りまでに片付けたいし」
もし時間がかかりそうなら、一度王国へ戻らないといけなくなるな。
「わーい、新しい国ー」
チアが新しい場所に行くと聞いてうれしそうにする。
おりんとラウは、わたしの言葉に微妙な表情をした。
「豊穣神としては正しいんでしょうけど、基準が稲刈りってなんかこう冒険者というより……」
「農家の出稼ぎみたいだよな」
「いちいちうるさいなあ……」
◇ ◇ ◇
「ここ、ホントに別の国?」
行ったことのない国に行くと聞いて楽しみにしていたチアだったが、国境をまたいでもたいして変わり映えのしない風景や街並みに不満そうな声を漏らした。
「そりゃ地続きの隣の国だし、たいして変わんないよ」
「王国より小さな国ですし、この国の方が田舎ですしね」
「つまんなーい」
「今見えてるあの町が目的の町だし、そこに着けばおもしろいかもね」
町の周辺で星銀が採れたらしく、それはそのままその町の観光スポットになっているそうだ。
町の入り口で、手続きをして町に入る。
「冒険者とはいえ、子供三人か。星の泉を見に行く時はスリに気をつけろよ。窓から泉が見える宿もあるぞ」
「うん。ありがと」
目的地の街の中心には、冊で囲まれたタールのような真っ黒な大きな池があった。
見張りの警備兵がその周囲を数人で見張っていて、旅装の人たちが池をのぞいている。
「おー、本当にあるんだ。こりゃすごい量だね」
「この黒い池が星銀?」
「ううん。これは黒水銀。中に星銀も浮いてるはずだけど、星銀は夜にならないと見えないから」
「じゃあ、夜にまた来るんだ。それで、見に来るなら気をつけろって言ってたんだね」
黒水銀の表面には波紋一つたたず、完全に静止している。
「泉って言ってたけど湧いてるようには見えないね」
「観光地なので、見栄えのいい名前付けただけみたいですよ」
……ってことは、実際は池なのか。
それがまだ残ってるということは見つかったときに需要があまりなかったのか、それに売るより観光地化した方が儲かるのかもしれない。
「じゃあ、買う方はキツイか」
「買えたとしても、金額的に厳しいんじゃないですか?」
「ラウに払わせるから」
「さすがに無理な気がしますにゃ」
真っ黒な池をあとにして、まずは今晩の宿を確保しよう。
泉の近くには宿がいくつか見えている。
「さて、泊るところも決めとかないとね」
「どこの宿にするの? お風呂あるかな。ないなら、チアはいつものおうちの方がいいなー」
「とりあえず、今日はこの辺りの宿がいいかな。星銀の泉を見にいくし、街中で家出すわけにもいかないしからね」
明日からは探索で町の外に出ることになる。
町で泊まる必要もないので、いつものログハウスを使って町の外で寝起きしても問題はない。
一晩だけだし、今日は適当な泉の近くの宿でいいだろう。
晩ごはんをすませて、宿の部屋で外が暗くなるのを待つ。
高かったけど、窓から星銀の泉が見えるところを選んだ。
夏の太陽はなかなか沈んでくれない。
段々と暗くなって、少しずつ暑さが和らいでくる。
泉の周りにも人が増えてきた。
家族連れや一人の者もいるが、恋人同士のカップルがやはり目につく。
そうだよねー。
ロマンチックだもんねー。
「リア充どもめ」
「私たちもそろそろ行きましょうか」
またなんか変なことを言ってるな、という顔をしたおりんにさらっと流された。
おりんに促されて宿から出たわたしたちは、泉のそばに移動して更に暗くなるのを待つ。
「あっ、光った」
チアの声で池の周りに集まっていた人たちが、みんないっせいに黒い泉に注目した。
「ほんとだ。あ、あっちも」
「そっちも光ってるぞ」
すぐにあちこちから声が上がり始める。
黒い池の中には、次々に光の粒が浮かび上がっていく。
星銀だ。
黒水銀の泉はただの真っ黒な液体から姿を変え、星を散りばめた空のように変わる。
泉の中には、本物の空以上の密度で光が瞬く星空ができあがった。
「わー、きれーい。上にも下にも星空」
「おー、すごい。試験管の中以外のは初めて見た」
「不思議ですにゃ。こんな近くで光っているけど、本物の空にある星の光なんですよね」
「うん。星の力を集めて光ってるからね」
柵で近寄れなくしてあるし、手が届く距離ではないけれど神秘的だし貴重な光景なのは間違いない。
「ロロちゃん、ここではこれを探すんだよね。星探し」
「買えるんなら買うかもだけどね」
他の観光客たちと一緒になって星銀の泉を楽しむ。
きれいではあるけど、光自体に動きはないのでしばらくすると飽きてくる。
この辺りは人によるとは思うが、わたしの場合、星銀自体は元々見たことのあるものだしな。
集まっている観光客も同じようで、夜でもやっている屋台で軽い食べ物やエールを買ってのんびり泉の周りを歩いたら帰っていく。
「しかし、これだけの量の星銀を含んでいるとなると、どれくらいの価値があるんでしょうね……」
「まあ、国の名物になるには十分だね」
暗さに紛れて盗もうなどと考える者がいないよう、警備はむしろ昼よりも厳重になっている。
「チア、そろそろやめといたら」
チアは当然のように屋台で串焼きなんかを買って平らげている。
夕ご飯からそんなに経ってないのによく入るな……。
「最後にあっちの揚げ芋食べたーい」
「いいけど、三等分ね」