162 神様のお披露目は宴会
王都での用事はひとたび終わったので、おりん、チアと共に日国に移動した。
黒狐にあいさつだけと思って寄ったら一緒についてきて、途中で金狐も加わって五人で天狐を訪ねることになった。
元々二人も呼ばれていたらしい。
天柱稲荷神社は、なんだかみんな浮足だっているというか、祭りの前のようなそわそわした雰囲気になっていた。
拝殿の前を中心にやたらと人が多く、ごった返している。参拝しているというより、みんな何かを待っている感じだ。
旅装の人も多く、地元民だけでなく各地から集まっているようだった。
そのおかげで神社の人に止められたりせずにそのまま天狐のところにたどりつけたので、わたしたちにはラッキーだった。
「おう、来たか。予定通りだな」
「二日遅れです」
「大体予定通りだな」
空狐の細かいツッコミに、天狐が一瞬面倒そうな顔をして訂正する。
「ちょっと人を雇った関係で……お金の管理の話なんかもあったもので。それで、神社の雰囲気がいつもと違いましたけど、何かありました?」
「お前のお披露目の件だな。わたしが神社に姿を現すって何人かに空狐にお告げをさせておいた」
なるほどね。
そりゃ一目見ようと、人が押し掛けるよね。
「やるからには、派手にやらねーとな」
ケタケタと天狐が笑う。
そりゃ広く知ってもらっておいた方が農業指導的なことをしてまわることになるわけだし、いいんだけどさ……。
「私もやったのよ。天狐様に言われて、ここに現れるって夢で言っといた」
「私も……」
金狐と黒狐もやらされていたらしい。
遠くから来ていたような人たちはそのせいか。
「白狐も銀狐にもやらせておいたぜ。あいつらもそろそろ来るはずだから、集まったらさっさとやっちまおう。さすがにこれ以上日をおくと、人が集まりすぎて神社からあふれちまう」
空狐があきれ顔で嘆息する。
「もう少し後先のことをお考えください」
「ここまで集まるとは思わなかったんだよ」
想像していたよりも派手なお披露目になりそうな感じだな。
「天狐様は、もう少しご自分の影響力というものをご自覚なさってですね……」
「あーあー、うるせえ、うるせえ! ロロナ、酒!」
弟子からのお説教を、天狐が子供みたいな仕草で耳をふさぎながら、わめいてさえぎる。
やってることは完全に子供だけど、要求してくるのはお酒である。
しばらくして銀狐と白狐も到着した。
天狐はその間結構な量のお酒を飲んでいたが、一切酔いを感じさせずけろりとしている。
元々テンションが高いのもあって素面との区別がつかない。
銀狐たちも揃ったので、わたしもロロナリエの姿に変わる。
服も王都のパーティーで使っていた和式っぽいドレスだ。
「じゃあ、そろそろいくぜ」
「はい。どんな感じで出るんですか?」
「よく見える場所がいいな。拝殿の屋根の上でいいだろ。ロロナ、お前は姿を消しておけ。できるな? 黒狐と金狐の分も頼む」
「まあ移動してるところ見られたら間抜けですもんね」
そして、こっそり移動するには集まっている人が多すぎる。
目をかいくぐって移動するのは難しい。
使うのは認識阻害系の魔術でいいだろう。
わざわざ幻想魔法を組む必要もない。
本殿に移動して風の魔術も使って屋根に飛び乗る。
黒狐と金狐は普通に軽々とジャンプして飛び乗っていた。
境内にはあふれんばかりの人が集まっていた。
しかも参拝が目的じゃない者ばかりなので、みんな思い思いにそこらに座り込んだりしてただ何かが起こるのを待っている。
上から見るとわかりやすいな。
おりんとチアの二人が見やすい位置に歩いていくのも目に入った。
狐の姿だった銀狐と空狐も人の姿へ変えた。
なにげに二人が人の姿に変わるのを見るのは初めてだ。
銀狐は二十代後半くらい、感覚的には母くらいの年齢になった。狐姿の時の体毛と同じ銀色はわたしの髪と同じ色でもある。
母側の一族の髪の色と同じなのは、偶然で片づけるよりは何らかの影響があると考えた方が自然かもしれない。
しかし、自分をおばあちゃん扱いさせるのにそういう見た目になるんだな……。
「姿なんて好きに変えられるからね。ただ天狐様がその姿でいるのに、弟子の私が婆じゃおかしいだろう」
こちらの視線に気づいた銀狐が肩をすくめた。
天狐の姿はせいぜい二十前半くらいなので、それに合わせているということらしい。
そして、空狐の方は切れ長の目を持つ長身の美青年へと姿を変えていた。
「なんで男の姿なの?」
空狐が眉を寄せて、ものすごく微妙な顔をした。
「私は生まれた時からオスだ」
「……ごめん」
女の稲荷神としか会ってなかったら勝手に空狐も同じだろうと思い込んでいた。
天狐が爆笑している横で、空狐は黙って渋い顔をしている。
「ロロナ、もう姿を隠さなくていいぞ。私らも見えるようにするからな」
魔術の効果を止めると、何気なく上を見上げた人と目が合った。
「おい、見ろ!」
一つ咳払いをして発した空狐の声が、その声をかき消した。
「皆の者、これより天柱稲荷大明神の代わりに我より言葉を授ける!」
広い神社中に響く突然の大音声と、祀られている神の登場と聞いて目に見える範囲にいた者が動きを止めて一瞬で静まりかえる。
逆に声を聞きつけて建物の中から人が飛び出してきたり、見えない位置や遠くにいた者たちが一目見ようと本殿の前になだれ込みはじめる。
どこだどこだ、あれだ見えたなどと声が響く、一気に大混乱だ。
天狐が一歩進み出た。
