166 死霊退治
そんなこんなであっちこっち村を回っていたわたしたちは、今はチアの希望もあって銀狐の神社周辺の村を回っているところだ。
予定通り、チアはわたしとおりんが村を回っている間は、たぬきちを探しに一人でお出かけしている。
基本的には日帰りで探しに行っているんだけど、捜索範囲を広げるために野宿も視野に入れたいとチアが言いだした。
仙人のキササゲに修行をつけてもらってたおかげで、チアが言うには、一人での野営でも危険がないそうだ。
「気配を木や石と同じように変えるんだよ」
ということらしい。
「それなら問題ないんじゃないですかね。……そういうことらしいので、その持ち運び用のログハウスにバカみたいに頑丈な結解を張ろうとするのやめてください。要りませんから」
「でも、念のため」
「逆にそれで寝る方が目立ちますよね」
「何かあったら困るし」
「要らないものは要らないですから」
「ぐぬぬ……」
チアはそれから二、三日おきにしか帰ってこなくなった。
最初は心配していたけど、だんだんとこちらもそれに慣れてきたころ、たぬきちと無事に会えたとチアから報告があった。
「しっかりお礼言った?」
「うん!」
その後、王国へ移動したわたしたちは、そのまま予定通りサウレ盆地の地脈で充電すると、魔術師長から慌ただしく合成してもらっていた尿素の一部をもらい受けた。
マナの充電中だけは、久しぶりに服を作り直したりしながらのんびりすごしたが、両親にも家にも寄らずに日国へとんぼ返りだ。
その後も各地を回り、追肥の時期を迎えるとひたすら移動しては田の整備と追肥を勝手に行っていく。
やっていることは、夜中に靴を作る妖精のようだ。
実際、人に見られない方が説明も何もいらないので夜を中心に活動している。
おりんはわたしの護衛として付いて回り、チアはなぜかラウやコジロウのところに頻繁に遊びに行っていた。
追肥の時期が終わりに差し掛かり夜行性が板についてきたころ、天狐に呼ばれた。
「なんです? このあとは溝切りと中干しをやってみせて回って、それから穂肥と……」
「いや、もう十分だ。その辺りは時期に顔を出して、主要な村を最低限指導してくれりゃそれでいい。放っときゃ広まるからな」
「なに甘えたことを言ってるんですか。米作りはまだまだ道半ばですよ」
まだやったのは正常植えと追肥だけだ。
他のことも知識は与えたが、実際にやっていかないといけないだろう。
穂肥も今回は勝手にまいて回った方がいいかな。
まだリンやカリウムの肥料が確保できていないのが痛い。
それは来年以降までになんとか開発を……と、天狐と話しながらも頭の端で算段を立てる。
なぜか天狐は半眼になっていた。
「なんで百姓目線になってんだよ。お前の仕事はそもそも教える方だろ。お前がやれなんて言った覚えはねえぞ」
拳を握るわたしを見る天狐は、完全にあきれ口調だ。
今のわたしの目的は収穫量を上げて、天狐たちへの借りを返すことだ。
指導をしたり知識をある程度教えておけば勝手に広まって収穫量もあがっていずれ借りを返せる。
なによりそちらの方が楽で効率がいいので、教える方がメインだったはずなんだけど、あれこれ手を出しているうちに途中から目の前にある稲の収穫量をあげることしか考えていなかった。
「まさか国中回りながら、あんな速度で稲の並べ直しと施肥をしていくとは思わなかった。本気で今年だけで全部取り返そうと思ってたのか知らんが、お前思ったよりバカだったんだなあ……」
天狐がどこかしみじみした口調になった。
のめりこんで、目的を忘れていただけです。
それはそれで反論できないけど。
「とにかく、最低限必要な指導だけであとはお役御免でいい。もう十分だ。それから最後に一つ頼みがあるから、目の下のクマが消えたら来い」
クマ?
