164 塩害とお稲荷様のお仕事
「ようこそいらっしゃました。お稲荷様。お話は聞いております」
村を訪ねると、話が伝わっている村の人たちに出迎えてもらえた。
村巡りは、さすがに片っ端からというわけではない。
現実問題、全部は回り切れないだろうからと天狐の指示もあり、話が伝わるのも早い、ある程度大きな村や交通の多いような場所から農村巡りをしている。
小さな村々は話が行き渡った時期を見計らって、わたしが移動を繰り返しながら無断で施肥と苗の並びを整えて回るつもりだ。
それでも伝わらなかった村には妖怪の仕業だとでも思っててもらおう。
いちいち説明していると時間が足りなくなる。
「わー、お稲荷様だー」
「しっぽがあるー」
子供たちにも歓迎されてもらっているようだ。
日国では獣人がほぼいないので、ケモミミやしっぽの時点で珍しがられてるな。
ちなみにおりんはネコ姿だ。
前に訪ねた村で一緒に崇められてしまったので、それを嫌ったようだ。
まずは大きな村を中心に、その村その村に手に入る材料を基本としたぼかし肥の作成方法、腐葉土の利用などの話を行いつつ、追肥用の尿素肥料を渡していく予定だ。
まだ追肥には時期が早いからね。
先に回る場所に関しては直接渡しておく。
都合の良いことに、神様から下賜された物扱いなので変な扱いをされることはなく、言いつけどおりにやってくれるだろう。
それから水田に手を入れていく。
村の水田すべての乱雑に植えられている稲を、管理のしやすさ、日当たり、風通しなどメリットが多い等間隔の正条植えに変えていく。
こんなのは地属性魔術でうごかしてやればいいのでどうという作業ではない。
「うおっ!」
「村中の水田が!?」
「さすがはお稲荷様……」
うん、まあこんなもんだな。
「魔法……じゃないですよね」
「普通の魔術だけど」
首を傾げると、頭の上に乗っていたおりんがバランスを崩して落ちそうになった。
「ですよね。一気にこれだけの数を……しかも精密すぎて気持ち悪いですにゃ」
「そりゃまとめてやった方が楽だし、全部位置指定してるんだから、等間隔になるよ」
わざわざ位置指定でやったのは、今後出来る限りの村を回って同じことをすることになるので練習的な意味合いもある。
「やらないといけない数を考えると、このやり方に慣れておいた方がいいからね。最終的にはスピード勝負になると思うから」
田んぼ一枚一枚やってらんないからね。
さあ、すぐに次の村だ。
毎回スムーズに進むってわけにもいかず、次の村では困りごとの相談を受けた。
毎年春になるたびに田に塩が出てくるのでなんとかしてもらえないかとのことだ。
「何かきっかけでも?」
「海からは遠くに思えますが、ここらも昔は海だったらしいですからのう。そのせいでしょうか……。数年前の地震以来、妙に塩が出るようになりまして」
「水で流すんじゃだめなんです?」
水で洗い流すのが一番手っ取り早いしわかりやすいだろう。
「塩をしっかり流しきるのはなかなか難しく……。田の数もそれなりにありますし、川の水もいくらでもというわけにはいきませんからな」
塩害ってやつか。
元々が海だったところなら、塩は地下に元々あったもので、それが上ってきているというところかな?
「ご加護のおかげもあってか、毎年なんとか根腐れまではおこさずにすんでおるのですが……」
ええと、なんであがってくるんだったっけ?
塩が上がってくる。
冬の間に……となると……。
「ああ、毛細管現象であがってくるやつか! つまり田んぼが乾いているから、地下の塩水が上がってくるわけだ……」
「は? もうさい……?」
「ええと……水を張っている間にはあんまり塩っぽくはなりませんよね。しばらく冬も水を張りっぱなしにしてみてはいかがでしょう。それなら地下の塩はそれほどあがってこない……はず……だといいなあ」
思いつきで言った内容だ。話しながらもだんだんと自信をなくしていく。
うまくいくのかなんて、正直わからないからな。
毛細管現象で上がってこなくても、水が地下まで浸透すれば、普通に拡散して張っている水が塩水になってしまいそうな気もするし……。
「冬も水を……ですか」
いわゆる冬季湛水というやつになるのかな。
結構面倒なのであまり一般的ではない。
管理の手間が増えるが、自然に優しかったりするやつ……だったと思う。
ぶっちゃけ、わたしもあんまり詳しくない。
「今張っている水田の塩だけは私が除いておきます。もしさっき言ったのでうまくいかなければ、来年またわたしがなんとかするのでとりあえず試してみてください」
「……わかりました。そうまで言っていただけるのでしたら、試してみることにしましょう」
とりあえず、水田の塩だけは魔術で回収しておこう。
これにて一件落着……だといいな。
錬金魔術の応用で、たくさんある水田から一気に塩を分離して回収しておく。
目の前で回収した塩に、村の住民から驚きの声が上がる。
なんとなく物欲しそうにしていたので、回収した塩の塊は渡しておいた。
「じゃあ、この塩はお任せします。わたしには不要なものですし」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
塩なんてストレージにあるし、わたしは海でいくらでも分離できる。
そんなやり取りをはさみつつ、また次の村へ向かおうとして、後ろから声をかけられた。
「周囲の村でも同じようなことが起こっておるようですので、それでは稲荷様よろしくお願いします」
「へ?」
ああ……そりゃ、そうだよね
川下の村なんてここの塩水が流れてくるわけだもんね。
原因を地震で塩の層が浅いところまで上ってきたとかだと仮定すると、この周辺全体の話と考える方が自然だ。
この辺り一帯は農村ばかりなのでこれで、いちいち回って、説明して……というのは時間的にしんどいな。
まずはそのまま引き返して冬季湛水の話を広めておいてもらうようお願いしておく。
放っといても広まりそうだけどね。
さてさて、もらった魔石があってよかった。
「じゃあ、この辺一帯の地表と水中の水から塩を集めておくよ」
「さっきも思ったんですけど、地下の塩まで全部集めちゃったら解決するじゃないんですか?」
「そんなことしたら、下手すると地盤沈下しちゃいそうじゃない?」
内容はシンプルだが、効果範囲をとにかく広くとるのでさすがに必要魔力もかなりのものになりそうだ。
真っ白な砂のような塩が集まってくる。
数分後、そこには巨大な塩の結晶が鎮座していた。
多すぎだろ……。
……どうしようかな、これ。