いつの間にか光の帯をふわりとまとった天狐には、本物の神だと思わせるだけの威厳があった。
天狐は何も言わずにただ人々を見回している。
その姿に、人々の動きが次第にゆっくりになり、動きを止めていく。
一人の宮司が平伏すると、それを見た周りの人たちが真似をし始めた。
「下を向かずともよい。皆の者、今日はめでたいお披露目だ。下を向いていては見えないであろう」
空狐がそれをやめさせ、わたしに前に出るよう促した。
天狐の横に立つと、天狐が大きくうなずいた。
「天狐様はしゃべらないんですか?」
「私はしゃべるとボロがでっからな。基本、空狐に任せてんだよ」
小声で聞くと、小声で返ってきた。
まあ、天狐は基本的に口調が荒いからな。
しゃべらせても、気安い感じはしても厳かな感じはしないし。
話している横で、空狐が声を張り上げる。
「本日は新たな神が生まれる。祝いのために西より宇迦銀灰稲荷殿、東より金穂稲荷殿と黒稲荷殿、北より白山稲荷殿も駆け付けてくれている」
空狐が一人ずつ紹介するたびに、自分たちが信仰している神の姿を見ることができた、それぞれの稲荷の氏子たちから大きな声があがった。
必死に拝んでいる人たちも多い。
各地の稲荷神が集まってるんだもんな。
これは、しばらくおさまらないかな。
そう思ったら、空狐の咳払い一つで案外とすぐに静かになった。
続きを聞き逃さないようにと思ったようだ。
驚いた顔のまま固まっている人たちがふと目に留まった。
なんか見覚えがある顔だと思ったら、ラウとコジロウだ。来てたんだ。
「先日、宇迦銀灰稲荷神社の近くにて、巨大な大蛇が退治されたのを知っている者もいるであろう。あれを人の子と共に討ち果たした者こそ、このロロナリエである」
再びその場にいた者たちから声があがる。
ああ、うん。お酒の勢いでやっちゃったので、肝心の倒した部分の記憶はないんだけどね。
「このロロナリエは、宇迦銀灰稲荷殿の縁者にして、天柱稲荷大明神様の弟子。長年の修行を経て、この度めでたく稲荷神と認められた」
長年の修行ってなんだよ。
空狐がそれらしいウソをしれっと混ぜている。
人々から先ほどより大きな声が上がった。
ぜひうちの村に、なんて声まで聞こえてくる。
「さて、善き日である本日だが、二つの知らせがある。まず悪い知らせとなるが、本年は作物の実りのために振るわれる我らの力は小さきものとなる。これは、大蛇退治に際して我らの力の一部を使ったためだ」
集まっている人たちは腕を組んだりやや難しそうな表情をする者もいるが、うなずいている者たちなどの反応から、これについてはおおむね仕方ない対価だろうと思ってくれているようだ。
「それからもう一つ……代わりと言っていいのかわからぬが、今後はロロナリエがこの国中を回り収穫量を増やす新たな手法や知識を伝えて回ることとなる。もし困りごとがあれば聞くがよかろう」
更に歓声が上がり大きな拍手が続いた。
「よし、ロロナ。やれ」
「本当にやるんですか?」
「当たり前だろうが」
天狐にうながされ、内心苦笑しながら大きく腕を振るう。
「集まっていただいた方々へ、心ばかりのお礼です。どうぞよろしくお願いします」
酒樽が地面に並ぶ。
大蛇退治の時の残りに、天狐に言われて追加で今回用に用意したお酒もある。
今までで一番の歓声があがり、わたしのお披露目の場は、そのままあっという間に宴会場へと変貌した。
神職の人たちが中心になってお酒を配り始めた。
わたしは拝殿の屋根のふちに座って、足をぷらぷらしながらそれを眺める。
めでたいめでたいと飲んだくれて大騒ぎしている人たちの中で、こちらに手を振っているラウたちに手を振り返した。
これ、もう帰ってもいいかな。
顔をできるだけ覚えてもらっておいた方が農村を回ったりするときにスムーズだろうと思っていたせいで、なんとなくタイミングを逸してしまった。
さすがに恐れ多いらしく、拝殿の上にいるわたしたちにはみんな近づかずに距離を置いていたが、酔っぱらうと近くまで寄ってくる者もあらわれ始めた。
「いやあ、どれもうまいですが、こりゃすごいですなあ。これだけすべて上澄みだけとは」
「え? いえ、これは元々こういう種類のお酒なので」
話しかけてきた赤ら顔のおじさんに反射的に返した。
「ほう!?」
「その酒の作り方も教えさせるからな。じきに広まるだろうから待っとくといい」
横から手酌で酒を飲んでいる天狐が口をはさんだ。
「……聞いてませんけど。あと、しゃべらないんじゃなかったんですか」
「ま、少しくらいはいいだろ。ああ、心配しなくても、酒の作り方も貸しの返済に計上してやる」
「計上されるとどうなるんですか?」
「訪ねる村を減らしてやる」
「減らしちゃだめでしょ」
なんのために農業指導すると思っているんだ。
「いや、さすがに国中の村を全部回れるとは端っから思ってねえからな。ある程度教えれば自然に広まっていくさ。そこらは適当でいいんだよ」
もっともらしいことを言ってるつもりなのだろうが、お酒優先と天狐の顔に書いてある。
「やっぱり天狐様は黙っていた方がよさそうですね」
口調もだが、色々とアウトな発言が多い。回る村を減らすとか、適当でいいとか口に出しちゃダメなやつだろ。
おじさんと普通に話していたのを見て、遠慮していた人たちからだんだんと声をかけられはじめた。
どこから回るのかとか、ぜひうちから来てくれとかに加えてお酒の話も多かった。