最近は説明を省くために深夜のこっそり作業や、人目につかないようにしての作業ばかりだった。
人と顔を合わせないから自分の顔なんて気にしていなかった。
横にいた空狐も、こちらを見てうなずいた。
「寝ろ」
あれ、そんなにひどい?
◇ ◇ ◇
「キツネというよりパンダだったな……」
天狐に呼ばれたのは、もう十分というのもあるんだろうけど、半分はドクターストップだったのかもしれない。
「すみません。昔はもっとひどい顔で研究しているのをよく見ていたので、そこまで気に留めていませんでした」
おりんに謝られたが、それに関しては自覚があるので何も言えない。
なにかやり始めると食事や睡眠がおろそかになるのは昔からだ。
「神様でも過労で死ぬんですかね?」
「知らない」
あまり試したくないぞ。
お風呂に浸かってゆっくり眠り、今回はチアとおりんも連れて三人揃って天狐に会いに行った。
空狐に二人分に作ってきたつまみを渡す。
「わざわざすまぬな」
「おう、ありがとよ。前よりマシな顔になったな」
匂いで中身を察した空狐と天狐が礼を言う。
「それで、頼みってのはなんですか?」
「ああ、死霊を一体なんとかしてやって欲しくてな」
わざわざわたしたちに頼むということはやっかいごとかな。
もしくは、本当にほんのついでの、ものすごくどうでもいい依頼か。
天狐の性格的にどちらもありそうだ。
「害はないんで放っといてもよかったんだが、そいつの縄張りにある地脈が濁ってきちまってよ。このままだといずれ面倒ごとになりそうなんだよな」
どうやら難敵の方だったようだ。
「濁る?」
「近年、瘴気が混じってるようでな」
横から空狐が補足する。
死霊や瘴気となると、ソフィアトルテの力を借りればなんとかなるかな……。
彼女はそういった方面の専門家と言っていい。
しかし、サウレ盆地のベヒモスの時と同じか。
地脈で何か起こっているのか、たまにあることなのか。
「瘴気が混じる原因はわかってるんです?」
「わからん。そもそもわたしらの管轄外だ。見かねてってやつだからな」
残念ながら天狐も詳細は把握していないようだ。
「……問題になっている死霊っていうのは?」
「それならば、大蛇退治の時の仲間たちにでも聞いてみるといい。誰かしら知っているだろう。一部では有名な話らしいのでな」
「ふーん……?」
空狐の言うとおり、とりあえずラウから聞いてみるとするか。
早速ラウを訪ねて聞いてみると、あっさり返事が返ってきた。
「知ってるぜ。俺、挑んだことあるからな。いやー、あれの退治か。なかなか無茶な依頼されたな、お前」
「……むしろ疑問が増えたんだけど、どういうこと?」
挑むってどういうことだよ。
ラウは神官でも僧侶でもなくただの剣士だ。
挑んでどうするんだ。
「その死霊ってのはな、剣士なんだよ。しかも誰も勝ったことがない。そりゃ挑んでみたくなるだろ」
一部で有名ってそういうことね。
亡国の剣士ときたか……。
ということは実体があるタイプらしい。
ソフィアトルテを呼ぶよりおりんが焼いちゃった方が早いかもしれない。
「えー、チアも戦ってみた―い」
アトラクション感覚で言ってるな。
お稽古じゃない、真剣勝負だぞ。
そういえば、わたしがあちこちの村を回っていて暇な間、チアはラウやコジロウに稽古をつけてもらっていたっけ。
「チアは最近ラウに相手してもらってたよね。ラウには勝てたの?」
「血刀術ありだと勝てないよ」
「無しでも勝ったことないだろうが」
「ぶー」
ぶーたれているチアは置いておいて、切り札の血刀術無しでチアが勝てないということは、素の身体強化だけで風精霊の靴を使った高速三次元機動をするチアを叩き伏せられるわけだ。
大蛇の首を破壊できる血刀術だけじゃない。ラウの実力はかなりのものだ。
「で、そのラウも勝てないっていう、死霊をどうにかしなきゃいけないわけね……」